誰か代わって【18話】
空賊を捕らえたアロワナは、尋問によって彼らの悪事を聞き出していた。
「この辺りで商人や旅人を襲っていたのですね」
「あ、ああ……」
「他にも仲間がいるのですか?」
「山の向こうに拠点がある。好きにすればいい……」
アロワナは穏やかな笑みを浮かべた。
「そうですか。詳しいお話は町で伺いましょう。きちんと調査に協力してくださいね」
「……はい…」
空賊たちは先ほど空から引きずり下ろされた恐怖を思い出したのか、すっかり大人しくなっていた。
ひとまず一件落着。そう思ったでぃんは、拘束されたグリフォンたちへと目を向けた。
「……あれ?この子、他の子と違う」
一頭だけ上半身は鷲だが、下半身は獅子ではなく馬に似ている。立派な蹄があり、他のグリフォンとは明らかに姿が違っていた。
アロワナもその姿を確認すると静かに頷いた。
「…これはグリフォンではありませんね」
「えっそうなんですか……?」
「ええ。上半身が鷲、下半身が馬。ヒッポグリフですね」
「ヒッポグリフ……!」
でぃんは目を輝かせた。ヒッポグリフは非常に珍しい魔物であり、人に飼い慣らされている個体となればさらに希少な存在だった。
図鑑でしか見たことのない存在に興味を抑えきれず、でぃんはそっと手を伸ばした。するとヒッポグリフは彼女の手に自ら頭を擦り寄せた。
「わあ……可愛い!」
「そいつ、俺たちには全然懐かなかったんだけどな……」
空賊の頭領が呆れたように呟いた。どうやら彼らもこのヒッポグリフの扱いには相当苦労していたらしい。
「それで、この子はどこで手に入れたのですか?」
アロワナが尋ねると、頭領は少し気まずそうに目を逸らした。
「……闇市だ」
「ほう、闇市ですか」
「ああ、森で密猟された個体だ。珍しい魔物を手に入れたはいいが、気性が荒く手を焼いていたんだ」
でぃんはヒッポグリフを見つめた。彼女の手の中で、ヒッポグリフは気持ちよさそうに目を細めている。
「こんなにかわいいのに、懐かなかったんですか……?」
「そりゃ俺も努力はしたさ。高い金を払って買ったのに、近づくだけで暴れるんだからな」
頭領は肩をすくめた。でぃんはヒッポグリフの頭を優しく撫で声をかけた。
「そっか。大変だったんだね…。もう大丈夫だよ」
ヒッポグリフは、まるで返事をするように彼女の手へ頭を擦り寄せた。
「ふふっ。本当は甘えん坊なのかな?」
「少なくとも、でぃんさんとは相性がよろしいようですね」
アロワナが微笑むと、でぃんは嬉しそうに頷いた。
「はい、とってもかわいいです!」
ヒッポグリフはしばらくでぃんの手に甘えていたが、やがて顔を上げると彼女の肩に嘴を寄せた。でぃんがくすぐったそうに笑うと、今度は彼女の頬をつついた。
「わっ、くすぐったいよ!」
まるで遊んでほしいと訴えるような仕草に、でぃんはすっかり夢中になっていた。
「これは驚きましたね。ヒッポグリフがここまで人に心を許すとは」
「やはり勇者様には、魔物を惹きつける不思議な力があるのでしょうか……!」
仲間たちが感心したように見守る中、でぃんは首を傾げた。
(いや、普通に懐いてくれただけだと思うんだけどなあ……)
そもそも、自分は特別なことなど何もしていない。ただ可愛いと思って撫でていただけだ。
それなのに、どうしてこうも大げさな話になってしまうのだろう。
(私、いつの間にそんなすごい人間になったの……?)
そんな彼女の内心など知る由もなく、仲間たちは勇者の偉大さについて語り合っていた。
その後、空賊たちは近くの街の自警団へ引き渡すことになった。事情を説明すると自警団の隊長は安堵したように胸を撫で下ろした。
「いやあ助かりました!最近この辺りで空賊の被害が増えていたんですよ。これでようやく一安心です」
「お役に立てて何よりです」
アロワナが丁寧に答えると、隊長は拘束されたグリフォンたちを見て、困ったように頭を掻いた。
「それで、こいつらなんですが……」
「グリフォンたちがどうかしましたか?」
「正直、私どもには扱いきれません。野生に返すとしても、この辺りでまた人を襲うようになったら困りますし……」
隊長は少し考えた後、でぃんへ向き直った。
「勇者様。大変恐縮なのですが、この子たちをお任せできませんでしょうか?」
「えっ、私たちがですか!?」
思いがけない申し出に、でぃんは目を丸くした。
「もちろん無理にとは申しません。ただ、勇者様ならこの子たちを安全な場所へ連れていけるのではないかと……」
隊長は期待を込めた眼差しを向けた。
(ええっ!?私たちが引き取るの!?)
でぃんは思わずグリフォンたちを見つめた。
確かに魔王城まではまだ遠い。
徒歩や馬車で向かうとなれば、相当な時間がかかる旅になる。空を飛んで移動できるグリフォンがいれば大幅な時間短縮になるだろう。
「……まあ、移動手段が増えるのはありがたいですよね…」
でぃんがそう言うと、他の者たちも納得したように頷いた。
「さすが勇者様!名案ですね!」
(いやいや待って!?なんで私が決めたことになってるの!?)
