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42話 予選と苦難とⅤ

「……やられた、さいあく」


 ルシオンでは、序盤にやられると次のマッチに参加するまで時間がかかる。

 赤城さんは、だれを責めることもせず、ふたたび落ち込んでしまっていた。「あのタイミングの漁夫は、もうどうしようもないよ」と、膝を抱えていた。


「セレンたち、たぶんブロンドレイクがランドマークだったのかな。とっとと安置向かっておけばいいのに、あの順位でキルムーブって……」


 相手チームの舐めプとも取れる動きに対して、ほんの少しだけ文句を漏らすと、赤城さんは部屋を出て行った。

 ちょっと頭を冷やしてくるとのことだが、ひとりになって、また自分を責めるつもりなのかもしれない。


「まずい状況?」


 すぐに射撃訓練場に向かった翠が、エイム練をしながら聞いてきた。


「……ああ、かなりな」


 いちおう3キル分のポイントは獲得できているとはいえ、これはつらい。

 残りの4マッチは、おそらく平均で3,4位にいなければ、総合5位に滑り込むことはできなさそうだ。

 それどころか、最低でもいちどはチャンピオンを取る必要があるだろう。


 正直、瀬戸際だ。

 今のマッチで良い結果が残せたのならともかく、こうなってしまうと、なりふり構ってはいられない。


 ……ゲームに負けるには理由がある。

 運の要素が絡むルシオンであっても、敗因というものは存在する。

 その一試合だけみれば反省点がなくとも、それがなんども積み重なったときは、大局的な問題があるということだ。


 俺は、今しがたの試合の内容を思い返した。

 これまでの猛練習は、すべてああいった局面を切り抜けるためにあったはずだ。俺は自分の弱点がわかっていて、それを克服すべく努力していたつもりだった。

 が――足りなかったのだ。

 そしてもう、あとがない。

 それが、今現在の、どうしようもない現実だ。


「どうするの?」


 手元を止めて、翠が俺に聞いた。

 さすがは翠だ。

 なにかをしなければならないことが、わかっているようだった。


「ひとつ、手を打ちたい。翠は、俺の頼みを聞いてくれるか」

「あたりまえ。そのためだけにここにいる」

「助かるよ」


 覚悟を決めて、俺は席を立った。

 置いていたスクールバッグを担ぎ、自分のPC周りを整理する。


「——なんで帰り支度してんの」


 ちょうどそのとき、赤城さんが戻ってきた。


「赤城さん。安心してくれ、帰るわけじゃない」

「そ、そだよね。よかったー……あ、てか、いいんちょくん、会議いい? こうなったらもう、ちょっと抜本的に構成から変えようと思ったんだけど」

「赤城さん、俺のほうこそ頼みがあるんだ。聞いてほしい」


 赤城さんに席についてもらうと、俺は頭を下げた。


「なによりもまず、すまなかった。俺の実力不足で、あとがなくなってしまった」

「いや! いや、ほんとこれ、ぜんっぜんいいんちょくんの責任とかじゃないから! あたしの指示が悪かっただけだから」


 そんなことはない。

 赤城さんは、匿名熊の実力を買ってくれたのだ。ほかにも強いチームメイトの候補はたくさんいたのに、わざわざ俺を選んでくれたのだ。

 それなのに、俺はそれに見合うだけの仕事がほとんどできていない。


「だが、俺はかならずクラスメイトとの約束を守るつもりだ。だから、俺の頼みを聞いてほしい」

「な、なに? どしたの?」

「俺は今から、別室でひとりで参加したい。通話も繋がない。連絡は、マッチ間のチャットだけにしてほしい。そしてキャラは、アタッカーを使う」


 俺は、必要だと思うことだけを伝えた。


「え、どゆこと? ひとりで、べつの部屋で?」

「事情は聞かないでほしい。ただ、そうしてもらえれば、かならず仕事をすると約束しよう」

「や、いいんちょくんがアタッカーになるのはいいっていうか、むしろ賛成なんだけど。でも、どしてわざわざべつの部屋に? 通話もしないって、ちょっとヘンっていうか、チームワークが……」


