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24話 「3人目」

 ——どうにも気が抜けている。


 いつもの場所。委員長に変身するために毎朝使っているメディア棟の二階のトイレで、俺は鏡に映る自分を叱咤した。

 最近の俺は、どうもいけない。委員長のなかの委員長をめざし、委員長そのものを体現する――それが、俺が社会という荒野を生き抜くための術であるというのに、このところ粗が目立っている。

 小学生のころから続く委員長生活も、今年で何年目だったか。

 俺が思うに、これは慣れてきたがゆえの油断であるのだろう。


 どうやらハチマキを締め直す必要があるようだ。

 普段よりも気合いを入れて、この先の苦難に立ち向かっていかねば。


 そう決意して、覚悟の決まった顔で、俺はトイレを出た。

 今は放課後――つまり、赤城さんとともにチームメイトを探すための時間がはじまろうとしていた。


 わが校の、たんに広いというだけでは済まないサイズ感のPCルームに辿りついた。ひとはまばらにいたが、赤城さんの姿は見当たらなかった。

 赤城さんがいるのは、奥の個室だ。

 LC学園のPCルームには、申請して時間単位で借りられる個室がある。これは複数人でゲームの練習をするために設けられた空間で、まさしくルシオンのような三人チームの訓練にはもってこいの設備だった。


 ノックして入室すると、すでに赤城さんは席に座っていた。


「むぉやっ。ん……いいんちょくん、おつー」


 奇妙な声を出したのは、赤城さんがメロンパンをかじっていたからだろう。

 やけに大きな、オレンジ色のメロンパンだ。たしか、学校の裏で移動販売車が売っているやつだ。スタバ然り、赤城さんはメロン系が好きなのだろうか。

 こそこそと背を向ける赤城さんに向けて、俺は言った。


「やあ、赤城さん。PCルームは食事禁止だよ。許されているのは飲み物類だけだ」

「うわー、言われると思った! 知ってたんだけど、まあちょっとならいいかなーと思って。見逃して!」

「どうしても食べたいのなら廊下のラウンジに行くといい」

「えー、めんどっちいよ……ん? てかさー、恩人にそういう言い方ってないんじゃなーい?」


 ふと思い出したように、赤城さんは言った。


「ほらあたし、助けてあげたじゃん」

「なんの話だ?」

「さっきの英語だよ! ごまかしたって無駄だかんねー。てかさ、いいんちょくん、ひょっとしてルシオンのこと考えてたんじゃない? なんかすごい一生懸命にノート書いてたのに、授業聞いてなかったし」

「そんなことは…………ない」


 あまりにも図星だったため、俺の返答は遅れてしまった。


「授業だって、もちろん聞いていたさ。ただ、少し上の空になってしまっていたことは認めるが」

「いいんちょくんのうそつき! そんな態度じゃメロンパンあげないよ?」

「いや、それはいらないと言っているのだが」


 俺たちがそうして言い合い(?)をしていると、


「——あの」


 扉がわずかに開いた。

 顔を覗かせているのは、ひとりの男子生徒だった。重ための前髪に、思春期らしく少々荒れた肌。ほんの少し着崩した制服。


「あ、山下くん! 入って入って!」


 赤城さんは席を立つと、相手を手招きした。


「やー、来てくれてあんがとねー♪ DMもすぐに返してくれて助かったよー」

「あ、いや……赤城さんから連絡来るなんて、驚いたし……おれも、電甲杯のルシオン部門は気になっていたし」


 手を握ってぶんぶんと振り回す赤城さんに、みるからに照れる男子生徒。

 彼のことを、俺も知っている。赤城さんが事前に教えてくれていたからだ。

 名は、山下昭人。べつのクラスに所属している同級生で、ゲーマー特待枠のひとり。得意遊戯は〈FUGB〉という、ルシオンよりも古いFPSだ。


 FUGBは、以前ほどの勢いはなくなったが、それでもまだまだ人気が根強い。山下くんは、去年の全国大会で優れた個人成績をおさめてMVPを取ったようだ。

 そして、ほかのFPSプレイヤーもみなそうしているように、彼もまたルシオンに手を伸ばしているようだった。


 山下くんは、俺のことが気になるようだった。


「あのー。きみ、A組のひとだよね。あの有名な委員長の」

「そ! 紹介すんねー。こちら、いいんちょくん!」


 それじゃなにもわからないだろう。

 俺は山下くんに握手を申し出た。


「A組の亜熊杏介だ。よろしく、山下くん」

「あ、うん……。って、もしかして、残りのチームメイトって亜熊くんなの!?」


 山下くんは、露骨に驚いた。

 俺も驚く。赤城さんは、伝えていなかったのだろうか。


「そうだよ、言ってなかったっけ? ……あー、言ってなかったかも」

「おれ、てっきり、残りのひとりはルシオンの有名プレイヤーかなにかだと思ってたよ」

「やー、でもだいじょぶだよ! 安心して。なんせいいんちょくん、こうみえてルシオン超強いから! まじで、最強クラスだから!」


 俺の肩に手を置いて、そうアピールする赤城さん。


「へー、そうなんだ……」


 山下くんは、そこで初めて俺に興味を持ったかのように、頭のうえからつま先まで、やけにおもしろそうに眺めた。

 ずっと持っていた鞄をようやく下ろすと、最後にこんなことを言った。


「意外だね、ゲームなんてまったく興味ないと思っていたのに。――《《お堅い委員長なんだから》》」


 その言葉が、俺の胸に突き刺さった。

 一瞬、世界がモノクロであるかのように感じられるほどの衝撃に、俺は固まった。


「まあでも、おれはぜんぜんかまわないけどね。まず、おれがルシオンはそんな自信ないし」

「またまた、謙遜じゃーん。今シーズンだってマスターはいったんでしょ?」

「そりゃ、それくらいはいくよ、当然。キルデスも、一応ランクマで3.0キープしたし……」

 

 PCをつけながら山下くんと談笑する赤城さんに、「どしたん?さっそくやろうよ、みんなで!」と急かされるまで、俺は動くことができなかった。


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