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84話 "静かなるクマたち"

【7時間前】


 頃合いをみて控室に戻り、集合時間を待つと、各チームにリストバンドが配られた。これは大会の参加資格のようなもので、いわば記念品としての意味合いがあるらしい。


 控室の隅の席で、俺は自分に与えられたリストバンドに目を落としていた。

 そこには俺たちのチーム名――Quiet BearSとプリントされている。

 その下にはQB_Agumaという、今回の俺のプレイヤーネームも。


 俺は、思い出す。

 たしかチーム名を決めたのは……終業式の少し前のことだったか。




 いつものチーム練の最後、もうあと一戦だけやれそうなときに、いつもならやる気マックスの赤城さんが、みずからパーティを抜けたのだった。

 なにか用事でもあるのだろうかとたずねた俺に、


「や、そうじゃなくてね。ちょっと決めなきゃいけないことがあるんだ。いいんちょくん、翠ぴ、おぼえてる?」

「なんのことだ」

「ほら、チーム名だよ。大会に出る以上は必要だけど、エントリーではとりあえず空欄で提出してたでしょ。あれ、そろそろ決めないとダメみたいで、運営から警告が来ちゃったんだよね。というわけで貴重な一戦を犠牲にして、今ぱぱっと決めちゃいましょ~。いえ~、ぱふぱふ~」


 架空のラッパを吹いて、赤城さんが椅子をくるくると回転させた。

 対して、俺と翠は目を合わせて、互いにきょとんとしてしまった。


「『チーム赤城』じゃだめなのか? 赤城さん、リーダーだし」

「いいチーム名だと思う」

「こらこら、そこのふたり、決めるのだるいからって放棄しない! てかはずかしーでしょ、あたしの名前だけポンって置いてあるの。あたしこそべつに『チームいいんちょくん』でもいーんだよ?」

「……それは、かなり困るな」


 できれば出場していることに気づかれないまま終わりたいくらいだというのに。


「とゆーわけでそれぞれ案を出して! 決めたらきょうは解散ってことで!」

「うーん、といってもな」


 俺は唸った。こういうアイデア的な領分は、俺は昔から苦手だった。


「チーム・レッドキャッスル」

 と翠。

「それ赤城を英語にしただけじゃん。いくらあたしでもそんくらいわかるから、だめ、却下!」

「チームSAA」

 と俺。

「……由来は?」

「それぞれの頭文字を取った。あと、たしか拳銃の名前の略称のはずだ」

「んー。保留!」


 保留か。ならマシなほうじゃないか?


