それは反則【16話】
三日間の空の旅を終え、ガッデムたちはついに魔王城へと到着した。深い森に囲まれた城は、長い年月の経過を感じさせるものの、外壁や尖塔はしっかりと形を保っていた。蔦に覆われた正面の扉も多少傷んではいるが、建物そのものが崩れる気配はない。
「おお……!これが魔王城か!」
ガッデムは感嘆の声を上げた。この三日間過酷な空の旅を終えたガッデムにとって、目の前の光景は夢のようだった。
「思ったより立派ですね!掃除すれば普通に住めそうですよ」
がろが城を見上げながら感心したように言う。
「うむ!さすがは魔王の居城!長き時を経てもなお、その威厳は失われておらぬ!」
ガッデムは胸を張り、堂々と頷いた。
(すごい!本物の城だ!めっちゃ魔王っぽい!)
「ガッデムさん、顔がにやけてますよ」
「にやけてなどおらぬ!我輩は城の歴史に思いを馳せているのだ!」
「へえ。歴史に」
「そうだ!」
がろの生温かい視線を振り切るように、ガッデムは大扉へと歩み寄った。錆びついた取っ手を掴んで力を込めると、重たい音を立てながら扉がゆっくりと開いていく。
エントランスは広々としていて、正面には上へ続く大階段があった。床には埃が積もり壁に掛けられた燭台も黒ずんでいるが、天井や階段には大きな損傷は見当たらない。奥にはいくつもの扉が並び、窓から差し込む陽光が薄暗い室内を照らしていた。
「ほう……中も悪くないな」
「水回りが使えるかは分かりませんけど、寝泊まりするだけなら問題なさそうですね。部屋もたくさんありますし」
「うむ!…まずは掃除からだな!」
(寝室はどこだ?書斎も欲しい。いや、せっかく城があるのだから玉座の間も必要だろう。玉座に座って部下を従える……すごい!めっちゃ魔王っぽい!)
「ガッデムさん、まだ住むと決まったわけじゃないですよ」
「我輩は何も言ってない!」
「顔に全部出てますけど」
そんな二人のやり取りをよそに、謎の少女はエントランス中央で立ち止まっていた。ローブに覆われた顔から表情を窺うことはできない。ただ、彼女は壁や階段、天井に残された装飾を、ひとつひとつ確かめるように見つめていた。
「……懐かしいなあ」
その声は、いつもの軽い調子とは少し違っていた。
「ん?ここに来たことがあるのか?」
ガッデムが振り返ると、少女は肩をすくめた。
「さあ、どうだったかなー」
「いや今懐かしいと言ったではないか!」
「耳大丈夫?」
「我輩の耳を疑うな!」
少女はそれ以上答えず、奥の廊下へと歩き出した。その足取りには迷いがなかった。左右に並ぶ扉を眺めることもなく、まるで目的地を知っているかのように進んでいく。
がろはその背中を見送り、ガッデムのそばへ寄った。
「……ガッデムさん。謎さんってやっぱり何か知ってるんじゃないですか?」
「そもそも謎の少女という呼び名からして怪しい」
「自分で謎って名乗ってるわけですからね」
「うむ。あの迷いない足取りはこの城について何か知っているに違いない」
(そもそもなんであいつは魔王城の場所を知っている?)
「おーい二人とも。こっちだよ」
廊下の先から少女の声がした。
ガッデムは慌てて杖を握り直した。
「おい待て勝手に先へ進むな!説明しろ!」
「説明って何を?」
「お前がこの城について知っていることをだ!」
「んー……いろいろ?」
「いろいろでは分からん!」
少女は楽しそうに笑い、廊下の奥へと消えていった。
ガッデムたちは城内を見て回ることにした。使えそうな部屋を探し、寝具や家具の状態を確認し水回りが使えるかも調べていく。幸いにも、厨房には古い調理器具が残っており、倉庫には掃除道具や使えそうな備品も保管されていた。
「最近まで誰かが住んでいたみたいですね」
「……そのようだな。」
多少の修繕と掃除は必要だが、ここを拠点にすることは十分に可能だった。
「よし!ここを我々の拠点とする!」
「いつの間に決まったんですか?」
「今だ!」
「まあ、俺は賛成ですけどね。屋根もあるし、野宿しなくて済みますし」
「うむ!お前は話が分かるな!」
(これだけ王都から離れていれば勇者も追いつけないだろう。憧れの魔王城、住んでみたかった!)
