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85話 枢軸の鳴くところ

【6時間前】


 渋谷コンテンポラリー・ホールにおいては、一般観客席とは異なる場所に作られた、個室の鑑賞室――VIPルームというものが存在する。

 それは選手たちの席を一望できる、二階の壁の向こうに位置している。


 そのVIPルームに、今、ひとりの女性が到着した。

 どこかバカンス帰りのような軽装で、夏らしいワンピースを着ている。つばの広い帽子に、目元にはティアドロップのサングラスがかかっていた。

 つまり、彼女の顔は隠れている。それでいて、一見するだけでだれのことかはすぐに判別できる。

 その女性が、非常にちいさかったからである。


「西園寺オーナー、お着きになりましたか」


 先に部屋にいたひとりの男性が、彼女のことを迎え入れた。

 西園寺遊夏。プロチームLinkedCielのオーナーにして、LC学園の学園長。けして少女とは呼べない年齢の女性は、そこでサングラスをはずした。


「ああ、ひじょうに疲れたぞ! きみ、冷たいジュースをくれたまえ」


 付き従っている黒服にそう頼むと、彼女はソファ席に腰を下ろした。

 話し相手の男性は、プロチームLinkedCielの運営会社に所属している、西園寺遊夏の腹心のひとりである。


「いかがでしたか、サウジは」

「あの国は、暑いなどというレベルではないぞ。そもそも、昼間に活動して夜に寝るという価値観が存在しないようだ。どの人間と会うのでも夜間から明け方にかけてだからな、時差ボケがなければ商談中に眠ってしまうところだったよ」

「それはそれは。帰国の当日くらい、おやすみになられたほうがよかったのではないですか」


 学園長はオレンジジュースをごくごくと飲むと、首を振った。


「そうもいくまいよ。なにせ本日の部門は、王子がもっとも興味のあるゲーム――ルシファー・オンラインだ。彼もまた、世界一のチームを作りたがっていたよ。それになにより、日本の若手選手の実力にも強く興味を抱いている様子だった」


 周囲の者たちは談笑をやめて、学園長の話にじっくりと耳を傾けていた。

 それもまた当然のこと。現地で仕入れたナマの話は、なによりも価値のある情報だからだ。


「そうでしたか。やはり、今はルシファー・オンラインですか。ほかには?」

「うむ。向こうではいまだにFUBGも人気だと聞くが、旗振り役の王子がそうでもない様子だったな。それとレースゲームのGrand Millionと、MOBAの――」


 そこで学園長は、わざとらしく話を中断した。


「まあ、こういう話はおいおいにしよう。抜け駆けがあってもよくないからな」


 耳を傾けていた集団が、がっくり肩を落とした。

 みずからの足を使って商談することを好む西園寺遊夏という資産家は、今年の夏、サウジアラビアへと渡っていた。世界的な規模のゲーム大会を開こうとしている王子と個人的な友好関係を築いており、さまざまな情報を持ち帰ってきている。

 資本の集まる国外大会と、自分たちの庭である国内eスポーツシーンをどうにか連携させようという巨大なプロジェクトの、その一環の活動であった。


 ここに集まっているのは、ともに電甲杯のために結成した運営チームDL2と、その協力者たる面子ばかりである。各プロチームのオーナーや、個人の出資者、スポンサー企業の要職の者など、この先のeスポーツでどうにかひと儲けしようと画策する、おとなたちの集いだった。

 もちろん、彼らのほとんどは、みずからゲームなどはしない。


「それで、数字のほうはどうなっているかね」

「好調ですよ。去年の同時接続者数の、およそ2.2倍だそうです。とくに先日のRevenant部門の最終試合は、瞬間的にですが、同時視聴者が40万人に達しました」

「ふむ――私も聞き及んだが、すばらしい激戦だったようだからね。Unifying 7としても、鼻高々なのではないかな」


 西園寺は、自分の右側に座っている坊主頭の男性に話しかけた。Revenant部門で優勝した、海谷ララの所属チームのオーナーだ。

 その彼は、うなずきながら返事した。


「チームのほうは、来年度で大きく再編するつもりです。虎の子のkaira選手には、近々海外遠征の機会を与えて、韓国あたりのプロと競ってもらおうかと考えています。もっとも、その時期は向こうの都合に依存するのですが、もしも長期休暇と被らなかった際には、学園のほうに融通してはいただけませんかね」

