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38話 予選と苦難とⅠ

 その日は、キジバトの鳴き声とともに目を覚ました。

 全身のけだるさを無視して、すばやく台所へ。薄切りのトーストを二枚焼き、そのあいだに洗面台で口内、顔面、頭髪を整える。

 朝飯と弁当の用意が終わると、俺は着替えながらスマホをチェックして、連絡事項を確認した。

 朝飯を食いながらニュースアプリに目を通すのは、かねてよりの習慣だ。

 委員長の生態その5〈時事問題とかになんか詳しい〉のためだ。もしも授業や世間話で意見を聞かれたときには、俺は正確に答えなければならない。


 京都府でバスの事故。さいわい死傷者はおらず。

 パンダの赤ちゃん、誕生。名前は公募から採用。

 視察帰りの総理に動き、内閣府総辞職の流れか。


 ……ふむふむ。

 トーストをかじりながらエンタメ欄にフリックして、俺は手を止めた。


 今年もはじまる、ゲーマー高校生たちの祭典。

 第4回電甲杯、出場選手が続々と決定。

 注目の開催校、LC学園からの参戦選手は今週末発表。


ココに注目!

 ☛電甲杯ってどんな大会?

 ☛優勝者はそのままプロゲーマーに!?

 ☛観戦を楽しむために、3つの事前知識をご紹介



 俺は顔をしかめた。

 もともと界隈では注目の大会だったが、四年目にしてとうとう一般的なニュースアプリにも名前が載るほどになったか。

 これもひとえに学園長の努力、費用をケチらないプロモーションが功を奏したといったところか。

 余計なことを、とは思うまい。俺以外のひとびとにとっては、とてもたいせつなチャンスなのだから。


 夏服をばっちり着用し、めがねをかける。

 蒸し暑い外の世界に、俺は出て行った。

 第一関門、校内予選をクリアするために。



     *


 

 本日は登校日ではないが、そうだとしても一番乗りで先着するというのはだいじなことのはずだった。なぜなら、俺は委員長だからだ。

 きちんといつものトイレに入り、儀式を終えてからPCルームへと向かう。


 なかば俺たちの専用と化している一角の個室に入ったときに。 

 俺が驚いた理由は、ふたつ。


 ひとつは、先客がいたこと。

 もうひとつは――。


「翠ぴは今日もかわゆいねぇ〜! ねえねえ、おねえさんが昨日あげたリップ塗った? ぷるぷる桃色になるやつ、あれまじおすすめだから! 男子なんかコロコロっといちころのはずだから!」

「塗っていない。それに、あなたは同世代。けしてお姉さんではない」

「えー、塗ってないの? ほんとだ、ナチュラルでもぷるってるからわかんなかった。でも、それならどうしちゃったん?」

「あれは……す、捨てた」

「もー、嘘つきだなー、翠たんは。それなら荷物検査していい? どうせ隠し持っていて、いいタイミングでつける気でしょー? いいんちょくんとふたりっきりになるときとかに」

「やめてよして触らないで。ちょっと、わたしの荷物を漁るのは本当にやめて……!」


 もうひとつは、翠と赤城さんがべったべたにじゃれあっていたことだ。

 いや、よくみれば一方通行ではある。

 絡みつく赤城さんを、翠がどうにか受け流そうとしている。


 ……やっぱり、おかしいよな?

 ほんの数日前までは、このふたりはこうではなかった。いくら翠にたびたび鈍感であると怒られる俺といえど、これはかんちがいではないはずだ。


「あ、クマ」


 翠は俺の入室に気がつくと、てててと駆け寄ってきて、俺の背にすばやく隠れた。


「クマ、このひとはすこしおかしい。気をつけたほうがいい、クマも隙をみせたらやられてしまう」

「翠、そんなにこわがらずとも赤城さんはいいひとだぞ?」

「どうして気づかないの……! だって、あのひとはいろいろと理屈が通じなくて」

「あはは。ごめん、あたし翠ぴと違って頭よくないからさ、説明がうまく通じないんだよね〜」


 なるほど、そういうことか。

 まあ、俺にもわからないではない話だ。赤城さんとゲームをしているとき、たまに彼女の説明がうまく呑み込めないときがある。

 だが、そういうときは往々にして俺のほうに問題があるものだ。

 むしろ赤城さんの思考の回転速度に俺がついていけてないという状況のほうが多い。俺よりも、彼女のほうが単純に頭がいいのだ。


 この場合は、それの逆が起きているのだろう。


「翠は国宝級、いや、世界遺産級に賢いからな。ひとよりも頭がよすぎて噛み砕けないものも多いのだろう。俺を含め、どうかまわりの人間のレベルに合わせてやってくれないか」

