第12話 副業×呪いの人形(10)
前回はお休みしてしまい、申し訳ありませんでした。
呪いの人形編、クライマックスです。
最後までお読みいただけたら嬉しいです。
―――桃山寺―――
境内の最奥に位置する焚き場、白砂の上に据えられた護摩壇には、薪が整然と並べられていた。
護摩壇の前には住職と着物を着た女性が立っている。
住職は白い衣に深い黒の法衣をまとい、肩には金糸の織り込まれた袈裟をかけている。
女性は雛子同様、黒髪のおかっぱで人形のように端正な顔立ちをしている。
「おじさん、おばさん!」
和馬は2人に声をかけた。
「板橋君、大変だったな。雛子から事情は聞いている。」
住職はボロボロになった和馬や雛子、係長を見ながら労った。
「こちら、桃山寺の住職で雛子の親父さんの柳 秋治さん。」
「はじめまして。」
「そして、あちらが雛子のお袋さんの柳 麗花さん。」
「はじめまして、娘がお世話になってます。」
「それから、こっちは楠一家。」
「楠 龍二です。娘さんには色々と助けてもらいました。この藁人形にも。」
係長の足元には藁人形がくっついている。
「私の父が作った藁人形です。この子の供養も後からしましょう。」
秋治は穏やかな表情で藁人形を見つめた。
「板橋君、人形を見せてくれる?」
麗花に言われ、和馬は黒い袋から人形を取り出す。
麗花は人形を受け取ると、人形全体を確認する。
人形の服をめくって中を確認すると、胸に5cm大の切り込みが麻糸で縫い付けてある。
さらに左脇には、中心から上下放射状に3本ずつ線が伸びた焼き印がある。。
「秋治さん。」
麗花は人形の左脇腹にある印を秋治に見せる。
秋治は印をみると、表情を硬くした。
「この印は?」
横から覗き込んだ雛子は両親に尋ねた。
「雛子、説明は後だ。まずは祓いと供養をする。」
秋治は娘にそう伝えると、麗花から人形を受け取り、護摩壇の中に納めた。
人形の胸にあった麻糸を持っていたハサミで切り開くと、中に人の髪の毛が数本入っている。
それを確認すると、秋治は護摩壇に向かって真言を唱え始めた。
一気に場の空気が変わる。
秋治の唱える真言はその場の空気を震わせ、神聖な空間にさせた。
真言に抗うように人形はカタカタと小刻みに動き出す。
しばらくして雛子が護摩壇に火をつける。
火は静かに、でも勢いよく燃え上がり、人形を包み込む。
人形が熱で溶け始めると、炎の中から空気を切り裂くような悲鳴が聞こえ、漆黒の煙が立ち昇る。
「パパァ…あついよぉ…たすけて…パパァ…」
春子とあかねの混ざった声が炎の中から聞こえ、楠家は戦慄した。
あかねは耳を塞ぎ、春子の後ろに隠れる。
すると、住職のうしろで真言を聞いていた係長が苦しみだし、地面に倒れ込んだ。
「「パパ!?」」
春子とあかね、藁人形は係長に駆け寄る。
「心配いらないわ。呪いをかけた側との絆が切れようとしているの。」
麗花も係長にかけつけ、春子とあかねに状況を説明する。
真言が響く中、係長はしばらく苦しんでいた。
やがて、人形からのぼる黒煙が消えると同時に係長は気を失った。
「「パパ!?」」
春子とあかねは気を失った係長に驚いて声を上げた。
「縁が切れたみたいね。」
護摩壇から立ち昇る煙をみて、麗花は言った。
その後もしばらく真言は響き続け、護摩壇の火が消えるまで続いた。
火の消えた護摩壇には、灰となった人形の残骸が残されている。
秋治は護摩壇を覗き込み、人形の力が無くなったことを確認する。
人形の祓いと供養はようやく終わりを告げた。
全てを終えた楠家と和馬は本堂の奥にある和室に通される。
気を失った係長は秋治に運ばれ、横になっていたが、しばらくして目を覚ました。
「パパ!よかった…。心配したのよ。」
春子は目を覚ました係長を見て、ほっとした表情を浮かべた。
「ママ…。心配かけてすまない。」
「この子、ずっとパパの傍を離れなかったよ。」
あかねは係長の横にちょこんと座っている藁人形を指さした。
係長は横にいる藁人形を見ると、穏やかな表情で藁人形の頭を撫でる。
藁人形は嬉しそうな仕草に春子とあかねは思わず笑った。
「体の具合はどうですか?」
秋治はそう言いながら、藁人形の横に座る。
