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25話 アンダー・プレッシャー

 俺たちはルシファー・オンラインを起動した。主要なゲームタイトルはあらかじめ全台にインストール済みだから、手間はなかった。

 配置は、横並び三人。あいだに赤城さんが挟まるスタイルだった。


「で――えっと、事前に伝えてあったと思うんだけど。いちおー山下くんとは、とりまプレイの相性をみるみたいな感じでやろうと思っているんだけど、おっけー?」

「平気だよ。つまりあれかな、選考試験みたいな?」

「んー、まあそんな感じ?w でも固くやるつもりはぜんぜんないから、いったんゆるめにカジュアルやってこっか。それでいいよね、いいんちょくん。……いいんちょくん?」

「ん。あ、ああ」


 ぼーっとしていた俺は、生返事をかえしてしまった。

 ルシオンのチーム待機画面を眺めながら、オプションを開いて、無駄になんどもマウス感度を確かめてしまう。


「キャラも、いったんは自由でいいかな? いいんちょくん、なににする? やっぱメレン?」

「え。亜熊くん、メレン使ってんの? あいつ弱くない?」


 山下くんに話しかけられるも、俺は顔を向けられなかった。


「あ、いや、どうだろうな……まあ、俺はフィラリアあたりにしておくよ」

「へー。あたし、匿名……じゃなくて、いいんちょくんがフィラリアをピックするとこ初めてみるかもー。それならあたしがメレンにしちゃおっかなー」

「赤城さんもメレン教なの?」

「教ってw てか、いいキャラだかんね、メレン。強さみせてあげるから、はやく潜ろー!」


 俺たちは、カジュアルマッチに潜った。

 ルシオンの特徴として、カジュアルでもある程度のレベル指定ができる。最上位帯を選んだから、最低でもダイヤくらいのプレイヤーが集うレベルの対戦だ。


 画面がマップの上空を映しだすと、俺は首を振った。

 集中だ。ゲームははじまってしまったのだ――とにかく、いつもどおりのプレイをしなければ。


「いちおう本番想定で、ちょっと過疎っぽいところ降りるんでいい?」

「了解」


 チームリーダーの赤城さんが降下を開始した。選んだのは最後のほうの降下ポイントで、兵舎施設と呼ばれる場所だ。

 たしかに、カジュアルでこのポイントならば、敵は少ない――はずが、一部隊が同じ場所をめざして、俺たちとともに降下していた。


「あー、ワンパかぶってんね。て、しかもあたしなんか狙われてるっぽいんだけど!」

「物資拾ったらすぐに援護いくわ」

「俺もそうする」


 あまり好感をもてない相手だ。カジュアルでこのかぶせ方、それもひとりだけを狙って降下するというのは、ちょっと勝ちに貪欲すぎる。

 それぞれの地点に降りたつと、俺たちはおのおの物資を拾いはじめた。

 さっそくの銃声は、赤城さんのほうから聞こえてくるようだった。


「うわやっばー、なにこいつらさいあくー! 武器も取らないで殴ってくんだけど!」

「耐えてて、おれもういけるから!」


 最低限の装備を整えて、山下くんが増援に向かった。

 俺も急がなければ――。

 そう思うのだが、どうしてだか手元がおぼつかなかった。まるで夢のなかで操作しているかのようだ。

 俺がゲームをはじめたての初心者のようなのろさで武器を拾ったころには、すでに結果はある程度出てしまっていた。


「っ、ごめーん!」

「……わり、おれもダウンした」


 開幕から敵に囲まれた赤城さんは、あえなくダウン。

 援軍に向かった山下くんは、三対一の状況となった。が、どうやら期待どおりの実力者だったらしい、不利な状況でもみごとにツーダウンを取った。


 つまり、残りは敵一体だけだ。


「頼んだ。そいつ、もうミリだから。絶対やれる!」

「ああ、わかった」


 屋内に入り、戦地であった二階へと昇る。死体からコアアーマーを取ろうとしていた敵が、俺の接近に気がついた。

 コンディションはよくないが、ここまでお膳立てされれば問題なくやれるはずだ。

 ——そのはずだったのだが。


「——やれ、委員長。《《ころせっ》》!」


 山下くんの声が耳に届いて、俺の手が動かなくなってしまった。

 やってしまっていいのか。

 俺の委員長像が、崩れてしまわないのか。


 左クリックが、押せない。

 時が止まったかのような感覚だったが、もちろん実際に止まったはずもない。敵はすぐに動き出し、ほとんど棒立ちの俺をSMGで蜂の巣にした。


 部隊全滅――ゲームオーバーだ。


「ああ、なんでだよ! ガチ貧だったのにー!」

「あちゃー、どんまい」


 ゲームに熱が入るタイプか、本気でショックを受けていそうな山下くんと、渇いた笑い声を出す赤城さん。