謎の少女はそんな二人を眺めながら、静かに廊下の奥へと目を向けていた。
翌日。
朝から城内には箒で床を掃く音や家具を動かす音が響いていた。生活できる場所を確保するため、三人は手分けして掃除を進めていた。
しかし、広い城をたった三人で掃除するのは骨が折れる。どこまでやっても終わりが見えない。
「……飽きました」
とうとう、がろは雑巾を放り投げた。
「奇遇だな、我輩もだ」
ガッデムも箒を壁に立てかける。終わりが見えないためある程度の妥協も必要だろう。
「そうだ、ガッデムさん。少し稽古つけてくださいよ」
「…よかろう。弟子の成長を確かめるのも師匠の務めだからな」
「ありがとうございます!弟子と認めてくれたんですね!」
がろは嬉しそうに笑った。
二人は稽古に使えそうな場所を探して城の裏手へ向かうことにした。その途中、がろは倉庫の前で足を止めた。
「そういえば、ここに武器がたくさんありましたよね。ちょっと見てきてもいいですか?」
「構わん。使えそうなものがあれば持ってくるがよい」
倉庫の中には、古びた武器や鎧がいくつも並んでいた。長い年月のせいか錆びついたものも多かったが、手入れをすれば使えそうな品も残っている。
その中で、がろは一本の巨斧に目を留めた。
長い柄に重厚な刃を備えたそれは、無骨だが刃こぼれも少なくまだ十分に使えそうだった。
「おっ、これいいな」
がろは巨斧を手に取ると、両手で握り軽く振ってみた。何度か構え直して重さを確かめるうちに、自然と笑みがこぼれる。
「なんか手に馴染むなあ。これ、使ってもいいですか?」
「うむ。武器との相性は大切だからな。好きに使え」
「やった!」
がろは巨斧を肩に担ぎ、意気揚々と裏庭へ向かった。
裏庭は雑草が生い茂っていたが開けた場所が残っていた。稽古場として使うには十分だろう。
ガッデムは愛用の杖を構え、がろと向かい合った。先端の赤い水晶が陽光を受けて輝いている。
「始めるか」
「お願いします!」
がろも巨斧を両手で握り、腰を落として構えた。
「いつでもいいぞ」
「はい!いきます!」
がろは地面を蹴った。刃が唸りを上げて振り下ろされる。ガッデムは慌てることなく半歩だけ身を引き、杖の柄で斧の軌道を逸らした。
巨斧が地面を叩き、土埃が舞い上がる。
「力任せに振るうな。大振りになれば、それだけ隙ができるぞ」
「はい!」
がろはすぐさま体勢を立て直し、今度は横薙ぎに斧を振るった。ガッデムは杖で受け流しながら、弟子の動きを注意深く観察する。
「悪くない。が、踏み込みが浅い。武器の重さに振り回されるな。遠心力を使え。」
「遠心力……!」
がろは言われたことを意識し、構えを整えた。
(すごい。以前より動きがよくなってる。あとは力の使い方を覚えればもっと伸びるし俺の事なんて軽く超えていくだろうな。)
ガッデムは口元に笑みを浮かべた。自分の教えを吸収していく弟子の姿を見るのは、悪い気分ではない。
「次はこちらからいくぞ!」
「お願いします!」
ガッデムが杖を振るう。がろは斧の柄で受け止めようとしたが、衝撃に腕が痺れ、思わず後ずさった。
「うわっ、重っ!それ木製の杖ですよね?!」
「ふふん、これは特注の杖だ。相手の力を真正面から受けようとせず、受け流せるところは受け流すのだ」
「はいっ!」
アドバイスをした後、ガッデムは素早くがろの背後に回り込んだ。杖を横向きにしてがろの首に押し当て、そのまま腕に力を込め逃げられないよう締め上げる。
「ぐえっ……ガッデムさんそれ反則……っ!」
「ふん、反則もくそもあるか。実戦ではこの程度じゃ済まないぞ」
「そうですけど……っ」
がろはなんとか振り払い、距離をとった。
体勢を立て直し、巨斧を構え直す。
(よし、目付きが変わった。これが師匠をする醍醐味よ)
二人は何度も打ち合った。がろは巨斧を振るうたびに少しずつ動きを修正し、ガッデムも師匠として的確に助言を与えていく。やがて、がろの呼吸が荒くなってきた頃、ガッデムは杖を下ろした。
「よし、今日はここまでにするか」
「えっもうですか?自分まだいけますよ!」
「焦るな。疲れた状態で無理をすれば悪い癖がつく。稽古は毎日続けることが大切なのだ」
「……さすがガッデムさん。勉強になります!」
がろは巨斧を担ぎ直し、満足そうに笑った。
そのとき、裏庭へ続く扉から謎の少女が顔を出した。
「ねえ二人とも、掃除は?」
「…………」
「…………」
二人は揃って目を逸らした。
「いやこれはだな……」
「体を動かすのも大事かなって……」
「ふうん。じゃあ、明日は掃除十倍ね」
「なぜだぁぁぁ!」
魔王の悲鳴が、静かな城の裏庭に響き渡った。