「かなりすっきりしました。私はどれくらい眠っていたのでしょうか?」
係長はゆっくり体を起こしながら、周りをきょろきょろと見渡す。
「2時間程度です。呪いをかけた側との縁が切れ、人形からの影響もなくなったことで体が楽になったのでしょう。」
「何から何までありがとうございます。」
「お礼は板橋君に伝えてあげてください。彼がいなければ、あなたは今日まで生きていなかった。」
秋治からそう言われ、係長は和馬を見た。
「いてててて!!おばさん、もっと優しくやってくれよ!」
和馬は人形との闘いで受けた傷の手当てを麗花と雛子から受けていた。
「板橋、相変わらず痛がりだな。」
雛子も首に包帯が巻かれている。
「いや、俺、蹴り飛ばされてるからね?」
「もう少しで終わるわよ。2人とも無事で良かったわ。」
麗花は雛子と和馬を見ながら、穏やかに話す。
「彼の手当てが終わったら、今回の人形について説明します。」
そう言って、秋治は部屋から出て行った。
和馬の手当てが終わったところで、襖が開き、動く日本人形がお茶を持って入ってきた。
丁寧にお茶を座卓に並べると、ぺこりとお辞儀して部屋から出て行った。
楠家、和馬、秋治、麗華、雛子は座卓を囲むように座った。
「板橋君は私と妻が毎年、呪いの人形展に参加していることを知っているね。」
秋治は静かに話し出した。
「全国各地の呪いの人形を集めた呪物展ってやつだろ。」
和馬は先程の日本人形が淹れてくれたお茶を飲みながら話す。
「表向きはね。でも実は別の目的もある。」
「別の目的?」
「この人形展には全国各地の人形供養や祓いを生業にしている者たちが集まる。だから情報収集や交流が目的で参加しているという方が大きい。」
「だから毎年欠かさず参加していたのか。」
「そしてこれが、展示されている人形だよ。」
秋治はタブレットを開き、写真を見せた。
写真には、日本人形や西洋人形、藁人形等、ありとあらゆる曰くつきの人形が麗花と共に映っている。
むしろ、ピントは全部麗花に合わせているものがほとんどで、麗花の単体での写真も多くあった。
「…被写体、妻過ぎるだろ。」
和馬は冷静に秋治に突っ込みを入れる。
「いつものことだ。」
雛子も半ば呆れ気味に話す。
「麗花さんお人形さんみたい!」
あかねはキラキラした目で話す。
「ありがとう。秋治さん、見せたかった写真は別のフォルダに入っているんじゃない?」
麗花は照れた表情をした。
「はっ!!!申し訳ない!これは、麗花の思い出フォルダだった。見せたかったのはこっちの写真だ。」
秋治はそう言って、別の写真を見せた。
写真に映し出されていたのは、着物を着た日本人形だった。
「これも展示されている呪いの人形?」
あかねはタブレットを覗き込みながら秋治に尋ねた。
「これは展示品じゃない。実は、同業者から情報提供を受けた時にもらった写真です。」
秋治はタブレットの画面をスライドさせ、もう1枚の写真をみせた。
同じ人形で着物をめくり、足を写したものが映っている。
「左足に付いている印を見てください。」
そこには中心から上下放射状に3本ずつ線が伸びた焼き印が押されている。
「あの人形と同じ。」
雛子は写真を見ながら表情を硬くした。
「同業者の間で焼き印の付いた人形について噂になっていてね。かなり強い呪いがかかっていて、呪いをかけられた人間を執念深く追いかけ、呪い殺すまで終わらない。対処した同業者も危険な状況まで陥ったと聞いた。」
秋治の話に係長は表情を強張らせた。
「呪いをかけた人がパパも含めて何人も呪っているってこと?」
あかねは秋治に尋ねた。
「同業者たちも同じことを考え、共通点がないか調べたらしいのです。」
「で、共通点はなかったと。」
雛子は湯飲み茶わんを見つめながら話す。
「全国各地で焼き印のある人形が見つかっていますが、年代も性別もバラバラ。呪いをかけられた側の経歴も調べたが、共通点はありませんでした。」
「最悪だな。」
和馬は残りのお茶を飲み干す。
「どういうことだ?」
係長は怯えた表情をしている。
