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43話 予選と苦難とⅥ

 そのとき俺が唯一懸念していたのは、崖上にいるソロのフィラリアの挙動だった。


 リングの縮小にあわせて、相手がどれだけ耐えられる装備をしているかはわからない。所有アイテムによっては対岸といえる位置にある建物の屋上に移動することも可能だ。

 最終ラウンドのファイトを様子見されてから降りられたら、それがこちらの負け筋となる。だから、注意を払う必要があった。

 だが、そうはならなかった。

 フィラリアは、先に崖から降りてきた。それを敵の部隊が叩く。その敵部隊を、俺と赤城さんが叩く。翠は道中で落ちてしまっていたが、もう関係はなかった。

 ルシオンという陣取りゲームは、最後は詰将棋のようになる。好立地を取りさえすれば、あとは取る手順を間違えなければ、ほとんど負けがなくなる。


『次世代の魔王候補が確定しました――』


 ゲームセットと同時に、アナウンスが流れた。

 画面の中央に表示されるキャラクターは、メレン、クライン、チェリーパイ。

 ふう、と俺は息をついて、背もたれに身を預けた。


 これで第7試合に続いて、第8試合もぶじにチャンピオンで終わることができた。


 キル数はそれぞれ7と5だ。ざっと計算したところ、これで全体順位はいっきに2位か、悪くても同率3位になったはずだ。

 首位を走っているse1enのチームが終始キルムーブをしていた関係上、いまだに向こうのほうがポイントは上だが、それでもボーダーのあたりとは水をあけることに成功したといえる。


