↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
84/114

73話 麗しのオカリナ

 俺と向き合う桜花さんは、しばらくのあいだ、その口を閉ざしていた。

 彼女が下唇を弱く噛んでいる様子を、俺は静観しているほかなかった。


 これはかなりふしぎな感覚だったが、自分よりも二回りほど年上のこの女性を、俺はどこかこどものように思えてしまっていた。

 その理由は、わからなかった。

 無理やり推測するなら――彼女が、自分のしていることの意味をわかっていないか、もしくは、駄々をこねているようにみえてしまっていたからだろう。


 ――――赤城さんは、自分の母親と、とある賭けをしている。


 それが、俺があの日社長から聞いた、今回の話の全貌だった。

 賭けているのは、Quiet Girlsというチームを存続させるか、否か。

 そして勝敗の基準は、次の電甲杯の結果によって左右されるのだという。


 そこまではいい。結局、俺には詳しい事情はわかっていないままだから、ふたりのあいだになにがあったのかは判然としないし、そこを追及しようとも思わない。

 だから、問題はその先だ。

 現時点で、桜花さんが無理やり赤城さんをゲームのテーブルから降ろそうとしていること、ただそれだけだ。


 さきほど、社長秘書の黒峰さんに電話をかけたとき、俺はこう質問した。


「赤城さんと連絡が取れなくなったのですが、以前お話に出てきた彼女の母親が、それに関与しているということはありえますか」

『いや、そんなことはさすがに………………おおいに、ありえるな』


 そう答えたのは、社長だった。


『あの赤城桜花という女は、ぼくにも底が知れない。とにかく発想が自由で、常人なら踏みとどまる場面でも、躊躇なくアクセルを踏める人間だ。おかげで、彼女に利益を追求させるとド偉い成果が出て、わが社として大助かりなのだが』

「つまり、手段を選ばない方だと?」

『まさしく、そういうことだ。これはぼくの予想だが、おそらく桜花くんと彼女の腹心のチームは、そもそも愛莉くんが校内予選を突破するのも難しいと踏んでいたのではないかな。それなのに、今回の快勝の結果を知って……』


 なるほど、と俺は思った。

 予選で道が絶たれてしまうことが、向こうからすればもっとも話のはやい結末だったのだろう。

 だが、実際には俺たちのチームは好成績で突破してしまった。

 それを受けて、強硬手段に出たということか……。


「もうひとつ質問なのですが、その赤城さんのお母さんは、俺のことを知っていると思いますか」

『……どうだろうな。確たることは言えないが、おそらく桜花くん自身は、チームメイトのプロフィールまでは確認していないのではないかと思う。彼女は余計な情報を聞かされるのが好きではないから、条件のとおり、プロと組んでいないらしいという報告だけを聞いて、とりあえずはよしとしていそうだが』


 つまり、いざ対面するとなったときには、そこの部分はアドリブになるわけか。

 まあ、いたしかたないところだろう。


「俺はこれから、彼女の家に様子をうかがおうかと思います。ですので、もし支障がなければ、住所を教えていただけますか。学校のほうでも聞けるのですが、こちらのほうが事情の説明がいらず」

『助かるよ、亜熊くん。住所のほうも了解……って、黒峰くん! だから、ひとのスマホを取らないでく』


 一瞬の静寂。


『もしもし、お電話かわりました。亜熊さん、住所をお伝えしますから、メモの準備をしていただけますか。諸事情で、文面には残すのは避けたいので』


 それはそうだろう。俺は、一字一句たがわずにスマホに記録した。

 最後に、いつごろたずねるつもりかという黒峰さんの質問に答えると、いったん必要なやりとりが済んで、俺は電話を切った。


 そうして、俺はこの赤城さんのお宅にやってきたわけだった。

 赤城さんの母親と、ふしぎな対面をしている。ほんとうははやく切り上げるつもりだったのだが、思いのほか話しこむことになってしまっていた。

 もっとも、俺のほうから話を振ってしまった面もあるわけだが。


「……あの子は、おおきなかんちがいをしてるのよ」


 と、たっぷり時間をかけたあとで、桜花さんは言った。


「おおきくて、ひどいかんちがいよ。あの子は、自分の父親をいい人間だと思っている――そう思いこんでいるのよ。血が繋がっているだけで、法的には父親でもなんでもない男を、都合のいい幼少期の記憶だけを頼りに、いつまでも信じている……」


 桜花さんは、だれかの落し物でもみつめるかのように、グラスに目線を落としていた。まだ中身は残っているが、手をつけるのをやめたようだった。


「亜熊くん。あの子が、あなたにどういう話をしたのかは知らないわ。でも、親としてはっきり断言するけれど――あの子が執着しているのは、あの子が捨てたほうがいいものなの。一刻もはやく、忘れたほうがいいものなの」


