第11話 語られぬ歴史
【神は存在する
世界が生まれるよりも前に、神は在り、すべてを見届けていた
神は光を与え、命を与え、やがて神に従う者たちと、神に背く者たちが生まれた
光の裏には影が満ち、命ある所に死も存在した
やがて影は光と対等になり、生まれた出自を混沌に染めようと画策する
幾千もの時が流れ、神の名も、御業も、いつしか人々の記憶から失われていった
だが神は存在した】
神は存在する。……そして、神は存在した。
たったそれだけの違いなのに、どこか不思議な一節だった。
「……どうじゃ。読めそうかの?」
「うん。読めるよ」
「ならば、声に出して読んでみなさい」
最初の一行から声に出して読み始めた。
「神は存在する」
声に出すと、文字が頭の中に染み込んでいくような感覚があった。
「世界が生まれるよりも前に、神は在り、すべてを見届けていた
神は光を与え、命を与え、やがて神に従う者たちと、神に背く者たちが生まれた」
光の裏には影が満ち、命ある所に死も存在した」
読み進めるうちに、周囲の音が少しずつ遠ざかっていく。
けれど、気づかなかった。文字を追いかけることに、意識を集中していたから。
「やがて影は光と対等になり、生まれた出自を混沌に染めようと画策する」
その時、近くを通り過ぎようとしていた光の筋が、ぴたりとその場で動きを止めた。
光を帯びた紙も、宙に浮かんだまま静止する。
歩いていた人たち。本を整理していた司書。机に向かっていた人たち。
誰もが、何か魅入られるように顔を上げ、視線を向ける。
その視線に私は気づくことなく、読み続けた。
「幾千もの時が流れ、神の名も、御業も、いつしか人々の記憶から失われていった
だが神は存在した」
最後の一文を読み終えた瞬間だった。
――――
周囲から物音が消えた。
顔を見上げた。おじいちゃんが、こちらを見つめながら動かない。
周囲の人たちも、光を帯びた紙も、空中に浮かんだ光の筋も。
すべてが、静止していた。
……この感覚を私は、知っている。
謎の声が聞こえるとき。時々、世界が止まることがあった。
けれど、今回は違う。あのときのようなノイズはない。
代わりに、静寂を埋めるような会話がに辺りを響いた。
『君はいつまで私についてくるんだい?』
慌てて立ち上がり周囲を見当たすが、動く人は私しかいない。
知らない声。けれど、どこか懐かしさを覚える。
『あなた様に救われた大恩をお返しするまでです』
『手に収まってしまうその体で?』
『しっけいな! この身は■■なれど侮るなかれです!』
笑い声が響いた。
だが、次第にノイズが掛かって聞こえる。
『はは、悪かったって』
『……そう思うなら言うべ■言葉があるの■■?』
『……そうだな』
『■■きの■■よ。この戦■には■■りは■■■■も知れない。それでも私に付いてきてくれ■■』
『■■■■様にこの身を■■ま――――』
――――。
ざわざわと、周囲の音が戻ってくる。
紙の擦れる音。誰かが椅子を引く音。歩く足音。
書庫で静かに感じていた僅かな物音が、ひどく大きく聞こえた。
「……永遠、いつの間にかたったのじゃ?」
おじいちゃんの声が聞こえた。
はっと顔を上げ、椅子に座りなおす。
その瞬間、私を見つめていた周囲の人たちも、何かに気づいた様子。慌てたように視線を逸らし、何事もなかったかのようにそれぞれの作業へ戻っていった。
「どうじゃ? 何か感じるものはあったかの?」
「……うん」
私は、まだ頭の中に残る声の余韻に浸っていた。
いまの会話は、いったい何だったのだろう。と。