「善処はしよう。だが、単位の取得がかなわないような遠征は許可しかねる。わたしとしては、かわいい生徒たちにはぜひ高卒相当の資格は有しておいてもらいたいのでね」


 西園寺遊夏には、教育の理念がある。

 それは、もっとも要求値の高いところでは、ゲーマーたちに海外で活躍するために必要な語学力を磨いてほしいというものであったし、より現実的なところでは、高卒として18歳以降の人生を歩んでほしいというものでもあった。

 西園寺遊夏は、けしてすべてのゲーマーが、輝かしいプロゲーマーとしてその道を完走できるわけではないことを知っている。


「動員のほうは、客席はもともと満杯でしたが、企業ブースやファンミーティングの来客者が増大しているようですね。私もさきほど併設のモールの様子をみてきましたが、八月の休日にしてもかくや、という混みようでしたよ」

「ふむ。それはけっこうだが、懸念もあるな。この会場がほかにもスペースのあるタイプだったからどうにかなっているが、来年からわがLC-パビリオンでおこなう場合は、なかなか同じようにはいくまい。わかってはいたことだが、この状況では赤字を数億程度に抑えるのですら精一杯だしな」


 今や大々富豪と呼んでも差し支えのないオーナーではあるが、その資産は極めて流動的であり、信じられない量が出て行っては、おおよそ同じ量が返ってきている。

 資金の回収元はおもに別業界への短期的な投資であり、ばらまき先はeスポーツ業界に限っている。安定志向の投資家が聞けば冷や汗が止まらなくなるような大胆な資金運用をしておきながら、当人はいつだってあっけからんとしている。

 今も、コンビニでも買えそうなスナックに手を伸ばし、おいしそうにさくさくと口にする始末だった。

 

「本日のメンツは、これで全員かね」

「いえ。labyrinthオーナーの六道さまが、遅れて到着すると連絡がありました」

「そうか。彼もまた熱意があるものだな。けっこうなことだ。……む、試合が終わるようだな。もう少し音量を上げてもらえないか」


 モニターの音量が上がる。

 すると、実況の声がVIPルームにも轟きはじめた。


『――――決まりましたああぁぁっ!! プレファイトA、最終第5試合は"秋田の新星"本大会最年少、スバル選手の2タテで幕を閉じましたっっ!!!』

『いやーーーー、震えますねこれは。13歳とは思えない落ち着きと、異様なファイト力です』

『最終戦、ほとんどブルドーザーみたいな轢き方でしたねw』

『いやほんとにw 惜しくもマッチ2位となったLC学園、labyrinth所属のse1en選手も、カメラをみるに苦笑いのようです。さすがにスナイパーを捨てずに最終ラウンドに入ったのは、結果だけをみると悪手となってしまったかたちでしょうか……!』


 モニターでは、LC学園の制服を着た青年が大きく抜かれていた。


「今はちょうど、前半戦が終わったところのようですよ。しかし、ご安心ください。どうやら最終試合では敗北してしまったようですが、前哨戦の前半グループでは、LC学園の彼が1位でフィニッシュしたようです」 


 そう説明を受けるも、学園長はふんふんと適当な相槌を打つばかり。

 モニターに映し出された暫定順位表を、前のめりになって確認する。


「……そうか。《《彼のチームは》》、《《後半戦か》》」


 そのつぶやきに、話し相手の男性が興味を示した。


「ほう。西園寺オーナーにも、ひいきのチームがおありですか」

「まあねえ。本日も引き続きわが校の生徒に優勝してもらうのは当然としても――どうしても、より興味を惹かれる者というのは、いてしまうものだよ」


 なぜだか悪そうに笑いながら、西園寺遊夏はソファの背もたれに、深々と身を預けた。

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