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47話 モブ、降臨

「東堂くん、誤解がないように言っておこう」


 と、俺はあらためて切り出した。


「東堂くんの言うとおり、俺は可能なかぎりみんなの頼みは聞くつもりだ。だが、どうしても優先順位というものがあってしまう。単純に、きみよりも先に、俺は頼まれていたことがあるんだ」

「……だれに、なにを?」

「——赤城さんに、自分といっしょに優勝してほしいと。その頼みを聞き入れるのが、今の最優先だ。だから、東堂くんの要望は聞いてあげられないんだ、残念だが」


 俺の委員長システムは、バグるまでもなかった。

 当然の帰結だ。まずはひとつ仕事をこなして、それが終わったら次へ。委員長として、当たり前の理屈だ。

 といっても、今回の頼みはキナ臭いものがあって、委員長としてはあらゆる不正を看過することはできないから、そこでも問題が生じたはずだったのだが。


 ふーーっと、風に負けないくらいの大きさで、se1enは息をついた。長めの髪をかき分けたときには、ついさきほどまであった柔和な表情はなくなっていた。

 イラついているらしいことが、容易に伝わった。


「……まあ、わかるよ、委員長くん。共感はできないけど、理解はできる」

「どういうことだ?」

「あの赤城愛莉に頼られて、舞い上がっているのはわかる、と言っているんだよ。でも、さっきも言ったように、実態は利用されているだけだ。いかにもこういうイベントに不慣れな委員長と、学校一の優等生。そういうゲーマー特待枠じゃない人間を連れても勝てるってことを、愛莉は証明したいだけなんだ」


 そういわれても。

 あいにく、それが事実ではないことは俺自身がよくわかっている。とはいえ、それが的外れだという指摘をするわけにもいかないのだが。

 しかし、もしも赤城さんがそういう動機で俺を誘ってくれていたんだとしたらラクだったのだけどな。

 不器用でもがんばっていれば、それで要件は満たせたわけだし。

 だが実際は、頼られてしまっているというからむずかしい。


「冷静になって考えてみろよ、委員長くん。年にいちどの電甲杯だ。自分が担うには、過ぎた役回りだとは思わないか? それとも、もっとはっきり言わないとわからないかな。自分が、オレや愛莉とは住む世界が違うのは薄々わかっているんだろ? この業界に関係のないモブには、もう少し身の程を弁えてもらわないと困るんだよ」


 ――脇役モブ

 俺を指してはっきりそう言ったse1enは、まったく悪びれる様子も、罪悪感を持っている様子もなかった。

 平民は平民で、貴族は貴族。

 世界を、そういう風に認識しているようだった。


 対して、そう言われた俺は――。


「……なぜ笑うのかな」

「あ、いや、ちょっと……うれしくて」


 思わず、顔をほころばせてしまっていた。


 そう……だよな!?

 やっぱり俺、きちんとモブにみえているよな!?

 最近、赤城さんを筆頭にあまり関わり合いのなかったひとたちと話すことが多くて自信が揺らいでいたのだが、どうやら正しく認識されているらしいと知って、俺は喜びを隠せずにいた。


「……きみ、よく変って言われないか?」


 怪訝な表情になるse1en。

 一陣の風が、俺たちの間を吹き抜ける。

 果たしてそのままだったら、この場の交渉はどうなっていたのだろうか――。

 それがわからないのは、闖入者があらわれたからだった。


「あ、やっとみつけたー! ここにいたんだ、いいんちょくん」


 パビリオンの裏手のドアを開けて、赤城さんが顔を覗かせた。


「もう、なにしてんの……って、え、セレン? どうしてふたりがいっしょにいんの?」

「ああ、オレが声をかけたんだよ。愛莉たちのチーム、いい動きをしていたから、どういうIGLだったんだろうと思ってね」

「なにそれ、スパイってこと? 残念だけど、うちのいいんちょくんなら口は堅いよ! ……たぶん」

「どうやら、そうみたいだね」


 同意しつつ、se1enは俺に向けて意味深な流し目をひとつくれた。


「てか、なんか全体的にうそっぽいなー……。あ、わかった!」


 わかってしまったのか? 俺とse1enのあいだに、緊張が走った。

 赤城さんは、俺の腕をひっぱると、


「セレン、いいんちょくんを引き抜くつもりだったんでしょ。でも、ダメだかんね! あたしがみつけたキラキラなんだから、ぜーったい渡さないから!」


 的外れもいいところだった。引き抜かれようとしているのはあなたなんですよ、赤城さん。

 というか、キラキラとはいったい。


「それよか、もう試合はじまるよ。セレンも同じAグループでしょ? はやく戻ったほうがいーよ」


 ほら行こ、と赤城さんが俺をずるずると引きずる。その場に残されたse1enは、口元にひとさし指をあてて、俺をみていた。

 他言無用、とのことらしい。

 言われずとも、そのつもりだった。あの有名プレイヤーのse1enにこんなことを言われた! と風潮したところでどうにもならないし、そもそもだれも信じないだろう。向こうも、そこまで織り込み済みで赤裸々に話したはずだ。

