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48話 予選と苦難とⅦ

 第9試合のマップは、継続してラキュトス・ワンでおこなわれた。

 俺たちに与えられたランドマークは、マップ最南端――デイ博士の研究所、通称デイラボと呼ばれる場所だった。

 デイラボは、悪いランドマークではない。マップの広さはそこそこで、内部の特殊なギミックでtierの高い物資が手に入るようになっている。

 周囲のランドマークとは距離を置いており、初動の段階ではあまり緊張感がないというのも、大会においては利点であるといえた。


 問題があるとすれば、大体の場合において、安全地帯に含まれていないことだ。


「……いいんちょくん、困ったね、これ」


 ヘッドセット越しの赤城さんの言葉に、俺は同意せざるを得なかった。

 今回はかなり悪い例だった。ラウンド2は北側を指していた。

 さらに翠のチェリーパイで先の安置を読んでもらったところ、おそらく最終ラウンドの場所は最北の奈落地帯だ。

 つまり、完全に正反対の位置ということだ。


「射出ブースター、みつかんない?」

「俺のほうにはなかった」

「わたしも」


 ブースターというのは、チーム全体で移動するための特別なアイテムのことだ。武器やアーマーと同じでランダムに落ちているのだが、今回はみつかっていなかった。

 俺たちはいわゆる鉄板構成をしているが、唯一の弱点として移動難が挙げられる。アイテムを拾えなかったときは、どうしたって徒歩で移動するしかないのだ。

 

 もちろん、これまでも徒歩で地道に移動したことはある。だが、今回はなんだかやけに嫌な予感がしていた。


「俺のミスだ。移動事故がいちばん避けたいところだったのだから、クラインをピックしておけばよかった」


 クラインは、固有アビリティでチーム全体の移動速度を上げるスキルを持つサポータークラスのキャラだ。同じサポーターだから、スキル構成を変えずにピックできるというのに、俺としたことが検討さえしていなかった。


「やー、結果論っしょ。ファイトになったらフィラリアでよかったってなるかもしんないし、そーゆー後悔はナシで! それよか、はやく進もっか」


 赤城さんが先導して、俺たちは移動することになった。道中で物資を拾いながら、徐々に安全地帯の円に向かって進んでいく。

 移動しながら、俺は自分がうまく集中できていないことを自覚していた。

 左の後方が――se1enのいる場所が、気になってしまう。

 もちろん、ほかのチームからはこちらのモニターはみえないように調整されているが、それでも、俺は自分たちの情報が吸われているような気がしてならなかった。


 各チームのランドマークは、ほかのチームには秘密となっている。が、se1enは調べればすぐにわかると言っていた。

 それがブラフではないとしたら、運営側に仲間がいるということか。

 

 やはり、仕掛けてくるのだろうか。

 だとしたら、いつ、どこで。


「――っ、いいんちょくん、前っ!」


 赤城さんの突然のコールで、俺はわれに返った。

 場所は、マップ中央の大型施設ビッグバンの周縁、いくつか小さな民家のような建物が偏在するところだった。

 移動中の、突然の敵部隊との遭遇だった。

 しかも、向こうはこちらよりもはやく索敵に成功していたようだ。


 一斉の先制射撃で、先頭にいた赤城さんのHPがごっそりと削られた。

 周囲にレーザーサイトのような空間が張ったのは、敵がアタッカースキル〈アトモスフィア〉を発動しているからだ。その空間内では、弾の威力が上昇する。


「これファイト無理、逃げて!」


 さすがの判断力で、赤城さんは速攻で撤退指示を出した。俺は即座に翻すと、来た道を引き返すかたちで戻ることにする。

 はやめの行動についていけない翠が、次の標的となってしまった。サーチャークラスのキャラクターであるチェリーパイは、こういうときはひとたまりもない。


「ごめん、落ちた」


 翠が淡々と報告する。

 はじめから見捨てるつもりで撤退していた俺は、ろくに返事もせずにひたすら逃走に努めた。マウスを大きく振って、左右に可能なかぎりストレイフし、どうにか被弾を減らす。

 敵は追撃をやめなかった。ルシオンにおいて3on1の状況は、ほぼ確実に仕留めることができるということだ。


 大きな岩を使って射線を切る。それで逃げ切れるかと思ったが、まだ追ってくるようだった。しかたなく、俺は虎の子であるスキル〈ドットサイト〉を吐いた。ワンマッチでいちどしか使えない、コストの重いスキルだ。

