見たことないのに【17話】
魔王城に向けて出発した勇者一行は、街道を進んでいた。
道中多少の魔物との遭遇こそあれど、大きな問題もなく順調に進んでいた。
そんな時だった。
「勇者様!空賊です!」
「え?!」
「……グリフォンもいますね……」
「ええ?!」
でぃんは慌てて空を見上げた。青空を背景に数羽のグリフォンが羽ばたいている。その背には武装した人影があり、先頭の一羽にはひときわ大柄な男が乗っていた。
「な、なんで空賊が……!?」
「この辺りは空賊の縄張りになっていると聞いたことがあります!」
「そういうことは先に教えてくださいよぉ!」
思わず叫んだでぃんに、仲間たちは申し訳なさそうに顔を見合わせた。
「申し訳ありません!まさか遭遇するとは思わず……!」
「いえ、謝らなくて大丈夫ですから!」
(どうしよう……!どうやって戦えばいいの!?)
地上であれば剣や魔法で応戦することもできる。しかし、相手は空を飛ぶグリフォンに乗っている。こちらから攻撃を仕掛けるのも難しければ、逃げ切るのも容易ではない。
でぃんが対策を考えていると、空賊たちは頭上を旋回し始めた。
「おい、そこの連中!荷物を全部置いていきな!」
空から男の声が響き渡る。
「抵抗しなけりゃ命までは取らねえ!ありがたく思いな!」
(全然ありがたくない……!)
でぃんは腰の剣に手をかけたものの、どうしたものかと仲間たちを見回した。
「勇者様、ご指示を!」
「えっ、私ですか!?」
当然のように判断を委ねられ、でぃんは目を白黒させた。
(どうしよう、どうしよう……!グリフォンなんて初めて見たのに……!)
その瞬間、空からグリフォンの爪が迫った。
「いやあぁ!どうしよう!!」
「勇者様!」
「きゅっ!!」
グリフォンが急降下し、鋭い爪を振り下ろした。でぃんは咄嗟に身を屈めたが、爪先が兜を掠め、甲高い音が鳴り響く。
毛玉は全身の毛を逆立て、威嚇のポーズをとった。
「ひぇっ!?あ、危なかった……!毛玉ちゃん大丈夫?」
「ぎゅい!!!」
グリフォンは再び上空へと舞い上がり、旋回を始めた。
「勇者様に傷ひとつつけさせるな!」
仲間たちはでぃんを守るように陣形を組んだ。しかし、上空から一方的に攻撃されては反撃もままならない。
「へっ!勇者だか何だか知らねえが、地面からどうやって攻撃するつもりだ?見たところ遠距離攻撃手はいないようだな!」
空賊の男が嘲笑うと、別のグリフォンが翼を大きく広げた。巻き起こった風に砂埃が舞い上がり、でぃんたちは思わず顔を覆う。
「勇者様、お下がりください!」
(どうしよう!このままじゃみんなが危ない……!でも、どうやって空の敵と戦えばいいの!?)
でぃんが必死に考えていると、隣に立つアロワナが静かに口を開いた。
「皆さん、少しだけ下がっていただけますか」
「司祭様……?」
アロワナは穏やかな笑みを浮かべたまま、上空のグリフォンを見据えた。
「なるほど……。少々厄介な相手ですね」
アロワナは聖杖を掲げ、静かに祈りを捧げるように詠唱を始めた。
「司祭様、何か策があるんですね!」
「ええ、少々手荒ですが……地上にお戻りいただきましょう」
「はい!お願いします!」
ぶわっとアロワナの周囲に白い魔法陣が浮かび上がった。幾重にも光の輪が広がり、白銀の粒子が羽のように舞い上がる。
アロワナは目を閉じ、祈りを捧げるように穏やかな声で言葉を紡いだ。
「天の御許に座す慈悲深き主よ。迷える者たちに導きを。傲れる翼に戒めを。彼らを大地のもとへと導きたまえ」
その声は不思議なほど澄み渡り、まるで聖堂の鐘の音のように勇者一行の耳へと届いた。
「おお……!なんという神聖な祈り……!」
「これほどの奇跡を……さすがアロワナ殿!」
仲間たちが感嘆する中、アロワナは聖杖を空へと向けた。
