第5話
「それは——時が繰り返される呪い」
ここまで話しを終えると、ユーリは「ティーを淹れなおしてくるよ」と席を外してしまった。部屋に一人残された私は言葉を発することができず、今までのユーリの話を頭の中で反芻していた。
魔王。
魔を消し去る鉱石。
時が繰り返される呪い。
そして……ユーリの奇妙な言動の数々。
頭の中でとある仮説が組み上がる。
それはまるで子どもの妄想のようなおとぎ話のようなもので、仮説だなんていってしまうのは気恥ずかしいものだ。
窓の外から虫の澄んだ鳴き声が聞こえてくる。
子どものころ、私の故郷でもこの時期には虫がよく鳴いていた。
どこにいても変わらないものは変わらないものだ。
しかし変わるべきものが変わらない世界……。
そこに生きる者はなにを思うのだろう。
「もう結論は出てるようだね」
ユーリが湯気を立てたポットを手に戻ってきた。
もう片方の手に持つのは……蒸留酒だろうか。
「少し冷えてきたからね。身体を温めるだけでなく、こうやって少し入れると風味が増すんだ。君もどうだい?」
「ティーに蒸留酒を入れるなんて聞いたことがないが、ユーリの出身地では普通なのかい?」
「普通というよりも好みかな? エールにトマトの果汁を入れたりする人もいるよ」
「なかなか興味深いね」
私はユーリを真似て、ティーに少しだけ蒸留酒を入れてみた。すると蒸留酒の芳醇な香りが広がり、それがティーとあわさり、今まで嗅いだことのないような匂いとなる。
口に含んでみると、ティーの持つ熱だけではなく、蒸留酒独特の刺激により、身体の中から熱を帯びる。
「これは……ちょっと不思議だけど悪くないね」
「気に入ってもらえたらうれしいよ」
そう言って少し顔を赤らめたのは蒸留酒のせいだろうか。それとも……。
「君と話をしていると楽しくて、つい脱線してしまう。話を戻すよ」
私はユーリの言葉に頷くと、彼が口を開く前に自分の仮説を披露する。
「この村は魔王の呪いで同じ時を何度も繰り返してるんじゃないのか。繰り返す時がどれくらいの期間なのかは分からないが、そこで私は何度も君に会っている。いや、会い続けてると言った方がいいのかな」
「10年だよ」
「……10年?」
「正確に言うと魔王が討たれる2年前から始まり、そこから10年。ちょうど今年だ」
「もしかしてその10年って……」
「そう、明後日がちょうどその10年目にあたるんだ」
「だから明日の天気は分かっても明後日は分からないと……」
「君と話していると本当に楽しいね」
私はユーリと何度も会っていた。
だからユーリは私のことを知っていた。
でも私はユーリのことを知らない。
当然だ、ユーリにとって今の私は何回目の私か分からないが、私にとっては初めてのユーリだ。
「なぜ私なんだ?」
ユーリが私のことを知っているような発言の数々に納得がいった。しかしなぜ私なのだろう。
この土地には縁もゆかりもない。
ここに呼ばれた理由が皆目見当がつかないのだ。
「この村で採れた鉱石を使った武具は魔を祓うって話をしただろ。だから僕はその性質を利用して魔王が残した呪いを打ち破れないかと考えて、その研究を続けてるんだ」
「そんなことができるのかい?」
「僕だけじゃ無理だ。だから君を呼んだんだ」
なるほど、話が見えてきた。
魔を祓う鉱石の性質を利用して魔王が残した呪いを打ち破る。そのために自然環境から採取したもので新たなものを作り出す研究をしている私に助けを求めた。
確かにそれは私の研究そのものだ。
それなら私はきっと役に立つだろう。
「話は分かった。それなら早速明日からはじめよう」
「いや、明日からじゃない。明日だけだよ」
「私がいくら採取物の研究を専門としているからって、さすがに1日じゃ無理だよ」
「仕方ないんだ。この村には明後日はないからね」
そうだった……。
この村は時の牢獄に捕らえられているのだ。
「それならなんでもっと早く呼んでくれなかったんだ」
「君はいつもそうやって怒ってくれるんだね」
「当たり前だよ。時間さえあれば、私は必ず魔を祓う鉱石を研究して、呪いを打ち破るアイテムを生成することができる。でもその時間がないんじゃなにもできない」