「チーム・ローテシュロス」

 と翠。

「なに? それ」

「ドイツ語で『赤い城』という意味」

「けっきょく赤城じゃん! だめだってば!」

「チームASA」

 と俺。

「……いいんちょくん、頭文字の順番を変えてるだけじゃない?」


 芸がないのがバレてしまった。


「しかも今意味を調べたら、朝日新聞の販売所が使っている略称だったよ」

「よけーにダメじゃん! もう、しっかりしてよ」

「そ、そういう赤城さんには案はないのか」

「あ、あたし?」


 あまり委員長らしくはないが、俺はテンパって攻勢に出てしまった。

 赤城さんは困ったように指を突き合わせると、


「……チ、チームくまぴ」

「くまぴ?」

「いいんちょくんの苗字、亜熊って、なんかカワイーじゃん? くまって言葉使いたいなーと思って……」


 どうやら全員、ネーミングにかんしてはダメなようだった。


「……チーム解散の危機」ぼそりと、翠。

「いや、解散しないから! チーム名ってべつになんでもいーからね。ただなんかあんまりヘンだと締まんないなーってだけで!」


 去年の参加チーム名の一覧を眺めながら、あーだこーだと意見を出す俺たち。


「まあ丸いのは、やっぱこの三人の名前が入っているチーム名にするとかだけど」


 その赤城さんの発言を受けてか、翠がこう言った。


「それなら――クワイエット・ベアーズとか」

「え、なんて? 翠ぴ」

「Quiet Bears。Quietはあなた、Bearはクマの意味」

「……なんかイイかんじするけど、それだと翠ぴが入っていないじゃん」

「それなら、複数形のSがわたしということでいい。主張が足りないなら大文字にして、Quiet BearSでもいい」


 スマホをするするっとスワイプして、字面をみせてくれる翠。


「え。ならいいじゃん、気に入ったかも」

「ああ、そうだな。さすがは翠だ」


 困ったときは、翠が大体解決してくれるのだ。

 チームの略称もQBとなってわかりやすく、大会の本戦ではこのチーム名をプレイヤーネームの頭文字にするということで話がまとまった。





 そのときの俺は、まだ赤城さんのQuiet Girlsに対する想いを知らなかった。

 だが結果として、それに由来する名前になったことは、俺にとってもいいことであると思える。

 なんというべきか、意義を感じる。

 それは重圧ではあるが、委員長にとっては悪くないことだ。少なくとも、きょうというタフな一日を生き抜く分には、必要なバフであるように思える。


 ――きょう一日、きょう一日だけだ。

 この日を生き抜けば、これまでの長かった戦いも終わりだ。


「クマ、なんかはじまった」


 つんつんと、隣に座る翠が肩をつついてきた。

 みれば、選手控室のモニターに流れていた大会スポンサーのCMが止まり、電甲杯のやけにかっこいいオープニングムービーが流れる。

 去年の本戦の様子をミックスした映像のようだ。ぼけっと眺めていると、赤城さんの姿も出てきた。Quiet Girlsのメンバーに向けてコールをしているところなのだろう、かっこいい横顔が抜かれている。


 時刻は、12時を少し回ったくらいだ。

 これからは、前哨戦プレファイトAと呼ばれる戦いがはじまる。この前哨戦で選ばれた上位10チームが、最終戦ファイナルバウトに進出できるわけだ。

 そして最終戦でもっとも高くポイントを取ったチームが優勝となる。


 俺たちのチームは前哨戦Bだから、出番はもう少しあとだ。

 ちょうどいい。せっかくだからここで観戦して、対戦相手たちがどれくらいの実力なのかを知っておくべきだろう。

 採用している構成と人気のスキルもわかるし、かなりの勉強になるはずだ。


『というわけで………………はっっじまりました、第4回電甲杯 Phase4! みなさんお待ちかね、ルシファー・オンライン部門になります~~~~!!!!』


 実況席、向かって左側にいる女性がハイテンションもあらわに叫ぶ。

 こういうイベントでは引っ張りだこのフリーアナウンサー、真白井ニャムさんだ。

 銀髪ボブカットの、少しばかりパンクな印象を与えるお姉さんだが、ありとあらゆるゲームの知識に長けている、理論派の実況者である。

 そのとなりで挨拶しているのは、こちらもまたeスポーツシーンではよく姿をみかける照井さん。

 彼のほうは、もともとはアーケード系のゲームで有名なプレイヤーだったらしいが、はやいうちから実況解説の仕事に目をつけて転向してきたと聞いたことがある。


『ニャムさん、あいかわらず威勢のある声ですねーw もう四日連続の実況になりますが、調子のほうはいかがでしょうか』

『聞いてのとおり、ハイッッパーーげんっきです! アタシはもうゲーム実況さえできていれば人生楽しいっていうくらい骨の髄から実況中毒ですので、毎年電甲杯よりも充実している時期はないんですよーw』


 それはそれですごい話だ。天職をみつけるひとっているものだな。

 そこからは軽いスケジュール確認とゲームのルール説明、大会スポンサーへの言及などが入る。それが終わったら選手の入場演出。そのあとで、ようやく対戦だ。

 ちょっと長すぎる気がしなくもないが、俺としては、この控室でおとなしく待てる分には助かる話だ。


「そういえば、あのひとはまだ帰ってこないの」

「赤城さんか? どうやら、ファンとの握手会のイベントがあるらしいからな。宇野さんは試合の三十分前には返すと言っていたから、心配はいらないだろう」


 Quiet Girlsのファンミーティングは、どうやら大変な騒ぎになっているそうだ。

 想定の三倍以上のファンが集い、整理券の配布にすら難航しているらしい。

 もともと用意していたスペースはキャパシティ不足もいいところで、SNSにははやくも「ゴミ運営」「暑いところで待たせすぎ」「結局整理券もらえなかった」等々、苦情が殺到しているという。


 しかしそれも、当初はファンミーティングに欠席予定だった赤城愛莉が、予定を変更して急遽参加になったせいだという見方があるようだ。

 俺には、その事情がわかっている。

「当日は試合以外のことで疲れたくないから」という理由で出演を断っていた赤城さんだったが、また彼女の母親がなにかしらの行動に出るかもしれないということを危惧して、マネージャーさんと相談して参加することに決めたのだという。

 LC生としての個人活動ではなく、会社も関係するような正式の活動があれば、桜花さんも台無しにするような真似はしないだろうというのが、宇野マネージャーの考えであるようだった。


 赤城さん。いつだって自身の人望に振り回される、大変なおひとのようである。

 ともあれ、このことにかんしては、俺が助けられるようなことはない。現場のスタッフさんやマネージャーさんは大変だろうが、どうにか乗り切ってほしいところだ。


 翠と並んで観戦モニターを眺めながら、俺はしばしの休憩に入った。

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