「願わくば、その御手をもって彼らを導きたまえ。天より舞い降り、再び大地の恩寵を授けよう」
次の瞬間、魔法陣が一斉に輝いた。
「な、なんだ!?」
魔法陣から無数の鎖が飛び出した。
光り輝く白い鎖は、意思を持つ生き物のように空を駆け、グリフォンたちの翼や脚へと絡みついていく。鎖の表面には聖なる文字が浮かび上がり、淡い光を放っていた。
「なっ!?なんだこりゃあ!」
「鎖が外れねえ!おい飛べ!飛びやがれ!」
グリフォンたちは必死に翼を羽ばたかせる。しかし鎖はびくともしない。それどころか空へ逃れようとするほど鎖は強く輝き、彼らの身体を地上へと引き寄せていった。
アロワナは聖杖を片手に持ち替えると、もう一方の手で鎖を握った。
「────さあ、こちらへおいでなさい」
穏やかな声とともに、アロワナは鎖をぐっと引いた。
まるで綱引きでもするかのように、両足を踏みしめ身体をわずかに後ろへ傾ける。
白い鎖が一斉に張り詰め、空中のグリフォンたちが大きく傾いた。
「うおおおおおおっ!?」
「待て待て待て!引っ張るんじゃねえ!!」
空賊たちが必死に手綱を引くが、グリフォンたちはじりじりと高度を下げていく。
アロワナは涼しい顔で、もう一度鎖を引いた。
「よいしょ」
その一言とともに、鎖が勢いよく引き絞られた。
「よいしょで済む力じゃないですよね!?」
でぃんの叫びも虚しく、グリフォンたちは次々と地上へ引きずり下ろされていく。
「落ちる!落ちるぅぅぅ!!」
やがてグリフォンたちは次々と地上へ落ちていった。空賊たちは悲鳴を上げながら地面に転がり、砂埃が盛大に舞い上がる。
アロワナは鎖を静かに手放そうとした。
しかし、地面に転がった空賊たちが慌てて立ち上がる。
「くそっ、こうなったら地上戦だ!お前ら、やっちまえ!」
「……まだお話が終わっていないようですね」
アロワナは穏やかな笑みを浮かべたまま、聖杖をわずかに傾けた。
すると、消えかけていた白い鎖が再び輝きを増した。
「え?」
空賊の一人が間の抜けた声を漏らした瞬間、地面を這うように鎖が走った。
「うわっ!?」
「な、なんだこれ!?」
白い鎖は空賊たちの足首や手首に次々と絡みつき、瞬く間に全員を拘束していく。逃げようとした者は足を取られ、武器を抜こうとした者は腕を縛られ、あっという間に身動きが取れなくなった。
「おい!ほどけ!」
「暴れないでくださいね。怪我をしてしまいますよ」
アロワナはにこやかに忠告した。
その直後、一人の空賊が無理やり鎖を引きちぎろうと力を込めた。
「こんな鎖、ぶっ壊してやる!」
鎖はびくともしなかった。
「……こ、こわれねえ」
アロワナは小さく首を傾げ、握った鎖を軽く引いた。
「よいしょ」
「うおおおおおっ!?」
空賊たちの身体が一斉に引き寄せられ、互いにぶつかり合いながら一箇所に転がった。
「いってぇ!」
「お前こっちに倒れてくんな!」
「そっちこそ押すなぁ!」
先ほどまで空を自在に飛び回っていた空賊たちは、今や白い鎖でひとまとめにされ地面の上で団子状態になっていた。
グリフォンたちもおとなしく地面に伏せている。
アロワナは満足そうに頷いた。
「はい。これなら逃げられませんね」
「…………」
でぃんは呆然とその光景を眺めた。
(司祭様が、綱引きの要領で空賊をまとめて捕まえちゃった……)
「す、すごい……!さすが司祭様!」
「きゅっ!」
思わず漏れた素直な感想に、仲間たちが一斉に振り返った。
「さすが勇者様!アロワナ殿の実力を見抜いておられたのですね!」
「えっ、いや、私は何も……!」
(どうして毎回私を持ち上げるの…!)
その間にも、アロワナは縛り上げた空賊たちの前にしゃがみ込んだ。
「さて、皆さん。少々お話を聞かせていただけますか?」
柔らかな笑顔と、地面に転がる空賊たち。
穏やかに吹く風と対称に、嵐が訪れるような寒気が走った。