 そのふたりの反応よりも、俺は自分の手が気になっていた。

 どうして止まった。

 こんなことは、FPSに触れて以来はじめてのことだった。


「どうしたんだよ。マウスの故障か? 委員長。ほとんど一発も撃ってなかったじゃん」

「やー、たんにちょっと調子出なかっただけでしょ。それより、次次! 時間あんまないし、ちゃちゃっとまわしてこーよ!」

「まあ……そうだな」


 納得のいっていなさそうな山下くんが、次のマッチの申し込みをした。


「……いいんちょくん、だいじょうぶそ?」


 赤城さんが心配して、小声で聞いてくる。俺はそれに、ちからなく頷き返すしかできなかった。

 次のマッチでは、きっといつもどおり動けるはずだ。

 そう信じて、俺も再戦のボタンを押した。





 一時間後。

 俺たちは、なんともいえない微妙な空気に包まれていた。

 ただのカジュアルマッチに本気で勝ちにいこうとする上級者が混ざれば、どれだけ運が悪くとも、数マッチのうちに一回はかならずチャンピオンくらいは取る。

 正直、毎回勝ったってなにもおかしくはないくらいだ。

 にもかかわらず、結果は全敗。


 原因は、完全に俺だった。俺のプレイは、まったくもって残念のひとことだった。やさしい言い方でお荷物、悪い業界用語を使えばnoob(クソザコ)だった。


 とくに、今の負け方は堪えた。どうにか空気を挽回しようとがんばってくれていた赤城さんと、普通に文句なしにうまい山下くんが奮闘して、最終ラウンドまで運んでいってくれたのに、俺が安置の高所から滑り落ちてしまったのだ。

 赤城さんがスキルで助けにきてくれたが、その判断も最善とはいえなかった。あれはもう、俺を放っておいてふたりでチャンピオンをめざすしかなかったはずだ。


「……あのさ、ずっと気になっていたんだけど、いい?」


 萎えた態度こそ隠さなかったが、それでも文句はいわずに付き合ってくれていた山下くんが言った。


「赤城さんは、どうして亜熊くんと組んでいるの?」


 出てきたのは、まっとうすぎる疑問だった。

 それはそうだ。俺が足を引っ張りまくっているせいでろくにゲームになっていない状況なのだから、だれだって同じように思うに決まっている。


「やっ、それは……! あの、いいんちょくん、ちょっと調子が悪いだけで、普段はもっとぜんぜん強いの。ほんとに、信じて!」

「いやぁ、信じるもなにもなぁ……。カジュアルでも一回も勝てないんじゃ、ちょっときびしくない?」


 ぽりぽりと頭を掻き、困った顔で俺を見る山下くん。

 俺は、頭を下げるほかなかった。


「すまない、俺の不徳の成すところだ」

「まあ、いいけど。それで、とりあえず一時間って話だったけど、どうするの?」

「あー……もうそんな経っちゃったかー。えーっと、ならきょうのところはここまでってコトにしたいんだケド……山下くんは、うちのチームは」


 赤城さんの質問に、山下くんは首を振った。


「——とりあえず、保留にさせてもらおうかな。こっちも、FUGBのメンツでルシオンのほうも出るかもって話もあったし、また連絡するよ」

「そ、そっか。りょーかい」

「それでさ――赤城さんが。もしうちで出てくれるなら、絶対空けるから言ってよ。へへ」


 それじゃ、と残して山下くんは部屋を出ていってしまった。


「……最後のは、ちょっとよけーだったんじゃないかな?」


 くちをへの字に曲げると、赤城さんは俺のほうを向いた。それがいやに鋭い目であるようにみえたから、俺は委縮してしまった。


「んー、どうやら山下くんはちょっと組めなそうだねー……。あたしも、ちょっとフィーリング合わなかったかもだし」

「すまない、赤城さん」

「なにが? プレイがあんまだったこと? だったらいーよ、ぜんぜんだいじょぶ。ちょっとしたコンディションとかあるし、チームメイトの相性だってあるし、この場所でやるのが初めてっていうのも関係しているかもだし」


 だからほら、と赤城さんが俺の背をバシンと叩いた。


「元気出して、次いこ、次! もう、次の待ち合わせの平井さんが来るころだから。〈グラビティ・ワン〉の超うまいひとなんだって。それに平井さん、おんなのこだよ。うれしくない?」

「……? なぜだ?」

「やー、ほら、女子に囲まれるわけだし?」


 ぜんぜんうれしくない。俺からすればプレッシャーになるだけだ。

 が、どうあれ切り替えなければならないというのは事実だ。


「……よし、がんばろう」

「うん。その意気だよ、いいんちょくん!」


 約五分後に到着した同級生の平井さんとも、俺たちは同じようにプレイした。


 そして――。


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