第9話 welcome U.S.A
アメリカに行く。
あの決断から、瀬波流小学校を転校する方針で話が進んでいた。
施設の大人たちも、これから私の面倒を見てくれることになったおじいちゃんと話し合っていた。何を話していたのかは分からない。けれど、最後には涙を流し、私との別れを悲しんでいた。
それでも、私の新たな門出を応援してくれた。
そして、今日はアメリカへ行く日。
出発前に、家中の戸締まりをしっかりと確認する。最後にブレーカーを落とす。お父さんから停電したときの対処法を教えてもらっていたおかげで、迷うことなく作業を終えられた。
玄関を出ると、おじいちゃんが待っていた。
私は最後に家へ向かって一礼する。
「……お世話になりました」
もう戻ってこないわけじゃない。それでも、ここでの生活に一区切りをつけるために。用意されていた車に乗り込み、空港へと向かった。
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空港に到着した。
ここまで来てから言うのもあれなんだけど……。
「ねえ、おじいちゃん。私、パスポート持ってないよ?」
「大丈夫じゃ。あらかじめ作ってある」
そう言って、おじいちゃんは一冊のパスポートを私に投げ渡した。
「これがぬしのじゃ」
「……え、いつの間に?」
「必要になることは分かっておったからの」
「そ、そうなんだ」
私は手渡されたパスポートを確認する。
日本製だから安心安全……なのかな?
「……あ、聞き忘れておったが、英語は話せるかの?」
「英語? Sure.It's no problem as long as it's |just a conversation.《会話くらいなら問題ないよ》」
「それなら一安心じゃ」
そんな会話をしていると、黒服をまとった人たちがぞろぞろとこちらへ歩いてきた。
その人数に、思わず身構える。
先頭を歩いていた男性が、おじいちゃんの前で立ち止まった。
「申し訳ございませんが、少々ご同行いただけないでしょうか」
「……わしらに用かの?」
「はい」
「なら仕方ない。案内したまえ」
おじいちゃんはあっさりと了承した。
私は慌てておじいちゃんの背後に隠れる。
「お、おじいちゃん……大丈夫なの?」
「心配するな」
そう言って、おじいちゃんはやけに余裕のある笑みを浮かべた。
先頭の男性は背後に連なる黒服たちを一瞥し、私たちに向かって頭を下げた。
「ご協力ありがとうございます。こちらへどうぞ」
そして、私たちは彼らに案内されるまま歩き始めた。
周囲を見れば、空港を行き交う人々がこちらを見ている。
「おじいちゃん、なんか周りの人たちが見てるよ?」
「そうじゃな」
おじいちゃんは、まるで気にしていない様子だった。
やがて、他の人たちの姿が見えない一室に到着する。
私たちだけになったところで、先頭の男性が改めて口を開く。
「ここでなら、よろしいでしょう」
その瞬間、男性の表情が変わった。
黒服の彼らは一斉に胸の前に手を置き、深く一礼する。
「お待ちしておりました。聖グラウディアス卿」
「チャーター機のご用意ができております。ご案内いたします。どうぞこちらへ」
「……もう少し世間体というものがあるんじゃないか?」
おじいちゃんが呆れたように言った。
「なぜ連行されているみたいに連れてくるんじゃ。通りすがりの人たちを見たか? 『なんじゃあのジジイと子供は?』みたいな視線ばっかりじゃったぞ?」
「申し訳ございません。ですが、貴方様の身の安全が第一ですから、どうかご理解ください」
男性は深々と頭を下げた。
「ところで、こちらの少女は?」
「なんじゃ。機の用意をするくらいじゃから、知っておるのかと思ったが」
「いえ。聖マルチダ・ルイ・ヴィヴィ卿より知らされたのは、聖グラウディアス卿がご帰還されることだけです」
「ヴィヴィのやつ、見逃したのか? それとも……」
そう言いながら、おじいちゃんは私を見てくる。
「……ねぇ、おじいちゃん」
「なぁ!?」
突然、男性が大声を上げた。
「おい、小娘! 聖グラウディアス卿をそのように呼びかけるなど不遜であるぞ! この方はな――」
「何かな?」
「……聖グラウディアス卿!?」
男性が固まった。
私は、おじいちゃんを見上げる。
「……グラウディアスがおじいちゃんの名前なの?」
「おや、名乗っておらんかったかな?」
おじいちゃんは、何事もなかったかのように首を傾げた。
「まあ、呼び名など何でもいいな。好きに呼びなさい」
「いやいや、よくありません!」
男性が慌てて声を上げる。
「聖グラウディアス卿は、我らが神聖協会において――」
「その話は本国に戻ってからな」
おじいちゃんは、男性の言葉を遮った。
「それより、いつまでここにおるつもりじゃ? せっかく用意してくれたチャーター機じゃ。早く行こうではないか」
「……承知いたしました」
男性は再び深く頭を下げる。
私はおじいちゃんの服の裾を引いた。
「ねえ、おじいちゃん」
「なんじゃ?」
「……おじいちゃんって、偉い人なの?」
「さてな」
「さてな、じゃないよ!」
おじいちゃんは、楽しそうに笑った。
「まあ、アメリカに着けば分かることじゃ」
そう言って、私の頭をぽんと撫でる。
「さあ、行こうか。永遠」
その言葉に、私は少しだけ胸が高鳴った。
これから、アメリカへ行く。
そして、そこで新しい生活が始まる。……でも。
「ねえ。アメリカって、どんなところなの?」
「そうじゃな。まずは――」
私は、隣を歩きながら、初めてのアメリカに思いを馳せた。