 このままの調子で第9、第10試合をクリアすることができれば、本戦出場は固いだろう。

 ひとまずは安心だ。

 しかし、マウスのフリックとクリックで凝った指を揉みながら、俺が考えたことはこうだった。


 ――やってしまった。


 俺が採ったのは、本戦で使うことのできない手段だ。本番では用いることのできない勝ち方には、本質的に意味がない。

 今回、俺は委員長として勝たなければならなかったのだ。

 そのために練習を積んでいたというのに、あと一歩どころか、あらゆる点において実力が足りないという口惜しい結果に終わってしまった。


 だが、本番まではまだ時間がある。

 そのあいだにどうにか鍛えられるはずだ。ほかのなにができない社会不適合者でも、ルシオンだけはだれより努力できるという自負がある。

 残された時間で、可能なかぎり詰めていくしかない。


「——ん」


 ペットボトルを手にして、その軽さに驚く。そういえば、飲み干してしまったのだったか。

 ワンマッチが終わるたびにかなり飲むから、500mlくらいだとすぐにからになる。

 あと2試合。さすがに、おかわりがいるか。


 俺はスマホのインカメを覗き、髪をととのえ、シャツを着て第一ボタンまで留めて、最後にめがねをかけた。

 顔つきもなんとなく硬くしてから、扉をあけて外の様子をうかがう。

 理想は、廊下の自販機までだれにも――というか赤城さんに――会わないこと。


 だが、俺の理想は出鼻からくじかれた。

 離れた対面の個室から、赤城さんが同じように顔を覗かせていたからだった。


「じーー…………」


 なんだか凝視されている。

 気まずい。


「いいんちょくん」と、赤城さんが口を開いた。

「やあ、赤城さん」

「いまからそっち行って、ハグしていい?」


 ダメに決まっている。

 というか、ハグ癖があるようなんだよな、赤城さん。


「それは遠慮しておこう」

「なら、喜びとか感謝みたいなきもちって、どう表現すればいいのかな」

「それならば、対戦ゲームには昔からいい言葉があるじゃないか」


 赤城さんが、ハッと気づいたような顔になった。

 次の瞬間、俺たちは同じタイミングで言った。


「GG(ジージー)」


 グッドゲームを意味する、いわゆるひとつのゲーム用語だ。勝とうが負けようが、今の試合をよかったねと思うときに使う穏当な表現。

 ぷっ、と赤城さんは噴いた。それから、あははと笑う。

 なんとも屈託のない笑顔だった。

 しかし、その笑みはすぐに、あたかも探偵のような思案顔で掻き消えることとなった。


「本来のいいんちょくんの実力、か……」

「赤城さん?」

「……や、なんでもない。今はまだ、インターバルだしね。とにかく、残りの試合もきっちりやりきらないと」

「ああ。構成は今のままでいいかな」

「こっちはぜんぜん問題なし! 翠ぴもだいじょうぶだよね……って、翠ぴ?」


 向こう側の個室が大きく開いて、翠があらわれた。

 なにかと思えば、俺を手招きしている。

 なんだ? あらゆる事情がわかっている翠なら、こういうときにあまり邪魔しないでいてくれるはずだが……。

 とにかく、その翠が呼ぶのだからだいじなことに違いない。


「これをみて。今、カスタムルームから追い出された。わたしだけではなく、全員。全体チャットでも、みんな入れないと言っている」


 翠の指すモニターをみてみると、たしかにエラーが出ているようだった。


「めずらしいな。サービス開始は頻発していたが、最近はサーバエラーは少なかったのに」

「ね。でも、運営も対応しているって書いてあるし、すぐに回復すんじゃない?」


 ともあれ、一時的に中断するそうだ。

 せっかく調子がよかったのに、水が差されたかたちになってしまった。しかし、だれが悪いことでもないから、しかたがない。

 再開の報せが来るまで、各々休憩をとったり、練習をすることになった。

 なにやら俺にたずねたいことがありそうな赤城さんから逃げるために、俺は翠のプレイのコーチングを買って出た。どうやら不具合が出ているのはカスタムマッチだけらしく、通常のオンラインマッチには支障がないようだった。


 三十分、一時間と経っても不具合は直らなかった。

 ——なにやら嫌な予感がする。

 俺は勘がいい人間ではないが、なんの因果か、悪い予感だけ妙に当たる。


 もう外が暗くなりはじめて、本来であれば予選の全試合が終了している時間になって、ようやくアナウンスがあった。

 ただし、それは予想していた内容ではなかった。


『全チームのリーダーは、ミュート状態で通話に入れますか。これより、学園長より通達があります。各位、可及的速やかに入室してください』


「学園長《ガクエンチョー》から……?」


 赤城さんのモニターに集結していた俺たちは、ふしぎな文言に顔を見合わせた。

 たしかに、西園寺学園長は本大会のチェアマンだ。そして、校内予選の責任者でもある。だが、だからといって現場の仕事には関係していないはずだが……。


 みるみるうちに、各チームのリーダーがボイスチャットに繋がった。ほんの五分もしないうちに、四十人が待機することになった。

 最後に、運営のアカウントが入室して、画面共有をはじめた。

 映ったのは、やはりというべきか、学園長。やけに勝ち気な顔をした、俺よりも年下にしかみえない明るい髪色の女性が、大きな椅子でふんぞり返っていた。


『やあやあ、わが学園の誇る新進気鋭の光源たちよ! 本日は、電甲杯出場のチケットを賭けての熾烈な争い、まことにご苦労であった。わたしも、職務のあいだにできうるかぎり観戦をしていたが、なかなかに楽しめたぞ!』


「……学園長、ゲームの内容わかるんだね」と赤城さんがつぶやいた。

 それがどうなのかは俺にもわからない。ルシオンは、あまり詳しくなくとも観戦していておもしろいタイプのゲームであることにはまちがいないが……。


『さて、余計な口上はなしとしよう。諸君らも存じているように、現在、サーバ側の問題でカスタムマッチに支障をきたしている。われわれもRising Heaven社に問い合わせたが、原因不明のシステムエラーが起きたようで、どうやら対応には最低でも一週間は要するとのことらしい』


 一週間!

 それは……今のままの宙ぶらりんな状況で、しばらく待つということだろうか。

 そう危惧する俺たちに、しかし学園長はこう声を張り上げた。


『だが、それは困る! 諸君らもはやく結果を確定させたいだろうし、われわれとしても、本戦に送り出す生徒が決まり次第、なにかと進めたかった準備があり、ここのフェーズで足止めされるというのは芳しいことではない! ゆえに、とある手段を講じた! カスタムマッチは、あくまでオンラインの際にエラーが起きる。オフラインでは、問題なくルームを建てることが可能であるようだ。であれば――』


 まさか。

 その理屈でいうと、ひょっとして……。


『そう――現在、校舎内に建設中のLC-パビリオン! 来年竣工予定だった、各イベントで利用する予定の特別ホールを一時的に開放して、急遽オフライン大会を開催することとしたい!』


 やはりか……。

 キャラ的におおげさに驚けない俺のかわりに、赤城さんが声を上げた。


「えーっ。それって、あの体育館奥でずっと作ってる建物だよね? いつかいろんなゲームの公式大会で使いたいって言ってたやつ。あれ、もうできてんの?」


 その疑問に答えるかのように、学園長が続けた。


『各設備はまだ実装されていないが、PCを運び入れて、じゅうぶんに冷却された環境で大会を開くことは可能であると、現場責任者から確認が取れた。さすがに本日中はむずかしいが、二、三日でかならず満足に戦えるだけの場を用意すると約束しよう――いかがか?』


 ミュート状態につき、各チームの反応はわからなかった。

 が、難色を示す者が少ないだろうことは容易に想像できた。

 LC学園の潤沢な資金力を注いで作られているゲーム用ホール……うちの生徒なら、だれもが興味のある場所だ。


 ——俺以外のみんなにとっては。


「クマ……災難」


 俺にだけ聞こえるように、静観している翠がつぶやいた。

 俺は、汗水を垂らすことでしか反応できなかった。


 運の悪さは生まれついてのものか。

 せっかくこのまま別室戦法で片をつけようとしていたのに、その俺の目論見は泡と消えることになったのだった。

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