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大変です【14話】

翌朝。

宿の一室で、勇者でぃんは身支度を整えていた。


(昨日のお兄さん、優しかったなぁ……)


昨夜酒場で出会った黒髪の男性を思い出し、でぃんは小さく微笑んだ。見ず知らずの自分にも気さくに接してくれる、どこか憎めない人だった。

そんなことを考えながら毛玉の頭を撫でていると、部屋の扉が勢いよく開いた。


「勇者様!大変です!魔王の気配が途切れました!」

「えっ!?」

「昨夜までは確かに気配を感じていたのですが、今朝になって突然消えたのです!急いで追いましょう!」

「わ、わかりました!気配が途切れたということは……魔王だし、魔王城に向かったとかですかね?」


「さすが勇者様!」

「確かに!魔王が向かう場所といえば魔王城!」

「我々では思い至りませんでした!」


仲間たちは感心した様子で頷き合った。


「い、いえ!普通に考えただけですから!」

(ちょっと考えたらわかることでは……!?)


でぃんは複雑な気持ちを押し隠し、慌てて荷物をまとめ始めた。勇者として期待されるのはありがたいが、何を言っても大げさに受け取られてしまうのは困りものだった。


支度を終えた一行は、魔王城までの道のりを確認するため地図を広げた。しかし、仲間の一人が地図を眺めるうちに、次第に表情を曇らせていく。


「ただ、魔王城までは馬車を使っても一ヶ月はかかります。しかも、道中には強力な魔物が出没する危険区域があります」

「一ヶ月ですか……。それに危険区域まで……」


でぃんは思わず肩を落とした。一ヶ月もの旅となれば、食料や装備の準備だけでも大変だ。ましてや、危険な魔物が出るとなれば話は別である。


「現在の編成では回復役が足りません。負傷者が出た場合、立て直すのは困難でしょう」

「そうですね……。どうしたものでしょうか」


仲間たちは地図を囲み、あれこれと意見を出し合った。回復役を探すにしても、危険な旅に同行してくれる者が都合よく見つかるとは限らない。


(魔王を追うのも大変だけど、まずは回復役をどうにかしないと……)


勇者として魔王を討伐する覚悟はある。しかし、無策で危険区域に飛び込むほど無謀ではないつもりだった。どうにかして仲間の安全を確保しなければならない。


ひとまず宿を出て街の門へと向かった。道中で冒険者ギルドに立ち寄るべきか、それとも近くの教会で人を紹介してもらうべきか。話し合いながら歩いていたでぃんは、ふと門の先に見覚えのある人物が立っていることに気づいた。


「あれ?司祭様……?」


そこにいたのは、昨日会った司祭だった。服装は昨日と違い、白を基調とした少し簡素なものになっている。


「おはようございます、でぃんさん」

「お、おはようございます。あの……どうしてこちらに?」

「勇者様をお待ちしておりました」

「私を、ですか?」


でぃんが首を傾げると、アロワナは穏やかに微笑んだ。


「改めて自己紹介を。この街の教会で司祭を務めているアロワナと申します」


丁寧に一礼するアロワナを見て、仲間の一人がはっと顔を上げた。


「……聞いたことがあります。回復役として名を馳せた有名な冒険者では?」

「えっ、そうなんですか!?」


でぃんが驚いて振り返る。


「まさか、あのアロワナ殿だったとは……!」


仲間たちの間にどよめきが広がった。かつて数々の冒険者を支えた回復役。その名を知る者にとって、アロワナの存在は思いがけない幸運だった。


アロワナは少し困ったように笑う。


「昔の話ですよ。今は教会で静かに暮らしております」

「それで、司祭様はどうして私たちを……?」


でぃんが尋ねると、アロワナは荷物や装備を見渡した。


「魔王城へ向かわれるのでしょう?道中は危険なうえ、回復役が不足しているとお見受けします。自分もご一緒させていただければと思いまして」

「そ、それは……とても心強いです!ぜひよろしくお願いいたします、司祭様!」


でぃんが頭を下げると、仲間たちは感極まった様子で顔を見合わせた。


「こんな有名な方とお知り合いだなんて、さすが勇者様!」

「しかも、我々が困っていることまで察してくださるとは……!」

「きっと勇者様のお人柄に惹かれて、司祭殿も力を貸してくださるのでしょう!」


「ち、違うと思います!私も昨日お会いしたばかりですから!」

「ご謙遜を!初対面の方にまで慕われるとは、さすが勇者様!」

「そ、そういうことでは……!」

(本当に誰も私の話を聞いてくれない……!)


でぃんは頭を抱えた。否定すればするほど称賛が増えていく。もはやどうすれば誤解が解けるのか、でぃんはわからなくなった。

そんなでぃんを見て、アロワナは穏やかに微笑んだ。


「それでは皆さん、道中よろしくお願いいたしますね」

「はい!よろしくお願いいたします、司祭様!」


仲間たちの声が揃い、でぃんも慌てて姿勢を正した。


こうして勇者一行は、頼もしい回復役を迎えて魔王城への旅路を歩み始めた。目的地までは順調に進んでも馬車で一ヶ月。長く険しい旅の幕開けである。

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