「俺たちは最初、素人が呪いの儀式をネットか何かで調べてやったこと、呪いの強さもそいつの恨みの深さだと思っていた。けど、今の話を整理すると全国各地に同じ焼き印のある呪いの人形があること、その人形が他と比べて力が強いこと、呪われた側に共通点がないことを考えると…」
「呪いをかけた奴の他に、呪いの人形を作った奴がいる。」
雛子はそう言いながら、和馬の目をまっすぐに見つめた。
「待ってくれ。実はわかっていないだけで呪われた側に共通点があって、1人の人間がネットで調べた儀式で全員に呪いをかけている可能性もあるだろ?」
係長は変わらず怯えた表情で異論を唱えた。
「前にも話したが、呪いは呪った側に返ってくる。あれだけ強い呪いだぜ、呪った側もただでは済まないし、何より強い呪いを複数人にかけるのは不可能だ。」
「それに、私と板橋への攻撃をみると、素人の呪いであそこまで人形が強くなるとは思えない。そう考えると、呪った奴とは別に呪いを増強させるよう人形に仕掛けをした奴がいると考えるのが自然だ。おそらくこちらの同業者が関わっている可能性が高い。」
和馬と雛子の話を聞きながら、係長は頭を抱えた。
「つまり、俺を呪った奴は再起不能になるけど、これから他の人にも同じようなことが起こる可能性があるってことか。」
「そうなるな。単独犯ではなく、もしかしたら複数人が関与しているのかもしれない。組織的な何かが背景にいるのかもしれない。」
和馬は眉をひそめながら話す。
「いや、組織犯罪とは限らない。能力のある奴の力の限界があるのかは分からないが、犯罪者の中には自分がやったと誇示したくて特徴的なものを現場に残したりする奴もいる。それに今はネットでなんでも売り買いできる時代だ。呪った側もネットで人形を手に入れたのかもしれない。単独犯も想定しておかないとな。」
係長は初めて警察らしい発言をした。
「パパ、警察官みたい。」
あかねはびっくりした表情をした。
「詳しいわね、パパ。」
春子も感心した表情をした。
「うん…パパ、警察官だからね。」
係長は静かに答えた。
「とにかく楠家の問題はこれで解決だ。」
和馬は楠家に向かって話すも、全員何とも言えない表情をする。
「でも、また被害が出るかもしれないんでしょ?なんかすっきりしないな。」
あかねは心配そうな顔をして話した。
「私たちも力になるわよ!張り込みごっこ、楽しかったし!」
春子はこぶしを握り締めた。
「ママさん、あかねちゃん、ありがとう。でも呪った側も人形に細工した側も情報がないし、今できることはないんだ。もし何かあったら助けてもらうよ。」
和馬は春子とあかねに優しく話した。
「和馬、俺も警察関係で何か情報があれば知らせる。微力ながら力にならせてくれ。」
係長の言葉に和馬は頷いた。
「では藁人形についても供養を行いましょう。」
秋治はそう話すと、麗花と共に部屋を後にした。
しばらくして廊下を誰かが全速力で走る音がしたかと思った次の瞬間、襖が勢いよく開き、ガタイの良い作務衣を着た白髪の高齢者が入ってきた。
「和馬!!久しぶりだな!!」
「うわっ!!!じじい!!!まだ生きていたのか!!」
和馬はその高齢者を見ると瞬時に臨戦態勢に入った。
「元気なおじちゃんだね!」
あかねは笑いながら、その光景を見ていた。
「あれは、私の祖父の柳 銀治、76歳だ。その藁人形を作った張本人。」
雛子は淡々と祖父を紹介した。
「プロレスラーみたいな体形しているな。」
銀治の体は70代後半とは思えない程、筋骨隆々で見た目も若々しく、係長はその体格に関心した様子だった。
「今でも現役の祓い屋だ。プロレス技を使ったアクロバットな除霊が有名。そのせいもあってか藁人形もプロレス技を使う。」
「だからお前、色んなプロレス技を決めていたのか。」
係長は藁人形を見ると、照れたように頭をポリポリかいていた。
「和馬!お前は俺の弟子になって、この家に婿入りするはずだろ!!」
「そんな約束してねぇだろ!!ボケてんじゃねえよ!!」
「お前は鍛えれば、最強の祓い屋になれる!!諦めるな!!」
「いや目指してねぇよ!!俺はハーブティ屋をやりたいんだよ!!」
「お義父さん、あまり大声を出すと本堂まで聞こえてしまいますよ。」
和室の廊下から現れた麗花は銀治に優しく話した。
