第5話 悪魔だ
今日は、私の六歳の誕生日。
家の中は朝から賑やかだった。部屋には飾りつけがされ、テーブルには料理やケーキが並んでいる。幼稚園のお友達や近所の知り合いも、私にプレゼントを渡すために訪ねてきてくれた。
「永遠ちゃん、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう!」
笑顔でプレゼントを受け取った。
可愛らしいおもちゃに、絵本。それから、中身がわからない綺麗に包装された箱。
何が入っているんだろう。あとで開けるのが楽しみだ。
パパもママも、そんな私を見て嬉しそうに笑っていた。
時間が繰り返される不思議な毎日。
それでも、こうして大切な人たちができることは、素直に嬉しかった。
だからこそ、その男が現れたときも、最初は何も疑わなかった。
玄関がノックされる。
ママとパパは、まだ準備が忙しいみたい。
仕方ないから永遠が出てあげる。だって6才だもん。
扉を開けると、背の大きなおじさんが立っていた。
「やぁ、こんにちは」
「こんにちは!」
「今日はお誕生日なんだって?」
「そうなの! 今日で6歳になったんだよ!」
「そうなんだね。それは良いことだ………んん?」
「おじさんはだぁれ?」
背が高い。大柄な体躯は、二メートル近くありそうだった。
でも、にこにこと穏やかな顔をしていたから、優しそうな人だと思った。
パパやママのお友達なのかな?
そう思って、私はじっと男の顔を見上げた。
けれど、男の様子が次第におかしくなっていった。
「……臭う。臭うぞ」
男は鼻をひくつかせ、きょろきょろと周りを見回した。何かを探しているみたいに、何度も空気の匂いを嗅いでいる。
「臭う、臭うぞ……!」
「お料理の匂いかな。ママがまだ料理作ってるから?……えっ?」
男の声がだんだん大きくなる。
突然、男が自分の鼻を掻きむしり始めた。
ガリッ、ガリッ。
爪で何度も肌を引っかいている。
「どうしてだ……。どこにいる……?」
怖い。
さっきまで優しそうだったのに。
思わず一歩、後ずさった。
ぽろり。
男の鼻から、皮膚が小さく剥がれ落ちた。
「……え?」
「永遠ぁ? 今度は誰が来たの?」
中で準備をしていたママが、玄関に顔を見せた。
「ママ! このおじさん、なんか変だよ!」
そう言った途端、ママの顔色が変わった。
「……え? 永遠!! 早く中に!!」
「えっ? う、うん!」
ママの声にびっくりして、私は急いで駆け寄った。
どうして、そんなに慌てているの?
聞きたかったけれど、ママの顔が怖かったから、何も言えなかった。
そのとき、男が私たちの後を追ってきた。
体中をかきむしりながら、家の中へ踏み込んでくる。
「ひっ……!」
思わず、ママの服をぎゅっと握った。
もう一度、ぽろり。
剥がれ落ちた皮膚の下から、人間のものとは思えない赤い肌が覗いていた。
男は気にする様子もなく、さらに自分の顔を掻きむしる。
皮膚が剥がれ、赤い素肌がより一層見えていく。
ひび割れた表面は、乾いた土のようだった。やがて剥がれ落ちた皮膚は、まるで化石を覆う石のように崩れ、床へと落ちていった。
「いや……やだ……」
「永遠、大丈夫よ。大丈夫だからね……」
私はママに必死にしがみついた。
ママが私をぎゅっと抱きしめる。
声は震えていた。大丈夫だと言ってくれているのに、ママも怖いんだ。
そう気づいたら、余計に怖くなった。
ママは私を片腕で抱きしめたまま、もう片方の手で警察へ連絡しようとしていた。
そして、パパが私たちの前に立ちはだかった。
「お前……いったい何者だ」
パパの声は低かった。
大きな背中が、私たちと男の間を遮っている。
私はその背中を見つめながら、ママの服を握る手に力を込めた。
赤い肌を晒した男は、ようやく何かを見つけたように顔を上げた。
「この臭いは……聖者の血筋か?」
男はぶつぶつと呟きながら、私たちのほうへ視線を向けた。
「いや……名だたる聖者どもは、聖戦で息絶えたはず……」
そして、不意に目を大きく見開いた。
「そうか……そうか、分かったぞ」
男の口元が歪む。
「この臭い……翅虫の匂いだ。神秘の存在とまで言われた者どもが、今では人々に忘れ去られるとは。時の流れとは残酷だな……」
何を言っているのか、私には分からなかった。
ただ、男の視線がじっと私を見ていることだけは分かった。
「……パパ」
男の身体を覆っていた皮膚が、最後の欠片まで剥がれ落ちた。
そこに立っていたのは、もう、優しそうな大男などではなかった。
「何者だと聞いたか?」
男が口を開く。
「我が名はカルバン。神々の束縛を否定する者」
【――悪魔だ】