「仕方ないんだ。魔王の呪いが強すぎて、初めの10年を変えることができないんだ」
ユーリの説明によると、魔王の呪いは魔王を倒した時の10年間が対象となり、この10年に起こった出来事を変えることができないし、起こらなかった出来事を起こすこともできないらしい。
村で事故が起きれば、それは回避できないし、豊作の年には間違いなく豊作になる。唯一、とある第1級学者のみがわずかに干渉できたらしいが、それはたまたま10年の間にこの村に訪れたことがあったから。
些細なことなら問題はないようだけど、村に来たことがない者や干渉したことがない者は、どんなことであっても影響を及ぼすことはできないらしいし、例え村の者であっても初めの10年を変えるような大きな変化を起こすことはできないらしい。
「ただ10年の終着となる日の1週間前、ここだけは呪いのほころびがあるのか、外の世界に干渉できるし、変えることもできる。だから僕はこの期間を利用して君を呼び続けているんだ」
「だから到着日が指定してあったのか」
「かなり無理をさせた自覚はあるよ、済まなかったね」
少しずつ疑問が紐解かれていく。
それと同時に新たな疑問が湧き上がる。
「君が私のことを知っている理由も、私が呼ばれた理由も合点がいった。しかしその上で敢えて聞きたい。なぜ私なんだ? 私もこの研究ではそれなりに成果をあげてる自負があるが、それでもまだ第2級だ。もっと優秀な学者は沢山いる。さっき話に出た第1級学者だってそうだろう。なぜ私なんだ」
悔しい話ではあるが、私などは多くいる学者の中の1人に過ぎない。研究している内容は独特であり、この道では第一人者と言って差し支えないかもしれない。しかし、呪いの解除や鉱石の解析などはもっと優秀で相応しい学者がいるはずだ。
「その第1級学者からの推薦が君なんだよ」
「第1級学者からの?」
「君の言うとおり、この手の研究には専門的な学者は大勢いる。しかしこの村に限っては君しかいない。君がもっとも早く成果を出せる。そう教えてくれたんだ」
「なぜ私にそこまで……」
「でも君は引き受けてくれる。違うかい?」
ああ、本当に君は私のことをよく知っているんだな。
確かにそこまで期待されてやる気を出さない学者などいないだろう。少なくとも私は身体のうちから湧き上がる研究欲を抑えきれなくなっている。
残念なのはその研究が一日しかできないってことだ。
「研究をしてもらうのは明日1日しかないけど、今までの研究成果は僕がすべてまとめている」
「もしかしてこの部屋にある書類って……」
「そう、すべて君が今まで研究してくれたものだ」
私は近くに積まれていた書類を手に取り、それを開いてみる。
そこにはユーリの見た目にそぐわない可愛らしい文字で、鉱石に対して行ったさまざまな反応がまとめられていた。
違う書類を開くと、鉱石の構成物質を分析し、なにが魔を祓う成分なのかを考察している。
「このノートにこれまでの研究のすべてを要約してある。まずはこれに目を通してもらえば今回は何をすべきかが分かると思う。それから明日の夕方には次の10年の間に僕ができることをまとめて指示しておいてくれれば、次の君に会うまでにできる限りのことはしておくよ」
なるほど、今までの話を聞いて、確かに私ならそのような方法で研究を続けるだろう。例え次の私が今の私を知らなくても、研究レポートと研究指示を伝え続けていれば、例え1日しか研究できなくても、いつか求める答えに到達できるだろう。
でも——。
「君は今まで何回これを繰り返してきたんだい?」
つい聞いてしまったが、言い終わってから私は後悔した。
多分今までの私も、それが私である以上は同じ質問をしているだろうが、それは彼が牢獄に囚われていることを再認識させてしまう言葉だ。
それは今も身体の中を刺激する蒸留酒のせいかもしれないが、まったく迂闊としか言いようがない。
しかし、ユーリはその質問にも慣れているのか、弱々しく笑うとこう答えた。
「さあね。この書類の量から察してみておくれ」




