第4話 5歳の天才
私、永遠は5歳になりました。
不思議な繰り返しが始まってから、いろいろなことがあった。
今では自分の足で歩けるし、好きなことを話せる。パパやママとおしゃべりだってできる。自由に動いて、自分の意思で行動できるようになったのだ。
もちろん、今でも眠ると同じ朝に戻されることはある。
けれど、赤ちゃんだった頃とは違う。何をするのか、どう過ごすのか、自分で決められる。それだけでも、ずいぶんとすごいことだと思う。
だから、幼稚園のおべんきょうだって、難しいことは何ひとつない。
小学校に入る前のおべんきょうということで、さんすうやひらがなを習っている。最近では、えいごのお勉強も始まった。だが、どれも簡単なものばかりだ。
先生が「1たす1はいくつでしょう?」と聞いてきた。
答えは2。簡単すぎる。
でも、もし分からなくて間違えたり、わざと間違えてみたら?
実は、失敗すると、その先へ進めなくなることがある。
眠りにつけば、また同じ朝に戻される。そして、同じ一日を繰り返すことになる。正解するまで、上手にできるまで、何度も何度も。
もちろん、何もかもが一度でうまくいくわけではない。覚えるまでに時間がかかることもあるし、何度繰り返しても、なかなかできないことだってある。
それでも、少しずつできることが増えていく。
そんなことを繰り返しているうちに、私はいつの間にか、幼稚園の先生たちからも、ママやパパからも、天才だと思われるようになっていた。
「永遠ちゃん、もうこんな問題も解けるのね。すごいわ!」
「うちの子、もしかして天才なのかしら?」
「いやあ、永遠は本当に賢いなあ!」
褒められるのは嫌いじゃない。
でも、少しだけ悪い気もする。
だって、私が特別に賢いわけじゃないのだから。
分からなければ、分かるまで。できなければ、できるまで繰り返している。
…もっとも、時間が戻っているのだと説明したところで、信じてもらえない。
それに、たとえ信じてもらえたとしても、誰かが知るのは許されないらしい。
確信したのは、一度だけ、お友達のりさちゃんに秘密を話したことがあるからだ。
「りさちゃん、あのね。実は私、時間が戻ることがあるの」
「えっ? そうなの?」
「うん。でも、秘密だよ?」
「それってすっごいね!! 私だったらいっぱい公園でパパとママと遊ぶの!」
りさちゃんは目を輝かせていた。
秘密にするって約束してくれたし、これなら大丈夫だと思った。
でも、りさちゃんは嬉しさを抑えきれなかったらしい。
「ねぇ、みんな聞いて聞いて? 永遠ちゃんね――」
自分のことみたいに嬉しそうに話し始めてしまった。
その日の夜、私は眠りについた。そしてまた、同じ朝に戻っていた。
りさちゃんに秘密を話した日。
その一日を、もう一度やり直すことになったのだ。
偶然だったのかもしれない。
けれど、私はひとつのことを確信した。
この不思議な力について誰かに知られると、その日は確実に先へ進めなくなる。
だから、もう誰にも話さない。りさちゃんにも、ほかのお友達にも。
この秘密は、私だけのものにしておこう。
私は、おべんきょうがあまり好きではない。
何度も同じ問題を解いていれば、いつかは正解できる。そう分かっていても、同じことばかり続けるのはつまらない。それよりも、身体を動かして遊ぶほうが好き。
特に好きなのは、運動会だ。
幼稚園では、みんなでかけっこをしたことがある。
「よーい、どん!」
ゴールまで駆け抜けると、ママとパパ、先生やお友達みんなが拍手してくれる。
私がみんなの中で一番速い。
走るのも速いし、体力だって同じ年頃のお友達よりある。みんなが疲れて座り込んでいても、私はまだまだ走っていられる。
だから、かけっこは好き。お勉強より、ずっと楽しい。
そんな毎日を過ごしていた、ある日のこと。
幼稚園から帰ってくると、パパがタブレットを持って私のところへやってきた。
「永遠、今日はちょっと面白いことをしてみないか?」
「面白いこと?」
「そう。今日、幼稚園の先生から聞いたんだけどな。永遠、アルファベットがわかるんだって?」
「うん。知ってるよ!ABCってやつ」
「先生がすっごく驚いていたよ。五歳でそこまで分かる子は珍しいって」
パパは嬉しそうだった。
幼稚園では、英語のお勉強としてアルファベットを習っている。
「それでな、ちょっと試してみたいことがあるんだ」
パパがタブレットの画面を見せてくれた。
そこには、英語の文字が並んでいた。
「えいご?」
「そう。永遠、お勉強は好きか?」
「んー……あんまり」
正直に答えると、パパは苦笑いした。
「そっか。でも、これはちょっとしたゲームみたいなものなんだ。英語検定っていうのがあってね。その体験問題をやってみようと思うんだよ」
「えいごけんてい?」
「うん。英語がどれくらいできるかを確かめる試験だよ。英検って呼ばれていて、難しさによって級が分かれているんだ」
「きゅう?」
「そう。簡単なものから難しいものまであるんだよ」
パパはそう言いながら、画面を操作した。
「まずは、どこまでできるか試してみよう!」
「うん!」
元気よく返事をした。
それから、私は英語のお勉強を続けた。
何度も同じ日を繰り返しながら、少しずつ知っている言葉を増やしていく。
タブレットでは追いつかず、専門書を強請ってかってもらった。
そして、いつしか私は、英検一級の本試験に合格した。
1年にも渡る、長い長い繰り返しの末に、ようやくたどり着いた結果だった。




