↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
48/114

44話 ライカデビル

 結局、突発的なオフライン大会の開催は二日後となった。

 三日分の日付でアンケートを取り、もっとも参加人数が多い日に実行するという学園長の宣言に従い、各チームは参加可能な日付けを提出した。

 ほとんどのチームが翌日、翌々日の参加が可能だと表明していたことに、べつに驚きはない。終業式の直後に、また学校に来ればいいだけのことだからだ。


 LC生たちのSNSは盛り上がっているようだった。

 それもまたうなずける。LC-パビリオンは、LC学園が開校準備をしていたときから目玉として紹介されていたホールで、まるでトップタイトルの世界大会で使われるかのような凝った内装の予想図は、現代のゲーマーなら惹かれるものがあるだろう。


 それは、赤城さんも例外ではなかった。


「パピヨン……パノプティコンだっけ? すごいよねー。学園長ってどんだけお金持ちなんだろ」

「それは犬種と牢獄。正しくはパビリオン。あなたはわざと言いまちがえている?」

「そうそう、パビリオンパビリオン。たしかホームページに完成予想図みたいなのあったよね。あった、これだ……うわ、すっごいなー」


 中止となった予選の帰り道、駅まで歩きながら、赤城さんはスマホでパビリオンの紹介ページをみせてくれた。

 赤城さんは、長い八重歯をこちらにみせつけてくるかのような笑顔。

 対して――俺は。


「……いいんちょくん、なんかさっきまでと顔ちがくない?」

「そうか?」


 俺は――武士の顔をしていた。

 さながら切腹を命じられた武家の主人の心持。口でこそとぼけたが、その自覚はあった。

 来たる苦難に向けて、すでに覚悟を完了している者の険しい表情だったと推察できる。なんなら劇画風だったかもしれない。

 その内心は――おびえていた。


 まだまだ先だと思っていたオフライン大会。それも、うちの学園の関係者はそう多くない電甲杯の本戦とは違って、学校の人間しかいない空間となる。

 予想消費ソーシャル・バッテリーは、およそ通常の委員長生活を送る際の半年分といえるだろう。


 なにを言っているのかわからないって?

 だいじょうぶだ、俺もわからない。

 とにかく、おおごとなのだ。


「翠ぴはどう? こういう場所、あこがれる?」

「とくには」

「そうなん? あ、RTAの大会でもう慣れてるとか?」

「RTAのイベントは、こういった大仰な場所で開かれることはない。いつも貸し会議室のような場所でおこなわれている」


 先をゆくふたりにゆらりゆらりとついていくときも、俺は武士の顔。

 その俺を、赤城さんはちらちらと気にして振り向いていた。


「……てかさ」と、赤城さんが話しかけてくる。


「よければさ、みんなでスタバ寄ってかない? ちょっとあたし、きょうの試合について話しておきたいことがあるってゆーか……気になることがあるってゆーか」


 俺は返答に詰まった。

 が、予想できたことではある。赤城さんからすれば、俺がべつの部屋に移った途端に動きが変わったことが気になるのだろう。

 いまさらだが、放課後の寄り道禁止という校則がないことが悔やまれる。もしもそんな校則があれば、委員長として断ることができたのだが。


 ともあれ。

 スタバに寄るかどうかはともかくとして、いつまでも微妙な秘密を作っておくわけにはいかない。ここは、俺のほうから話を切り出しておいたほうがいいだろう。


「すまないが、たくさん試合をして疲れていてな。翠も勉強があるだろうし、また日をあらためるのでいいだろうか」

「そ、そう……?」

「かわりといってはなんだが、暗くなってきたし、代官山駅までは送らせてもらおう。そのあいだでよければ、所感を話そうじゃないか」


 底が尽きかけのバッテリーをどうにか動かして、俺は言葉を紡いだ。


「それにしても、きょうの後半だが、妙な頼みごとをしてすまなかった。長くソロでやってきたからか、俺はどうも複数人でプレイしていると緊張するタチみたいで。チームワークがだいじなのはわかっているのだが、あのピンチの状況で、少しリラックスしてプレイしてみたかったんだ」

「そ、そっか。たしかに、いいんちょくん、すごく緊張しちゃうかもってはじめに言ってたもんね。うん、そっかぁ……」

「赤城さんの心配はわかっている。本番の電甲杯はオフライン大会だから、そこで俺が万全にプレイできないのではないかと危惧しているんじゃないか」


 ストレートに聞いてみると、赤城さんの細い眉毛が困ったように曲がった。


「あーっと……まあ、そういう面は、あるかもだケド」

「それについてなら、本番までの一か月で、可能なかぎり克服するつもりだ。あさっての予選については、これだけポイントを稼いだのだから、きっとどうにかなると思っている。不安かもしれないが、信じてほしい」

「あ、いや、それはいいの。ってか、ほんとにいいの、それは。いいんちょくんががんばってくれているのはよくわかっているし、翠ぴといいんちょくんと組めてめっちゃ楽しいし、それはほんと、いいの。そうじゃなくて、あたしが気になったのは……」


