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65話 ウーマン・コンペティション

「亜熊さんは、愛莉と電甲杯に参加されているのですよね? その件について、亜熊さんにぜひお聞きしたいことがあるのです」


 そう言われても、と固まる俺。

 きょうはくたくたで、一刻もはやく帰って休みたいところだったというのに。

 とはいえ、赤城さんのことだと言われると、気になってしまうというのは事実だ。


 しかたがない。最後に気合いを入れて、この一件だけでもどうにかしよう。


「わかりました。俺でよければ、お話をうかがいます」

「よかったですわ。それでは、どうぞこちらに」


 バタムッと、車の扉がひとりでに開いた。

 高級そうな革のシートを、黒峰さんが手で示す。

 ……って、いやいや。


「え。話って、ここではいけないのですか?」

「こちらだと少々、不都合でして。場所をかえて、お話をうかがえればと思うのですが」


 まさか、車に乗ってどこかへ行くと?

 そうなってくると話はべつだ。

 雰囲気で難色を示した俺に、黒峰さんが先手を打ってくる。


「だいじょうぶですわ、お時間は取らせませんから」

「いや……でもちょっと、今からだと困ります。俺の連絡先を教えるので、また後日ということではいけませんか」

「ええ、いけません」


 笑顔で言い放たれて、俺は耳を疑ってしまった。

 ……いや、いけませんって言われても。


「と、とにかく、また後日ということでお願いします。学校でも、知らないおとなについていってはならないと日頃から言われていますから」

「でも、名刺はすでに差し上げましたわよ?」

「二分前に名前を知っただけの人間のことを、世間では知らないおとなというのではないですか」

「まあまあ、そう先を急がずに」


 なあなあで去ろうとした俺の肩を、黒峰さんが手で物理的に引き留めた。

 ……なんかこのひと、危険な感じがする!

 見た目はまともそうなのに、どうも話が通じないタイプな気がするぞ。

 相手が女性ということもあり、本気で振りほどけないでいる俺は、しばらく路上ですったもんだしてしまった。


「そうだ。亜熊さんは、お菓子はお好きではありませんか? あるいは甘いジュースなどは。車内に用意してございますよ」

「いやっ……俺はもう、お菓子をあげるからついてきてという誘い文句が通じる年齢ではありませんから」

「失敬、そうでしたわね。では、こういたしましょう。亜熊さんには、わたくしの膝を枕にして、あーんして食べさせて差し上げますわ。きっと男子高校生はお好きでしょう、スーツ姿の年上の女性が」

「そういう要望をしているわけでもありません……!」


 それ以前にマニアックすぎる。

 というかこのひと、やけにちからが強くないか? 女性にしても細い部類だというのに。

 あれよあれよという間に、俺は車に押し込まれてしまった。やわらかいクッションに崩れるように身を預けたときになって、俺はようやく事態のまずさを認識した。


「あら、ご乗車になったということは、同意いただけたということですわね。――さあ、車を出して」


 黒峰さんが運転手に声をかけると、さっさと車が発進してしまった。

 窓の外の景色が移り行き、坂の途中にある古民家――わが家だ――をとっとと通りすぎて、旧山手通りのほうに向かって登っていってしまう。

 ……え? これ、まじ?


「もしもし、黒峰です。……ええ、例の少年ですが、たった今捕獲しました。すぐにそちらへお連れします。では」


 俺のとなりに座る黒峰さんが、だれかに一瞬だけ電話をかけた。

 無理やり乗車させられたせいで、コントで演者が転んだときのようなまぬけな姿勢になりながら、俺は質問してみた。


「あの……これは、いわゆる未成年略取と呼ばれる行為ではありませんか?」

「? なんのお話でしょうか。亜熊さんには、全面的に同意していただけたようで感無量でございますわ」

「つい今しがた、捕獲《ホカク》と言っていませんでしたか?」

「え、告白《コクハク》? そんな……それは、困りますわ。出会ってからはやすぎるし、いくらなんでも、年の差が」


 だめだ、このひとと話していると俺の委員長システムがぶっ壊れそうだ。


「そこの運転手さん、あなたには俺の言葉が通じていますよね。こちらの方、耳に問題を抱えているかもしれなくて」

「耳かきをしてほしい、ですか? 男子高校生の欲望とは、底知れないものですね。わたくしとしてはかまいませんが、揺れる車内ですと危険ですよ。ほら、姿勢も正していただきませんと」