 とにかく、この件はあとで考えることにしよう。



 パビリオンに戻ると、各チームがそれぞれの位置について、準備をはじめていた。

 まずい、知らないあいだにけっこう時間が経っていたようだ。こうしたプチ遅刻は委員長的ではない。

 簡易的に設けられた長椅子には、残り半分の生徒たちが座っていた。おそらく、俺たちとは違うマッチで残りの試合をおこなうグループだ。

 パビリオンが完成したら、この部分の客席はきっとずっと豪華になるのだろう。


「クマ、こっち」


 がやがやと生徒たちが準備しているなかで、席についている翠が俺を手招きした。

 大型のオフライン大会でよくみるように、選手たちの構えるPCは雛壇状になっている。

 俺たちの席は、中央の段のいちばん端だった。電甲杯の本戦も、たしかこうした席の配置だったはずだ。


「クマ。ずっと探していた」

「俺も、翠を探していたんだけどな。ちょっと思わぬことがあって」

「またなにかあったの?」

「まあ、たいしたことじゃないんだが……」


 翠には、折を見て相談しておくべきだろう。


「予選Aグループのみなさん、席についたようですね。では、五分後にテストプレイを開始するので、各自自分のIDでルシファー・オンラインにログインして、招待コードが届くかどうか確認してください」


 スーツ姿の女性が全体に向けてアナウンスした。学校の教員ではないから、おそらく運営チームであるLinkedCielのスタッフなのだろう。

 急きょ用意された会場でのオフラインマッチということもあり、まずは問題なく対戦が機能するかどうかテストプレイを開始するようだ。

 俺が選んだのは、本番で使うのと同じ、サポーターのフィラリアだ。

 これは、赤城さんにも了承が取れている。俺がアタッカーで先導する構成は、残りの2試合ではやらないということで話はまとまっていた。


 選手の遅刻・欠席のたぐいはなし。もともとふたつのグループに分かれて対戦していたので、オフライン予選もそれに倣って順次対戦をおこなっていく。

 具体的には、Aグループ第9試合、Bグループ第9試合、Bグループ第10試合、Aグループ第10試合という順番だ。

 俺たちのチームはAグループだから、初戦と最終戦をおこなうことになる。

 総勢60名が揃ったことを確認したうえで、オフライン予選が開始した。

 テストマッチに潜りながら、俺はあらためて現在の順位について考えた。


 俺たちは、現状で3位。総獲得ポイントは、66ptだ。

 全体でみると、上位層と下位層のポイントの開きが大きい。だが、そのかわりに5,6位あたりのボーダーは、それなりに点差が狭い。

 現在、4位が59pt、5位が56pt、6位が50pt、7位が48ptだ。俺たちと7位の差は18ptあり、これはワンチャンピオンを取るよりも大きなポイント差だが、それでも慢心はできない。

 向こうがキルを稼いでチャンピオン、こっちが開幕になんらかの事故で死んで0ポイントにでもなってしまえば、簡単にひっくり返るくらいの点差だ。


 つまりなにが言いたいかというと、まったく油断はできないということだ。

 とくに――と、俺は左の後方にちらりと目をやった。

 そこにいるのは、se1enのチームだ。順位は1位、それも圧倒的なポジションだ。驚異の88ptを獲得していて、総チャンピオン回数は4回。

 かりに残りのマッチが2回とも0ptで終わったとしても、予選抜けはほぼ確定している。


 委員長くん、きみ、負けてくれないかな――。


 se1enの要望を、俺が呑むことはなかった。だが、向こうがその気なら、俺の了解なんて気にせずに蹴落としに来るだろう。

 安全なムーブを取らなければ。

 チャンピオンは狙わなくていい。0ptで終わるような戦果にさえならなければ、それで問題ないはずだ。


 テストマッチが終了する。


「すべての確認が終わりました。では、これより予選第9試合を開始します」


 運営のコールがあり、試合がはじまった。

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