でぃんは曖昧な笑顔を浮かべたまま、心の中で頭を抱えた。
空賊を捕まえたのもグリフォンを引き受けることになったのも、別に自分が望んだわけではない。気づけば周囲が話を進め、いつの間にか自分がその中心に立たされている。
(誰か代わってよぉ……!私、普通の冒険者に戻りたいんだけど……!)
しかし、仲間たちの期待に満ちた眼差しを向けられると、無責任に投げ出すこともできなかった。
(なぜ私なんですか女神様……!!!)
でぃんは笑顔の裏で、ひっそりと涙をのんだ。
「ですが、私たちで本当に大丈夫でしょうか……?」
でぃんは心配そうにグリフォンたちを見つめた。彼らは拘束を解かれても逃げ出すことなく、周囲を警戒するように首を動かしている。
「まずは少しずつ慣れてもらいましょう。いきなり長距離を飛ぶのは、この子たちにも負担でしょうから」
アロワナの言葉にでぃんも頷いた。
「……そうですね。これからよろしくね」
でぃんがグリフォンたちへ声をかけると、一頭が興味深そうに彼女の手の匂いを嗅いだ。しかしすぐに顔を背けてしまう。
「うーん、まだ警戒されてるみたい……」
「焦る必要はありませんよ。信頼関係というものは時間をかけて築くものですから」
アロワナがそう助言した直後、ヒッポグリフが彼女のそばへ寄り再び頭を擦り寄せてきた。
「ふふっ。あなたは私と一緒に来たいの?」
ヒッポグリフは、まるで肯定するように小さく鳴いた。
「決まりですね」
アロワナが微笑む。
「えっ、決まりなんですか!?」
「本人も望んでいるようですから」
「そ、そういうものなんでしょうか……?」
(いやいや、ちょっと待って!?この子が懐いてくれたのは嬉しいけど、もう連れていくことまで決まっちゃったの!?)
戸惑いながらも、でぃんはヒッポグリフの首を撫でた。
嬉しそうに目を細める姿を見ていると、無理に引き離す気にもなれない。
(……うん。可愛いから、まあいっか……)
こうして勇者一行は、グリフォンたちを引き受けて魔王城を目指すことになった。
出発の準備を整え、でぃんはヒッポグリフの背に乗ろうとした時、ヒッポグリフは彼女の意図を察したかのように身を屈め乗りやすいように背を低くした。
「わあ、ありがとう!」
でぃんが背に乗ると、ヒッポグリフは満足そうに翼を広げた。
「勇者様はヒッポグリフをも手懐けてしまうのですね……!」
「さすが勇者様!」
「……」
(勇者関係あるのかなあ……)
どう考えても、ただ動物に好かれただけである。少なくとも、でぃん自身には何か特別な力を使った覚えなどなかった。
しかし、ここで否定したところで、きっと「ご謙遜を!」と返されるのだろう。
(もういいや……。何を言っても勇者様って言われる気がする……)
でぃんはそっと遠い目をした。
その一方で、アロワナは各自の装備を確認していた。空中で荷物を落とせば回収するのも一苦労だ。食料や水袋がしっかり固定されているかを確かめ、仲間たちにも声をかける。
「皆さん、荷物の確認は済みましたか?飛行中は風も強くなります。くれぐれも無理はなさらないように」
「はい!」
「それから、グリフォンたちの様子にも気を配ってください。疲労が見られたら、適宜休憩を挟みましょう」
でぃんも荷物を確認しながら、これからの旅に思いを巡らせた。
魔王城までは、まだまだ長い道のりだ。空を飛べるようになったのは大きな進歩だが、慣れない乗り物での移動がどれほど大変なのかは実際に飛んでみなければわからない。
(落ちたりしないよね……?大丈夫だよね……?)
ふと足元を見て、でぃんは慌てて視線を戻した。
(うん。下を見るのはやめよう!)
やがて全員が準備を終えたのを確認すると、グリフォンたちは大きな翼を広げた。
「それでは、魔王城を目指して出発しましょう!」
でぃんの声を合図に、勇者一行は一斉に空へと飛び立った。
地面が遠ざかり、眼下に広がる街並みがみるみるうちに小さくなっていく。屋根の一枚一枚が見分けられなくなり、やがて街全体が小さな模型のように見えた。
「わあ……!すごい景色!」
でぃんは思わず声を上げた。頬を撫でる風は冷たかったが、それ以上に空を飛ぶ高揚感が勝っていた。
(いや、景色はすごいよ?空を飛ぶのも楽しいよ?でもさあ……)
でぃんは仲間たちを見渡した。皆、魔王城への旅に意気揚々としている。
(誰か代わってくれないかなあ……。勇者の役目、代わってくれる人いないかなあ……)
魔王城まで、まだまだ長い道のりが続く。
(私、帰ったら絶対に酒場で勇者辞退の手続きについて調べよう……)
そんな決意を胸に秘めながら、でぃんはヒッポグリフの首を優しく撫でた。
「これからよろしくね」
声だけは明るかった。
もっとも、勇者の座を誰かに譲れる日が来るのかは、本人にもさっぱりわからなかった。
「きゅっ」
「毛玉ちゃん、しっかりつかまっててね」
魔王城までの長い旅路は、こうして空から始まった。




