第18話 副業×廃旅館(5)
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前回の続きです。
和馬と係長は男が逃げて行った倉庫に向かった。
倉庫は母屋から少し離れた場所にあり、もともとあった古いものをリノベーションしてガレージとして使われている。
倉庫に男の姿はなかった。
倉庫の中を確認すると大きな作業台の上に蒸留器やガスコンロ、分離機などが置かれている。
「これは?」
係長が作業台の上に近づいた。
「あの、誰ですか?」
突然、後ろからさっきの男が現れた。
男は上下つなぎの作業着を着ており、背中には竹編みかごを背負っている。
「斗南警察署の楠です。」
係長は警察手帳を見せながら挨拶をした。
「警察?」
「先日、朝露旅館で起こった行方不明事件を捜査しています。あなたは天野さんのご家族ですか?」
「孫の隼人です。」
「行方不明事件が起きた日に何か見たり聞いたりしましたか?」
「何も。」
隼人はぶっきらぼうに答えた。
「これ、もしかしてクロモジの抽出をしているのか?」
和馬は蒸留器に残る爽やかな柑橘系の香りを嗅ぎながら隼人に尋ねた。
「知ってるのか?」
「俺、こう見えて、ハーブの専門家だからな。」
「警察にハーブの専門家っているの?」
「こいつは警察じゃない。ただ、捜査を手伝ってもらっているだけだ。」
係長は和馬の代わりに答えた。
「ふーん。」
隼人は背負っていた竹編みかごを下ろす。
かごの中には採れたてのクロモジの枝が大量に入っていた。
「精油を作ってるのか?」
「まぁ、そんなとこ。あんま量はできないけど。」
「この枝からアロマができるのか?」
係長はかごの中に入っている枝を見ながら尋ねた。
「これはクロモジって言って、枝や葉に柑橘のような、甘いスパイスのような香りがする香木だ。昔は高級和菓子店で楊枝として使われてたことはあったけど、最近じゃ、ジャパニーズアロマとして人気が出ている。」
和馬は隼人が採って来たクロモジの枝1本をかごから出して係長に嗅がせた。
「確かに良い香りだな!」
「蒸留するのは難しいのに、大したもんだな。村で売ってるのか?」
和馬は隼人に尋ねた。
「いや、量が少ないから売れないって。クロモジの香りはひいばあが好きだから、それで作ってる。」
「縁側に座っていた人?」
「そう。もう認知症で俺の顔も分からないけど、クロモジの香りを嗅ぐと、なんでかしゃきっとして若いころの話をたくさんしてくれるんだ。この土地のこと、ひいじいとの出会いや働いていた神社のこと、じいちゃんの小さい時の話とか。」
ぶっきらぼうな隼人の表情が少し柔らかくなった気がした。
「香りって記憶やその時の感情を呼び起こすからな。」
隼人はアロマの入った小さな瓶を和馬に渡した。
和馬は瓶の蓋を開けると、香りを嗅いだ。
クロモジの爽やかで甘い香りがする。
「いい出来だな。商品としても売り出せると思うぞ。ところで、朝露旅館のことについて何か知っていることはないか?行方不明になっている人がいるとか。聞いた噂でもいい。」
和馬はアロマの瓶を隼人に返しながら尋ねた。
「…俺から聞いたって村の奴らには言わないで欲しい。」
隼人はしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。
「約束する。」
和馬が隼人に伝えると、係長も大きく頷いた。
「この村には、昔から人が立ち行ってはいけない場所がある。それが、村の北にある森だ。」
「朝露旅館がある場所だな?」
和馬の問いに隼人は無言で頷いた。
「俺も小さい時からずっとそのことを言われていたけど、理由は誰も教えてくれなくて、親やじいちゃんに聞いても黙り込むだけだし、訳わかんない村のルールだった。」
そう言いながら、隼人は倉庫の中にある椅子にゆっくり腰かけた。
「高校の時に、親たちに対する反抗心もあって、夜中に遊び半分で友達と朝露旅館に忍び込んだことがあった。中で酒飲んだり、タバコ吸ったり、物壊してみたり…色々とバカやって楽しんだ。そしたら…。」
次第に隼人の顔はみるみる強張り、呼吸が早くなる。
握られている手をみると小刻みに震えていた。
「酒が入って寝落ちした俺は、寒くて目を覚ました。近くにいると思っていた友達がどこにもいなくて、しばらく辺りを見渡したけど、見つからない。暗闇に俺だけ取り残されたような感じがして怖かったのを覚えている。」
「友達は俺を置いて帰ってのかもしれない、そんな思いと焦りが出て来た時に、友達の悲鳴が聞こえた。暗闇の中、急いで悲鳴が聞こえた方に行くと…全体が黒い髪の毛に覆われた大きな塊が友達を地下に引きずり降ろしているとこだった…。」
「ひっ…!」
係長は小さな悲鳴を漏らした。
「それで、友達は?」
和馬は怯えた係長を気にせず、隼人に尋ねた。
「1週間くらい警察が捜索して、旅館から少し離れた森で発見された。意識がなかったらしく、大きな病院に運ばれたみたいだけど、退院しないままにそいつの家族全員で村から出て行ったから、その後どうなったのかはわからない。親たちもそのことは一切話さなかった…。」
係長は相変わらず、和馬の横で震えていた。
「こんな話、信じてもらえないだろうけど、朝露旅館には何かヤバいものがいる。だから、あの旅館には近づかない方がいい。」
隼人は静かに話し終えた。
「信じるぜ。それに、俺たちなら大丈夫だ。」
「そう…かな。」
隼人は和馬の横で震えている係長を見つめながら呟いた。
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