第13話 まな板のファーストキス
一つ年上の同盟国、歩美ちゃんの家に遊びに行くこと。それは私にとって、絶対に避けては通れない「接待任務」の始まりを意味していた。
彼女は機嫌を損ねると、「癇癪」という広範囲かつ高威力の精神攻撃魔法を放ってくる。そのため、我が国の平和を維持するには、彼女が主導する「おままごと」という名の接待に黙って付き合うしかなかったのである。
だが、いくら接待とはいえ、己の疲労は最小限に抑えたいのが合理主義者の性である。
私は極めて論理的な思考に基づき、この不毛なクエストにおいて最も機動力を必要としない、いわゆる「サボれるジョブ(役職)」を志願することにした。
最初は「飼い猫役」を狙ったが、まだ動く必要があるため却下。行き着いた究極の理想は「まな板役」だった。ただそこに横たわり、無言で野菜を受け止めるだけの無機物。これこそ、私が求めていた完璧なポジションである。
「私はまな板をやる」
堂々と宣言した私だったが、歩美ちゃんは「ダメ!」と断固拒否。同盟国からの無慈悲な通達により、私は強制的に「パパ役」という最も面倒で責任の重いジョブへと就かされてしまったのである。もちろん、歩美ちゃんは絶対的権力者である「ママ役」だ。
仕方なくパパとして接待おままごとをこなしていると、不意に歩美ちゃんが尋ねてきた。
「ねえ、仁覚ちゃん。けっこんって知ってる?」
なんだ、その高度な概念は。私が首を傾げていると、彼女はさらに上から目線の外交提案を放ってきたのだ。
「仁覚ちゃんとなら、けっこんしてあげてもいいよ」
これに対し、私は女王としての合理性をいかんなく発揮した。
「ううん、いらない!」
ノータイムでの即答である。私にとって結婚などという未知の契約は、どう考えても非効率でリスクしかない。
しかし、この丁寧かつ冷酷な拒絶は、同盟国の逆鱗に激しく触れた。
「なんでよぉっ!」
凄まじい剣幕で怒る歩美ちゃん。理不尽の極みである。自分から「してあげてもいいよ」と言ってきたくせに、断るとキレる。やはりこの暴君には逆らえないのだと、私は己の無力を悟った。
機嫌を損ねた暴君を鎮めるため、私は不承不承ながら「結婚式ごっこ」という追加クエストを受注することになった。
当時の私には「男だから」「女だから」というジェンダーの概念が全く搭載されていなかったため、同性同士でパパとママになることにも何の疑問も抱いていなかった。ただひたすらに、目の前の怒れる暴君をどうにかしたいという一心だった。
やがて、謎の儀式が始まる。歩美ちゃんはどこで覚えてきたのか、三、四歳児とは思えないほど完璧な詠唱を始めた。
「やめるときも、すこやかなるときも、とめるときも、まずしきときも、死が2人をわかつまで………歩美を愛すことをちかいますか?」
あまりの本格的な呪文に圧倒されながらも、私はクエストを終わらせるために静かに頷いた。
「……ちかいます」
そう言葉を吐き出した、次の瞬間だった。
不可避の強制イベントが発生した。歩美ちゃんの顔がヌッと近づき――私の唇に、柔らかな感触が押し当てられたのだ。
……ちゅっ。
それは、私の三年の人生において全く想定していなかった不測の事態。物理的かつ精神的な、強烈な不意打ちだった。
まな板になりたかっただけの私の合理的な脳は、その瞬間、完全にショートしてフリーズした。
理不尽極まりない同盟国とのファーストキス。これが、現在の私のアイデンティティを形作る、記念すべき第一歩(?)となったのである。
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