 数秒のあいだ、俺のHPはミリで残り続ける。最終決戦で使うと鬼に金棒の強さとなるスキルだが、背に腹は代えられなかった。


 その効果もあって、どうにか逃げ切ることに成功した。

 が、俺はひとりになってしまった。しばらく隠れていると、赤城さんと翠の石像から出ているシグナルが消えてしまった。

 もう、ふたりのコアを抜いて蘇らせることはできない。時間切れだ。


「ごめん、いいんちょくん、あと任せた」

「クマ、ごめん」


 ふたりが謝ってくる。が、俺のほうが謝りたい気分だった。

 なにをぼんやりしていたのだか。俺がもっとはやく応戦していれば、赤城さんが溶かされることもなかったかもしれないのに。


 そのあとは、ひとりで隠れながらマップを進んだ。

 ソロの潜行は、いきなりホラーゲームのようになる。敵に遭遇すれば、多くの場合でそのまま死ぬことになるからだ。


 俺のミッションはただひとつ、少しでも順位を上げてポイントを稼ぐことだ。

 遠回りのルートを選んで、ぎりぎりのところで安全地帯を進んでいく。

 現在の順位は、14位。ラウンド3にしては、かなり減ったほうだ。理由は、もう予選も終盤戦だからだろう。キルポイントを多く取らなければ、5位以上に浮上することができないチームが増えたから、無理なプレイが目立ったということだ。

 実際、俺たちを襲ったチームも、あのあとで銃声を聞きつけたほかのチームがやってきて、混戦になってしまったようだ。


 俺はマップを開いて、目標地点である奈落地帯のもっともよい侵入ルートを考えた。皮肉なことに、ソロになってから偶然射出ブースターを手にしていた。

 ぎりぎりまで橋の下で待ち、ブースターを使って上空に飛んで、いっきに奈落地帯の奥側まで行くというのが、もっとも勝率が高そうだ。

 

 ここにきて、俺は徐々に集中力を取り戻していた。これも皮肉だが、ソロになったゆえの没入感が、俺にモニターの外のことを忘れさせていた。

 その証拠に、離れた場所で交戦している敵チームの後方にいたクラインを狙撃して、うまくキルを掠めることができた。


「やたっ、すごい、いいんちょくん! 1pt!」


 黙って見守っていた赤城さんの歓声が耳に入る。

 だが、聞こえたのはそれだけじゃなかった。


「おおー、すげえ」

「へえ! うまいんだな、委員長」

「しかもキーマウじゃん。手つき、めっちゃ慣れてねー? 意外だな」


 俺は驚いて、思わず背後を振り向いてしまった。

 そこにいたのは、三人のクラスメイト男子だった。

 いや、それだけではない。ほかにも、リボンの色をみるに先輩と思われる女子ふたりと、見知らぬ男子生徒が、俺のプレイを観戦していた。


 なぜ。

 そう考えてから、すぐに気づく。

 彼らは、すでに全滅してしまったチームのひとたちだろう。負けてしまったあと、邪魔をしなければほかのチームの観戦をしてもよいということか。

 まだ予選だから、その程度の融通が利いてもなんらふしぎはない。

 実際、彼らはおとなしく観戦しているだけで、普通のプレイヤーにとっては、たいして問題にならないだろう。


 が、それが俺には大きな障壁だった。


 ――みられている。

 クラスメイトに、俺のルシオンのプレイが。


 手元が冷えていく気がする。マウスが、いつものように握れない。キーボードに触れる左手の指の感触が、徐々になくなっていく。

 せっかくうまく集中できていたというのに。

 いや、それでも、なんとかしなければ。

 ここが正念場だ。がんばらなければ……。


 残りカウントが二十秒を切ったら射出ブースターを使うつもりで、俺は橋の下にある岩陰に隠れていた。

 刻一刻と過ぎる時間を、目で確認している。

 そのときだった。


 目の前に、ひとりのキャラクターが降り立った。

 アタッカーのオルフェだ。シーズン1のときの限定スキンをつけたオルフェが、突如として俺の傍に舞い降りた。

 そいつは、まるで俺の出方を窺うかのように、一瞬だけこちらを待った。


「いいんちょくん、銃!」


 すでにゲームからはリタイアしている赤城さんが、俺にそう声をかけてくれた。

 あわてて、俺は近距離用で備えていたショットガンのバルカローレを取り出した。

 マウスを振り、敵に向けて照準する。

 しかし、いざ射撃しようというときに、俺は躊躇してしまった。


 クラスメイトの視線が、俺の脳裏をちらついた――。

 思い出したのは、三人目のチームメイトを探していたときのことだった。山下くんの、あの好奇に満ちた表情。

 委員長《俺》がゲームがうまいと、やはり変に思われてしまうのだろうか。


 俺をみないでくれ。俺を――。


 バルカローレが、全弾はずれた。続く二発目も、空を切った。

 それきりだった。

 舞い降りたオルフェは、まるでつまらない番組が流れるテレビでも消すかのように、ピストルのウィジットを持ち上げて、俺のフィラリアの頭を撃ち抜いた。


 部隊全滅の表示が出る。


「ああー、やられた」

「全ハズシかよー、どんまい委員長ー」

「おい、静かにしろって、怒られるぞ」


 声をかけてくるクラスメイトを、俺は振り向くことができなかった。

 リザルト画面をみずとも、俺を倒しにきたオルフェがse1enだということは、よくわかっていた。

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