 それは、まるで自分自身に言い聞かせるような言葉。

 ここにいない赤城さんや、目の前の俺に向けてというよりも。


「あの子はまちがえているのよ。それはもう、さまざまな点でね。だから、母親であるわたしが導いているの。まさかあなたに、文句はないでしょう」

「ええ、もちろん」


 俺は、堅物委員長として同意する。

 そう――どこまで踏みこもうとも、よそのご家庭の教育方針には、なかなか口出しなどできないものだ。

 この話をシンプルにするなら、ゲームの大会に出ようとしている娘を、母親が禁じているというだけだ。

 その手段が多少なり無理やりであろうとも、要はそれだけではある。

 だからこそ、俺の言い方も、必然的に内容を選んだものになる。

 ここからが、委員長としての腕のみせどころだ。


「ただ――これは、あくまで一般論としてですが」

「なにかしら」

「たとえよかれと思ってやったことであっても、相手が納得していない場合、こうした謹慎の処置というのは、さらなる反感を生むことになってしまうかもしれません。たとえば、自分が中学のころ、クラスで問題なっていた素行不良の子に、先生が無理やりと取れる措置を施したあと、むしろ事態がこじれてしまうということがありました」


 適切なたとえだったかどうか、俺は桜花さんの顔色を窺った。

 問題なさそうにみえるので、続ける。


「あらゆる処罰は、最終的には当人にも納得してもらわないと、ひょっとすれば逆効果になることもあるかもしれません」

「……それは、わたしも懸念していることよ。芸能活動のために髪を染めるのを許しはしたけれど、中身まで不良になってしまったら目も当てられないわ」

「ええ。それは、俺も彼女のクラス委員としても看過しづらいことです。ですので、今からでも、もういちど愛莉さんと話し合ってみるということはできませんか」

「……だめ。今は、冷静には話せないわ」


 ……それは、どちらが、だろうか。


「なんにせよ、例の大会が終わるまではあの子を出すつもりもないし、今はなにもしないでいたほうが……。どう過ごしているのかも、気になりはするのだけれど」


 ――ここだ。

 うっかり大会を意識していると口を滑らせている桜花さんに、俺はそこで主張した。


「よければ、俺がかわりに話してきましょうか」

「……え?」

「どのみち、お願いしようかと思っていたのです。というのも、例の合宿について、愛莉さんにできれば直接説明したいことがありまして」


 俺はスクールバッグを開けると、イヨちゃん先生にもらった資料を覗かせた。


「彼女の様子を窺うという意味でも、少し愛莉さんと話せればと思うのですが……。今回の一連のお話を、うまくまとめてみせると、俺が約束します。こういうことは、得意だと自負していますので。いかがでしょうか」


 ここいちばんの委員長顔で、俺はそう提案した。

 桜花さんは、しばらく迷うように目を泳がせていた。俺を信頼していいのかどうか、娘を刺激しないでいたほうがいいのかどうか、勘案しているようだった。

 だが、最終的には――。


「そうね。……あの子も、ともだちと話せたほうがいいかもしれないわね。そういうことなら、お願いしようかしら」


 ワイングラスを置いたまま、桜花さんは席を立った。

 案内するからついてきて、とのことである。


 ――これで、いわゆる第三関門を突破したことになる。

 彼女について廊下に出て、横幅の広い階段をのぼる。そのうえにあるものをみて、俺は驚いた。まるでシェルターの入り口のような、やけに分厚いドアがあった。

 なんだこれは……いったいなんのための扉だ?

 まさか、はじめから娘を軟禁するために用意していたなどということはあるまい。


「防犯用よ。セキュリティ会社がこういうものを売っているの。もしも変質者が入ってきたときに逃げこめるようにって」


 そう説明されて、一応納得する。それでもけったいではあるが……。

 桜花さんがスマートフォンを操作すると、重たいドアがピッと鳴った。どうやら、電子ロックが解除されたらしい。


「あがって。そこの奥が、あの子の部屋よ」

「わかりました。――ああ、そうだ。あとひとつだけ、お願いがあるのですが」


 俺は、桜花さんにスマートフォンをちらりとみせた。


「じつは、学校で彼女に誘われて、いっしょにプレイしているゲームがあるんです。はずかしい話ですが、俺もこのところ、ハマってしまっていて……。それを、少しだけ愛莉さんとプレイしてもかまいませんか」

「……いいわ、それくらいなら。そういうものも、たまに息抜きでやるくらいなら、わたしだってなにも言わないのよ。あの子みたいに、度が過ぎると問題なだけで」


 そのとき、チャイムが鳴った。

 どなたか知らないが、また訪問者があったようだ。

 応対のためか、桜花さんが向かう。


「時間を決めておかないと――そうね、三十分もしたら開けに戻ってくるわ」


 ……あの子を、お願いね。

 桜花さんは、最後にそうつぶやくように残していった。




 さて。

 これにて、想定していたすべての関門は越えたといえる。

 委員長ロールを崩さないまま、俺はここまで至ることができた。


 俺に残された最後の仕事は、彼女と話すことだけだ。

 そして、赤城さんの話次第では、俺は――――。


 部屋をノックをするも、返事がなかった。

 となれば、この場合はしかたないだろう。


 俺は、とびらを開いた。

 部屋のなかに閉じこめられていた冷気が、俺の肌をつんと刺した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。