笑うな【19話】
アロワナが目を閉じて祈りを捧げた瞬間、意識は瞬く間に白一色の空間へと移った。
そこには黄色い果物の山に囲まれて、頭を抱える女神セラの姿があった。
「ぶふっ」
「ちょっと!!主神を笑うな!!!!」
「いえ、笑ってません……くっ」
「笑ってるじゃん!!おさえきれてないじゃん!!」
セラは足元に転がる果物たちを恨めしそうに見下ろした。
「もうやだぁ……!なんでみんな黄色い果物ばっかりお供えするの!?これ嫌いなんだけど!でも信仰心からの供物だから邪険にできないし、かといって食べられないし……!」
「それだけセラ様が民に愛されているということでしょう」
「絶対面白がってるよね!?」
「滅相もございません」
「その顔で言われても説得力ないんだけど!」
アロワナは微笑みを浮かべたまま、改めてセラへ向き直った。
「セラ様。お聞きしたいことが」
「んー?なになに?」
「本日、今代の勇者様が教会を訪れました。その後がろ……私の弟も伝説について尋ねに来たのですが、何か関係があるのでしょうか」
「おっ、噂の勇者ちゃん来たんだ!」
セラは興味深そうに身を乗り出した。
「ええ。勇者様がお帰りになった後、弟が来て聖書を持ち出していきました。勇者様が来たことを伝えたらものすごく慌てた様子で。何かご存じでしたら、お聞かせいただけませんか」
「んー、そうだねぇ……」
セラは腕を組み、わざとらしく唸った。
「知ってることはあるけど、全部教えちゃったら面白くないじゃん?」
「……セラ様」
「だーいじょうぶ!なんとかなるなる!」
「そのお言葉だけでは、安心できかねます」
「えー?私、これでもちゃんと世界のこと考えてるんだけどなぁ」
「存じ上げております。ですがひとつだけ約束してください」
セラは首を傾げた。
「なーに?」
「くれぐれも世界の均衡を崩すようなことだけはなきよう」
その瞬間、セラの顔から表情が抜け落ちた。
「────誰に向かって口を利いている?」
黄金の瞳が静かにアロワナを見据える。静謐な空間に荘厳な空気が張りつめた。
「主に対し随分な物言いをするな。何様のつもりだ?」
「……主よ。ご無礼をお許しください」
アロワナは恭しく頭を下げた。
「よろしい!」
セラはぱっと表情を明るくした。
「いやー、たまにはこういうのも必要だよね!神の威厳ってやつ?どうだった今の!結構かっこよくなかった!?」
「……左様ですね」
「えっ、反応薄くない!?もっとこう、畏れ多いとかないの!?」
「黄色い果物に囲まれながら言われても」
「むー!せっかく決めたのに!」
セラは頬を膨らませると、足元に積み上がった黄色い果物の山を見下ろした。
「……ところで、アロワナさあ」
「はい」
「これ、半分持って帰らない?」
「謹んでお断りいたします」
「薄情者ーーーー!!!」
再び騒がしくなった白い空間で、アロワナは静かに目を伏せた。
セラは世界の創造主であり、誰よりも世界の均衡を理解している存在だ。彼女が何かを企んでいるのなら、上手くかわさないと人間たちではひとたまりもないだろう。
「……セラ様。どうか、ほどほどになさってください」
「えー?私、なにもしてないよ?」
「本当ですね?」
「もちろん!」
即答するセラを見て、アロワナは小さく息を吐いた。
「……心許ない」
「ひどくない!?」
────
アロワナが意識を戻した瞬間、ぶわりと濃い魔気が広がるのを感じ取った。
「……っ!」
先ほどまで感じなかった強大な気配が、突如すぐそばに現れたのだ。
(この気配……まさか)
アロワナは弾かれたように立ち上がり、教会の外へと飛び出した。
そこには勇者でぃんの姿があった。慌てて駆け寄ろうとしたが、彼女の周囲には何事もなかったかのように人々が行き交っていた。
魔王の気配は、すでにかき消えていた。まるで最初から何もなかったかのように、街の喧騒へと紛れていく。
「……消えた?」
アロワナは周囲を見回したが、気配の主を見つけることはできなかった。一体、何が起きたのか。
その答えを得られないまま、夜は更けていった。
翌日、アロワナは再び魔王の気配を辿った。しかしどれだけ探しても見つからない。あれほど濃密な気配が跡形もなく消えている。
(……あの気配はやはり……)
考えても答えは出ない。ならば直接確かめるしかない。
勇者一行が魔王城へ向かうため街を出ると聞き、アロワナは街の入口へと足を運んだ。やがて出発の準備を整えた勇者一行が姿を現す。
人当たりの良い笑みを貼り付け、アロワナは声をかけた。
「お待ちしておりました、勇者様」
────────
「地上にお戻りいただきましょう」
アロワナの穏やかな声が響く。
先ほどはつい空賊たちに八つ当たりをしてしまったが、これくらいは許されるだろう。数々の蛮行を繰り返していたのだから、多少のお灸は必要だったはず。
そんなことを考えながら、アロワナは少し離れた場所に目を向けた。
そこでは、でぃんが仲間たちに囲まれていた。
「さすが勇者様ですね!」
「いやぁ、頼りになりますな!」
「素晴らしいです勇者様!」
口々に称賛され、でぃんは少し遠い目をしていた。
その様子を眺めながら、アロワナは小さく微笑む。
(……今代の勇者様も、大丈夫そうですね)
ふと、肩に乗っていた一匹の毛玉と目が合った。
「……おや?」
毛玉はじっとこちらを見つめている。アロワナもまた、その小さな瞳を見つめ返した。
「ふふ。あなたもそう思いますか?」
「きゅっ」
短い返事が返ってくる。アロワナは目を細めた。
(さて……これから先、何が待ち受けているのでしょうね)
遥か遠くにある魔王城へと思いを馳せながら、彼は静かに空を見上げた。「」




