第12話 光の隣人
「……永遠、どうじゃった?」
その声に、私は顔を上げた。
「うん。不思議な感じだった」
「そうか。では、もう一度その本を見てみなさい」
おじいちゃんが、表紙に手を添えた。
私は言われたとおり、本に目を向けた。
すると、突然。
「……わっ!」
本の表面から、眩い光が溢れ出した。
淡い光は表紙を包み込み、机の上を照らしている。思わず目を細めたけれど、不思議と眩しさは不快ではなかった。
やがて光はゆっくりと弱まり、何事もなかったかのように消えていった。
「今のは……?」
「この本には、読み上げた者の心を映す性質がある。善なる志を持つ者が読めば、眩い光を放つ。反対に、悪意を持つ者が読めば、その者から不浄の気が漏れ出てくる」
「本心が見えるってこと?」
「もっとも、人間だれしも善だけではない。どちらも持ってて当然。その不浄の気を吐き出す道具でもあるのじゃよ」
「じゃあ、今光ったのは……」
「お前さんが読んだからじゃな」
「へえ……ほかのページも読んでみていい?」
「好きなだけ読みなさい」
おじいちゃんは穏やかに笑った。
私はもう一度、ページをめくる。けど。……あれ?
指をかけても、次のページがめくれない。
正確には、本そのものが持ち上がってしまった。裏表紙まで一緒に。
「……どういうこと?」
私は本を置き直し、横から覗いてみた。
すると、奇妙なことに。側面からは、何百ページもある分厚い本のように見えた。けれど表紙を除き、本に綴じられたページではない。
指でなぞるように触れてみる。
ぺらっ。ぺらっ、ぺらっ。
触れるたびに、側面の紙が一枚ずつめくれていき、やがて背表紙に当たる。
「おじいちゃん、これって……」
私が顔を上げると、おじいちゃんは楽しそうに目を細めていた。
「ふふ。気づいたか」
「最初から知ってたの!?」
「もちろんじゃ」
おじいちゃんは、わざとらしく肩をすくめた。
「続きが気にならんか?」
「気になるよ!」
「では、どうすれば読めると思う?」
「本なんだからページをめくればいいんじゃないの?」
「それで、めくれたかの?」
「めくれないから困ってるんだよ!」
私が少し頬を膨らませると、おじいちゃんは堪えきれないように笑った。
「すまん、すまん。いやなに、永遠がどんな顔をするか、つい見てみたくなってのう。この本はこれで終わりなんじゃよ」
「もう、おじいちゃん!」
どうやら最初から私をからかうつもりだったらしい。
そのときだった。視界の端を、光が横切った。
書庫の中を漂っていた、あの淡い光の軌跡だ。
その先端に先ほどまで見えなかった小さな何かが見えた。
私の両手に収まるほどの小さな身体。背中には羽があり羽を通して奥の景色が見えるほど透き通っていた。羽ばたくたびに淡い鱗粉のような光が舞い散っている。それが、今まで私に見えていたものだった。そのひとり?が私の目の前で止まった。
『あら、やっと見えるようになったの?』
いたずらが成功した子供のように、くすくすと笑った。
「えっ……今、あなたが喋ったの?」
『ふふ。そうよ。ようやく私たちの姿が見えるようになったのね』
正面から私の顔を覗き込むように近づいてきた。
かと思えばその子は楽しそうに笑いながら、私の周りをぐるぐると飛び回る。
「おじいちゃん、この人は何なの?」
「今、お前さんの目の前におるのは妖精じゃよ」
「あなたは……妖精なの?」
『そうよ。妖精。ようやくご挨拶できたわね』
妖精は小さな身体をくるりと回し、得意げに胸を張った。
『ねえ、あなた。名前は何というの?』
妖精が、私の髪に掴まり逆さになりながら顔を再び覗き込む。
「永遠だよ」
『永遠……。素敵な名前ね』
「ありがとう。 妖精さんの名前は?」
『名前?』
妖精は不思議そうに首を傾げた。
『私たちに、そんなものはないわよ』
「えっ? 名前がないの?」
『ええ。私たちは名前がなくても、お互いのことがわかるもの』
「じゃあ、どうやって呼ぶの?」
『呼ぶ必要なんてないわ。誰が誰なのか、ちゃんとわかっているもの。あの子は飛ぶのが好き。あっちの子は、じっとしているのが好き。そこの子は、いつも誰かさんの後ろをついて回っていたずらしているわ』
妖精は、飛び回る仲間たちを指さすように、小さな手を動かした。
「そっか……。でも、おじいちゃんは妖精さんたちをどうやって見分けているの?」
「正直人間には妖精たちの区別がつきにくいからのう。特徴をもとに呼ぶことはあるぞ。一か月前に生まれた妖精、飛ぶのが早い妖精、こやつの場合さぼり気味な妖精……といった具合じゃ」
『あら、さぼり気味だなんて失礼しちゃうわね』
「実際、よく休んでおるじゃろう」
『休むのも大切なお仕事なのよ』
妖精はぷいっと顔をそむけた。
「ふふっ。妖精さんって面白いね」
『そうでしょう? 私たちのことを知れば、もっと楽しいわよ』
「ほかの妖精さんたちともお話ししてみたいな」
『もちろん。これからいくらでもお話しできるわ』
妖精は私の肩から飛び立ち、仲間たちのほうへ向かった。
『みんな、こっちにいらっしゃい。新しいお友達よ』
その声に反応して、書庫のあちこちから小さな光が集まってくる。
私は目を輝かせながら、その光景を眺めていた。
この書庫は、私が思っていたよりずっと賑やかな場所だった。




