第4話
「今から10年前、ある時突然現れた勇者と呼ばれる一行が魔王を討伐するために旅をしていた」
「勇者? 魔王を倒した戦士団のことかい?」
「そう、その戦士団のことだよ。彼らはその旅の途中でこの村に訪れ、この村で採れた鉱石を使って武具を作ったんだ」
「それがさっき言ってた……」
「そう、魔を祓う……消し去る武具だった。それを手にした勇者一行は、文字どおり破竹の勢いで魔王の軍勢を下していき、わずか2年で魔王討伐に成功したんだ」
窓の外から漏れる月明かりが時折暗くなる。
闇夜で空の様子は見ることができないが、きっと雲が出ているのであろう。明日は雨など降らないといいけど。
「明日は晴れるよ」
「……えっ?」
「残念ながら明後日の天気は分からないけどね」
ユーリはまたしても不思議なことを言う。
私はチラリと窓の外に視線を投げただけだった。それなのに、まるで人の心を読むギフトでも持っているかのように、私の考えを正確に読み当ててみせた。
生活を便利にするため、さまざまなコモンギフトが作られているが、それでも他者に干渉するギフトはごく限られたもの存在しかない。
その限られた中の1つに、傷や病を癒す「メディカル」があるが、これは人間が本来持つ治癒力を強化しているに過ぎない。そういった意味では他者に干渉していることは少し違う。今、ユーリが見せたような人の心を読むギフトなんていうのはまだ存在しないのだ。
「さて、話を戻すよ」
「……」
「勇者の登場からわずか2年で魔王は討たれたわけだけど……勇者の勢いは凄すぎたんだ」
「凄すぎた……?」
「うん、本来魔に属するものは人間を遥かに凌駕する能力を持っている。魔物は知性がない分、工夫すれば人間の力でも倒すことは難しくない。しかし知性ある魔物——魔族を倒すには人の力はあまりにも脆弱すぎるんだ」
「本来なら人の力で倒せるはずがないと?」
「いや、倒せないとは言わないよ。しかしそれは個の力では難しい。Aランクの冒険者が複数いてようやく倒せるかどうかといったところだよ」
魔王がいたころ、確かに人類はその存在に怯えていたけれども、魔王はなぜか人類を根絶やしにしようとはしなかった。まるで地図を一か所ずつ塗りつぶしていくかのように、一国ずつじっくりと攻撃を仕掛けていたのだ。
もし仮に人類を全滅させようとしていたのなら、それはきっと容易に行われていたことだろう。
現に魔王の軍勢が出没した地域で生き残ったものはほんの一握りであり、人も国も土地も、すべてが徹底的に蹂躙されていた。
なぜすべての国に対してそうしなかったのかは今でも謎だ。
世界を征服したあとの労働力が必要だった。
食料として一定数を生かしていた。
繁殖のために種を残していた。
さまざまな説があるがどれも推測の域を出ない話ではある。
私が住む地域では幸いなことに魔王から目を付けられなかっため、今でもこうして生きていることができているが、それは単純に順番の問題であったかもしれない。そしてその順番が巡ってくる前に魔王が討たれたことにより、今でもこうして生を謳歌することができているのだ。
「でも、この村の鉱石を使った武具のおかげで戦況は一変する。それまでではあり得なかった勇者一行の快進撃は程なくして魔王の目に留まることになり、その原因を辿っていくと、この村の鉱石にあることを突き止めたらしいんだ」
「それは……どうやって……?」
「さあ、それは分からない」
「分からないならどうやってそれを知ったんだい?」
「結果から推測できる過程と言うものもある。君も研究者なら分かるだろ」
確かにそのとおりだ。
とある現象を発見して、それを解析して工程を紐解いていくことによって、1つの法則を見つける。
それはまさしく研究者たる私の仕事だ。
「魔王は一考する。このままだと自分はいずれ討たれるだろう。そしてそれに抗うことがきっとできないだろう。それならその前に、自分を滅ぼすことに携わったすべての者に時を超えた呪いを残そう、と」
「それが魔王の呪い?」
「そう。だが魔王はさらに考えた。呪いの対象をどこまで広げるか。勇者やその仲間? それは当然だ。直接的に自分を討つ者だ。真っ先に呪わなければならない」
まあそうだろう。
魔王が残す呪いがどのようなものかは知らないが、自分を倒した相手に負の感情を持たないものなどいるはずもないだろう。
「しかしそれ以外はどこまで呪うべきか。彼らを支援したもの? 物資を提供したもの? しかしそうやってすべての者に害をなすのは本意ではなかった」
「本意ではない? 人類に仇なす魔王なのに?」
「魔王の本意は本人にでも聞かないと分からないけどね。ただそうやって魔王は考えをめぐらした結果……武具の材料である鉱石、それの採集を生業とするこの村に目をつけた」
「だからこの村が?」
「そもそも勇者が強大な力を持っていたのは魔を祓う武具があったからだ。武具の魔を祓う力の根源である鉱石。それを勇者に提供したこの村だけは許すわけにはいかないと思ったんだろうね」
時を統べる魔王——。
自分が討たれた後のことを見越したうえで、呪いの対象を選別する。
自分が討たれた後までそれを許さないという執念はいったいどこからくるのだろう。
私は改めて魔王と言う存在に戦慄を覚える。
「だから魔王はこの村に呪いをかけたんだ」
「それはいったい……」
ユーリは言葉を切って遠くを見る。
いつのまにか月明かりは戻り、空には綺麗な満月、その周囲には月の光を受けて瞬く星々が見える。
ユーリはなにを思い出しているのだろう。
少しだけ悲しそうな顔をして微笑むと、再び私に視線を戻す。
「それは——時が繰り返される呪い」




