第14話 取り返しのつかない日
母のお腹に新しい命が宿った。妹か、あるいは弟ができる。その知らせを聞いたとき、私は純粋に、心の底から喜んだ。
その頃の私には、大好きな日課があった。大きく膨らんだ母のお腹にそっと耳を当て、中から聞こえてくる音を聞くことだ。
トクトク、と微かに響く規則正しい小さな音。その命の鼓動を聞いていると、不思議と心が安らいだ。私にとってそれは、何よりも優しく、落ち着く大切な時間だった。
しかし、ある日、母が体調を崩して入院することになった。
三歳の私は、その事態の深刻さを全く理解していなかった。母が病院のベッドにいるということは、いよいよお腹の赤ちゃんが産まれてくるのだと、無邪気に勘違いしてしまったのである。
「もうすぐ赤ちゃんに会える」
その喜びに、私は完全に浮かれていた。テンションが上がりきった私は、母が寝ている病室のベッドの上で、ピョンピョンと飛び跳ねて歓喜を表現してしまった。
そして――不運は、最悪の形で訪れた。
飛び跳ねた反動で、私は大きく体勢を崩した。あっと思ったときにはもう遅く、私の小さな体は、母の膨らんだお腹の上へ、無防備に、そして強く倒れ込んでいた。
本当に、わざとではなかった。ただ、新しくやってくる家族に会えることが嬉しくて、はしゃいでいただけだったのだ。
だが、倒れ込んだ直後、母の口から凄まじく苦痛に満ちた呻き声が漏れた。
いつも優しい母の顔が苦痛に歪み、病室の空気は一瞬にして凍りついた。慌ただしく駆けつけてきた大人たちによって、母はすぐさまどこか別の場所へと連れて行かれてしまった。
それからしばらくして、私は知らされた。
お腹の中の赤ちゃんが、亡くなったのだと。
毎日お腹に耳を当てて聞いていた、あの優しくて落ち着く音が、もう二度と聞こえない。
私のせいで、消えてしまった。
理屈っぽく大人びた思考や、合理主義という名の鎧は、その瞬間、音を立てて完全に崩れ去った。私は自分がとんでもない、決して取り返しのつかないことをしてしまったのだという事実を突きつけられ、ただ大声で泣き叫ぶことしかできなかった。
どうしたらいいのか分からなかった。ただ嬉しかっただけなのに。ごめんなさい、ごめんなさいと、涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣き続ける、ただの一人の無力な三歳の子供だった。
その日の夜、父は私と兄を車に乗せ、家まで送り届けた。
道中には、重く、息の詰まるような沈黙が漂っていた。家に着くと、父は言葉少なに私たちを降ろし、すぐに母の待つ病院へと引き返していった。
夜の闇の中へ急ぐ父の背中には、これまで見たこともないような深い悲しみが張り付いていた。
父を見送った後、残された静かな家の中。いつもなら安心できるはずの空間が、その夜はひどく冷たく、重苦しく感じられた。
私はただ、父の悲しそうな背中と、自分が壊してしまったものの途方もない大きさに押し潰されそうになりながら、その静寂の中に立ち尽くしていた。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
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