「そういうことじゃない……! クマも最近はポンコツに拍車がかかっている」


 否定はできない。なんといっても、この十日間はルシオン漬けのあまり、どうにも頭がぼんやりしているからだ。


「わたしは理屈の通じない人間が不得意。これはチーム解散の危機と言える」

「やー、ちょっと試合の日だからってテンション上がりすぎちゃったかな。ごめんごめん、許してよ翠ぴ」

「謝罪がヘリウムガスよりも軽い」

「でもほら、このとーりだから! それに許してくんないと、あたしいいんちょくんに翠ぴのいろんなかわいいところしゃべっちゃうかもよ? それでもいーの?」


 それは、なぜだか脅しのように聞こえる文句だった。


「……わたしは物わかりのいい女」


 いかにも渋々といった様子で、翠は自分の座席に戻った。

 となれば、俺もひと安心である。


「よかったよ、翠。なにがあったかは知らないが、いよいよ予選が開始するところまで来られたんだ、ここで解散されては敵わないからな」

「そーだよ! あー、めっちゃわくわくするなぁ。あと一時間だっけ? ね、みんなで軽くオンライン潜って、手あっためとこ!」

「それも必要だが……その前に、俺はもういちど要項を確かめておこう」


 俺は、学校から事前に共有されていた予選の案内についてのページを開いた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――

 第4回電甲杯、LC学園校内予選。

 大会の形式は、オンラインのカスタムマッチ。事前に送った招待コードをもとに、遅刻厳禁で集合。

 40チームの混合マッチを計10試合おこない、総合点のトップ5を本戦出場とする。ルールは本戦と同じくポイント制で、順位に応じた得点のほか、ワンキルを1ポイントとみなす。前半戦と後半戦にわけて執り行い、途中休憩を1時間取る。

 使用キャラクター、武器、スキルに制限はなし。

 マップはヘルズウェイク、ラキュトス・ワンをそれぞれ5マッチずつ。獲得ランドマークは事前に決めたものを共有しておき、違反した場合はその時点で失格とする。

――――――――――――――――――――――――――――――――――



 もう幾度となく確認しているが、あらためて入念な選出法だと感じる。合計10マッチおこなうような大会は、国内だとほとんど思いつかない。世界大会のプレイオフくらいの規模感だ。


「いまさらだが、シード権というか、実質的な内定がないというのは意外な気がするな。東堂くん……se1enのところなんかは、知名度や実力を考慮して予選をスルーさせてもいいのではないだろうか」

「んー。あたしもそう思うんだけど、そのあたりはアレじゃないかな、がくえんちょー先生がよく言ってる〝実力至上主義〟なんじゃないかな。『勝つべき場面で勝ってこそ勝者』みたいな」


 たしかに、学園長はそういうスタンスであると聞く。自分のところのチームでも、アベレージの高い選手だからといって優遇することはなく、大会前は毎回のようにレギュラー争いをさせているのだとか。

 それが理由でチームを離れた選手もいると聞くくらいだから、学園の校内予選でその主義を否定するようなことはしないか。


「都築先生に頼んで、去年の予選のリザルトを教えてもらった。その例に従うなら、どうやら各試合で平均順位が6位以上、2キル以上を取れている場合、トップ5に食いこめるとみていいようだ」

「それが10試合だと、20キルってことだよね。ん-、まあキルが稼げるマッチで多めに拾って、基本は安全な外ムーブで順位あげてくって感じかな。あたしらの構成、籠城するタイプじゃないし」

「つまり、どういうこと?」


 小首をかしげる翠に、俺は答えた。


「つまり、これまでの練習どおりにやればいいということだ」


 そうだ――練習どおりにやれば、きっと切り抜けられるはずだ。

 そう自分に信じこませて、俺は学校のPCの前に座り、ゲームをするにはいつまで経っても慣れない服装と姿勢で、チームメイトとともにアップをはじめた。


 しばらくして試合が開始したとき、俺は思い知らされることになる。

 人生と同じで、ゲームというものはなかなか目論見どおりには運ばないものだということを。

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