 赤城さんの頭のうえには疑問符だらけだった。

 見て取れるほどの困惑をしている赤城さんは、しかし俺の真剣な顔を覗くと、冗談ではないとわかってくれたようだった。


「頼む、赤城さん。今この状況だと、そうするしかないんだ――信じてほしい」


 赤城さんの薄い肩を掴んでしまってから、俺は手を離した。

 いかにも迷っている様子だったが、結局、彼女はうなずいてくれた。


「……わかった。いいんちょくんがどうしてもそうしたいっていうなら、いいよ。ほかの部屋、だれもいないし、たぶん使っていいと思う」

「ありがとう。なら、さっそく行ってくる。——ああ、それと、部屋には来ないでもらいたい。覗くのも禁止だ。どうしても用があるときは、Discordに頼む」

「みるのも禁止って……あはは、なにそれ鶴の恩返しじゃーん、って……」


 元気のない赤城さんのツッコミに、ハハハと俺は笑った。

 それは社交的な行為だったが、本心でもわりとおもしろいと思った。


 布織りを覗かれたあと、鶴は帰ってしまったのだったか。

 もしそうなったとき、俺はどうするのだろう。

 それは、俺自身にもわからないことだった。



    *



 俺はいちばん離れたPCルームの個室に入った。

 なによりもまず先に、制服のシャツを脱いだ。Tシャツのインナーだけにして、肩を大きく回して凝りを取る。

 PCを起動すると、椅子の高さを調整して、集中できるいつもの姿勢ができるようにする。


 ぶじにログインしてチームに合流できた俺は、めがねをはずした。

 俺を委員長たらしめる、なによりもたいせつなアイテム。

 この黒縁の伊達めがねを初めてかけたとき、俺は自分の世界が変わったことを認識した。このめがねが俺を助けてくれたのだと思い、感謝さえした。

 あれから俺はいつだってめがねを大事に扱い、頻繁に手入れしている。


 だが、それでいて。

 ――ゲームをするのに、これ以上邪魔なものもない。


 時間が訪れて、第7試合がはじまった。俺のピックキャラ、アタッカーのメレンにあわせて、赤城さんがサポートのクラインに変えてくれている。

 今回のランドマークは、マップ東のザ・ランチャー。さきほどとは打って変わって、広大で漁る場所の多い地点だ。そのかわりに、敵からの侵入を許しやすいという難点がある。


 降下、着地してしばらくして、第2ラウンドの円が表示された。

 おおよそマップ中央、ビッグバンという施設を中心にした場所だ。この場合、最終ラウンドはいくつかのパターンが想定される。現状だとまだ絞り込めないが、いずれにせよ、自分たちの位置からだとはやめにムーブして陣取ったほうがよさそうだ。


 ルシオンの隠れた神機能、ピン刺しと呼ばれるシステム――直接チャットで打ちこまずとも、どこへ行きたい、なにが欲しいという簡単な要望を画面上で示せる――を使い、俺が移動したい旨を伝える。

 それに了承の合図があったとき、同時に敵発見を報せる赤いピンが鳴った。

 翠がスキルで発見してくれたのだろう。方角をみるに、おそらくすぐとなりのビットハブからか。俺たちと同じくポイントが足りず、気が急いたチームの強襲かもしれない。


 そのまま交戦がはじまり、翠がダウンした。

 赤城さんが応戦しているエフェクトが表示される。

 第6試合と同じく――いやそれ以上に――ピンチの状態だ。


 だが、俺の精神は凪いでいた。

 このゲームは、いつだってやるべきことはシンプルだ。


 邪魔な敵はすべて消せばいい。

 ――そうだったよな? 望都子《モトコ》さん。


 最低限の装備だけを抱えて、俺は大切な味方を助けに向かった。

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