「おお、すまない、麗花さん。和馬を見るとついつい…。藁人形の供養だったな。あんた、言われたものは持ってきたか?」
冷静さを取り戻した銀治は仕事モードに切り替える。
「私の好きな酒を持ってきました。でも、安い酒ですが、いいのでしょうか?」
係長は持ってきたカバンから缶ビールを取り出した。
「藁人形に酒の価値はわからんよ。大事なのはあんたにとって好きなものかどうかだ。そして助けてもらった感謝をきちんとすることだ。」
係長は頷いて、缶ビールを開けた。
「友よ、汝の助力に深き謝意を捧ぐ。ここに約を果たし、報いを授けん。どうか受け取りたまえ。」
係長は感謝の呪文を唱えると、缶ビールを藁人形に差し出した。
ビールを受け取った藁人形は少し匂いを嗅ぐと、ぐびぐびと飲み出す。
一気に飲み干すと、ビールのおいしさを噛みしめるかのようにカーっと大きな声を出し、ケプッとげっぷをした。
そして藁人形の体はみるみる小さくなり、元の手のひらサイズまで戻った。
「うむ、これで藁人形の供養が終わった。明日、お焚き上げを行う。」
銀治の言葉を聞きながら、係長は寂しそうに藁人形を手にする。
すると、ぴくぴくっと小刻みに藁人形が動き、手のひらサイズのまま動き出した。
「うわっ!」
係長はびっくりし、思わず藁人形を落としそうになる。
動き出した藁人形は係長を見上げると、右手をぴっと上げ、挨拶すると、係長の手に抱き付いた。
「ううむ、驚いたな!藁人形が契約以外で動くことはなかったが…。あんたのことが好きになったみたいだな。」
「これって、どういう…?」
係長はあっけに取られている。
「あんたと一緒にいたいってさ。」
和馬は係長と藁人形の様子を笑顔で見つめていた。
「ママ、どう思う?」
係長は春子にお伺いを立てる。
「まぁ、パパがまた呪われたら困るし、藁人形ちゃんに守ってもらえるのは心強いんじゃない?」
春子は優しく笑いながら、藁人形を撫でた。
藁人形も嬉しそうに春子の手に抱き付く。
「藁人形飼えるの!?洋服とか買ってあげよう!家族みんなでお揃いのTシャツ作ろう!」
あかねは興奮しながら楽しそうに話す。
あかねと係長が藁人形の名前について盛り上がっているところ、春子はおもむろにカバンから封筒を取り出した。
「和馬君、今回のお礼。足りるか分からないけど、受け取って。」
封筒には万札がかなりの枚数入っている。
「こんなにたくさん!?」
「パパの命を救ってくれたんだもの。本当にありがとう。たまには我が家に遊びに来て!私たちも和馬君のお店にまた行きたいわ。」
春子は優しい笑顔で話した。
「ありがとうございます。ぜひ、また来てください。」
和馬は笑顔で答えた。
それを聞くと、春子はあかねと係長の話に戻っていった。
これで溜まっていた家賃を払うことができる!
追い出されずに済む!!
「和馬、うちの支払いも頼むぞ。」
心でガッツポーズを決めていた和馬に雛子は冷たく言い放つ。
「え…?」
あっけに取られている和馬を無視して、春子からもらった茶封筒を奪う。
「えっと、除霊代と出張費用として5%上乗せして、護摩壇の準備費用と供養の費用と相談手数料も込みで差し引くと、おつりが少し出るな。ほら。」
雛子から帰ってきた茶封筒の中には1000円しか残らなかった。
「まいどあり。」
マジで家賃どうしよう…。
和馬は絶望感に押しつぶされ、座卓に突っ伏した。
「和馬君、今回の人形について、うちのインスタに載せてもいい?」
あかねは突っ伏している和馬に対して無邪気に聞いてくる。
「…好きに載せていいよ…。」
泣きそうな震える声で和馬は答えた。
「あと、和馬君のお店の名前も出していい?」
「…いいよ…。」
「ありがとう!またお店遊びに行くね!」
車の中、陽気な楠家とは対照的にどんよりと肩を落とす和馬を乗せて、帰路につく。
そんな和馬とは違い、空は快晴で、開けた窓からは気持ちの良い風が車内を吹き抜けていった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ここで一区切りとなりますが、物語はまだ続きます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