 旧山手通りのアパレルショップの前。今は閉まっている店の店頭にある、ふしぎな犬のオブジェの前で、赤城さんは立ち止まった。

 言い淀んだ言葉の先を探ろうとでもするかのように、おそらくは無意識で、赤城さんは犬の頭を、所在なげに撫でた。

 続きが気になって待つ俺と翠に向けて、赤城さんはようやく、つぶやくように言った。


「……強すぎた、んだよね」

「え?」

「2連チャンピオンを取ったときは、めっちゃ嬉しくてハイになってたんだけど、あとから考えてみると、なんかヘンだったなって……。7試合目も、初動でダウンしちゃったあたしたちを助けに来て3タテ決めてくれたりしたんだけど、とくに、第8試合のほうが、おかしかった」


 俺たちの反応も気にせずに、赤城さんは自分自身にたしかめるように続けた。


「いいんちょくんが先導して、どうしてこのルートを選ぶのかぜんぜんわからないでいたら、気がついたらあたしたちの部隊がいちばん有利な場所にいて、全員を撃ち下ろせるポイントにいて。あたし、いっしょに動いていたはずなのに、ぜんぜんわかんなかった。なんであんなにスムーズに勝てたのか、ほんとにわかんなくて……でも、たしかなのは」


 赤城さんが、不安そうな目のまま、俺を向いた。


「——《《悪魔的だった》》。《《それくらい》》、《《理解できない強さだった》》」

「……っ」

「いいんちょくんって――匿名熊って、いったいなんなの? なにをやってたら、あんだけ強くなるの? あたし、自分で思っていたよりも、ほんとうにやばい才能をみつけたんじゃないかって……」


 疑問符こそあれど、それは質問ではなかった。

 困惑するかのような様子の赤城さんから目をそらし、翠に助けを求める。無表情の翠は、なにも示唆はしてくれなかった。


 だから、とっさに俺が取った行動は――。


「はははは」と、景気よく笑うことだった。

「いいんちょくん?」

「さすがに褒めすぎだ、赤城さん。赤城さんが俺を買ってくれているのは知っているが、それにしてもだ。さっきのチャンピオンは、運の要素が多く絡んでいた。ハイリスクハイリターンな選択を取って、それが功を奏したかたちになっただけだよ。あ、もちろん捨てゲーという意味ではない。あのときの順位なら、ああいう勝ち方をめざすほうが理にかなっていたから選んで、それでうまくいっただけさ」


 放っておくといつまでも立ち止まりそうだったから、俺が歩みを再開した。


「それに、ダメージは赤城さんのほうが取っていたじゃないか。ルートは俺が選ばせてもらったが、どう考えてもチームの勝利だよ。俺のほうこそ、どうしてあんなにキルが取れたのかコツを聞きたいくらいだ」

「や、でも、それはあんだけいい場所が取れたからで……!」

「つまり、それだけいい連携だったということだ。そうだろう」


 そこから駅に着くまでの道で、とにかく俺は思いつくかぎり赤城さんのプレイを褒めた。饒舌に、滝のように次から次へと話す。それは嘘ではなく、彼女はほんとうに優れたプレイヤーだったから、各試合の感想を話すだけで事足りた。

 赤城さんはあたかも俺だけの功績のように話すが、事実としてそうではないのだ。

 だが、改札前で別れるときの赤城さんは、なんだかやけに不服そうだった。


「う〝ーーーーーーーー」

「どうしたんだ、赤城さん」

「なんか、いいんちょくん、たまに勢いでごまかそうとするときあるよね。たくさんしゃべり倒して、ケムに巻こうとするみたいな!」


 図星だった。が、認めるわけにはいかない。


「そんなつもりは毛頭ないのだが……」

「もういい! とにかく、きょうはあんがと! 試合も、あとなんか送ってくれたのも! すっごい助かったし、めっちゃ楽しかった!」


 言葉の内容とは裏腹に、赤城さんは怒ったような口調だった。


「あさってのオフラインも、絶対勝とうね――このチーム、優勝しないと変だし!」


 怒った様子で駅の構内に消えていく赤城さんを、俺と翠は見送った。

 その姿がみえなくなったとき、俺はようやく肩のちからを抜くことができた。


「クマ、お疲れさま。だいじょうぶ?」

「ああ、問題ないよ」

「でも、しおれている。まるでドライフラワー」

「そんなことはない。まだ外だからな、家に帰るまでは枯れずにいるさ」


 こんどは、俺は翠を送ることにした。

 もとの道を戻り、こんどは山の手をくだる方向へと向かう。


 翠は、きょうの出来事について、とくになにも言及することはなかった。

 かわりに、「公園に、よく子猫のいる茂みがある。いっしょに見に行く?」と俺に聞いてきた。

 もちろん、俺に断る理由はなかった。


 たしかに俺は犬派だが、犬よりも猫よりも、翠のほうが好きなのだからな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。