 黒峰さんが、手際よく俺の姿勢を正常に戻してくれた。ついでに、シートベルトの装着までしてくれる。

 ……なるほど。これは、かなり高難易度な人物のようだ。少なくとも、俺が太刀打ちできるレベルの相手ではないような気がする。

 さっきから、あきらかにからかわれているし、あしらわれてしまっている。

 いよいよもって、覚悟を決めるべきだろう。


「……わかりました。なぜこうまでして俺ごときと話がしたかったのかはわかりませんが、おとなしくご要件を聞きましょう」

「つまり、亜熊さんは同行に同意されたと?」

「はい。そういうことで、かまいません」


 めんどうになり、俺はそう受け答えしてしまった。


「ありがとうございます。大変に助かりますわ」

「ですが、その前に俺のほうからいくつか質問をしても?」

「ええ、どうぞ」


 こちらが従順になったと判明するや否や、黒峰さんの耳はまともに働き出した。

 ちなみに運転手の初老の男性だが、われかんせずという態度を貫いたまま、ひたすらに黙ってハンドルを握っている。すさまじいスルースキルだといえよう。


「まず、俺はどこへ連れていかれようとしているのですか」

「代官山駅のすぐ傍にある、エスニック料理のお店ですわ。きっと、おくちに合うのではないかと」

「……そこで、俺はあなたと食事をするのですか?」

「いえ。亜熊さんにお話をうかがいたいのは、わたくしではなく、弊社の代表取締役ですわ」


 意外な返答に、俺は閉口した。

 代表取締役……というと、たしか社長のことではなかっただろうか。

 そういえば、さっきもらった名刺に、肩書きは社長秘書であると書かれていた気がする。そのひとの命令で、俺を拉致したということだろうか。


「赤城さんについて話がしたいということでしたが、具体的に、どういった内容であるか聞いてもいいでしょうか」

「詳しい話は、着いてからにいたしましょう。もう、次の信号を曲がれば目的地ですから」


 肝心の質問は、はぐらかされてしまった。

 しかたがない。

 フロントガラスの向こうにある赤信号を眺めながら、俺はこれまでに聞いていた情報を思い出してみた。


 ゲーマーアイドルユニットQuiet Girlsに所属する赤城さんの確執。

 競技シーンに行きたい赤城さんと、それを拒んだ事務所のあいだで交わされた、とある交換条件。

 それが、プロの手を借りずに、今年の電甲杯を優勝することだったという。


 彼女の要望を断ったのは、「オーナー」であるという話だった。

 今から会う取締役とやらが、そのオーナーなのだろうか。

 あまり自信はないが、たしか株式会社セイレーンというのは、赤城さんの事務所の親会社だったはずだ。

 それくらいのレベルのお偉いさんが、直接オーナーを務めているのか……?


 あまり考える間もなく、車が寄せられた。うちの高校がある旧山手通りから、渋谷の南口に向けて入る道の途中で、俺は降ろされた。

 このあたりは、うちのばあちゃんの店の近くだ。まだ開店前の時間だから、ばあちゃんがそのへんをうろついていてもおかしくはない。

 もしみつかったらどう言い訳すれば……と思う間もなく、まるで城門のような見た目をした建物のなかへと、俺は通された。

 かねてより存在は認識していたが、足を踏み入れたことはない場所だ。代官山は、おしゃれだがよくわからない建物が多くて、地元ながらそこまで店などに詳しくはないのだ。


 屋根のない吹き抜けの空間には、いくつかのレストランが集合しているようだった。そのうちのひとつ、緑色の看板を掲げた店へと誘導される。

 なかは、やけに高級そうな店だった。

 きんぴかのバーカウンターと、キャンドルの置いてあるボックス席。制服姿の俺には不釣り合いな店内だ。

 その奥にある個室に、黒峰さんは案内してくれた。


「失礼します――社長、例の彼をお連れしました」


 中央には、八人は余裕をもって席につけそうなテーブルがあった。

 その上座に、男性がひとり座っている。

 年齢は、四十歳ほどだろうか。浅黒い肌で、トリマーでよく整えているであろうあごひげが目立っている。着ているのは、光沢のあるストライプのスーツだった。


 彼は、だれかに電話をしている最中だった。

 だが、なにを言っているかはわからなかった。

 英語だったからだ。


 ……おお。

 どうすればいいかわからずに立ち尽くしながらも、俺は感心していた。なんといえばいいのか――ものすごくビジネスマンらしい。

 われながら浅い感性であることは自覚しているが、英語で仕事の電話をしているというのは、いかにも有能な企業人という感じだ。


 たいしたことはリスニングできないだろうが、いい機会だ、耳を傾けてみよう。


「オー、イエース、オフコース。アイラブユー、アイミスユー、キャサリーン。ユーアーマイドリームガール……」


 ……んん?

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