なんとかしてくれ【12話】
眠れなかった。
ベッドに入ってから何度寝返りを打ったことか。目を閉じても眠れず、考え事ばかりが頭を巡る。
(……どうしよう。勇者、もうこの街まで来てるのかな……。まだ大丈夫だよな?大丈夫だよね?)
考えれば考えるほど不安になり、ガッデムはとうとうベッドから起き上がった。
(……酒でも飲もう)
気晴らしに一階の酒場へ降りると、夜更けだというのにまだ何人かの客が残っていた。
ガッデムはカウンター席に腰を下ろし酒を注文した。
グラスを傾けながら、ぼんやりと店内を眺めていると、隣から小さな声が聞こえてきた。
「うぅ〜……もう一杯くださいぃ……」
隣に目を向けると、白髪を三つ編みにした女性がカウンターに突っ伏していた。頬は赤く染まり、目はとろんとしている。どうやらすでにかなり酔っているらしい。
(……大丈夫かな、この人)
少し心配になったものの、よく見ると整った顔立ちをしている。
(……お。かわいい人だな)
せっかく隣に座っているのだ。少しくらい話しかけてもいいだろう。
ガッデムは女性にそっと声をかけた。
「こんばんは。かなり飲んでるみたいだけど、大丈夫ですか?」
女性はゆっくりと顔を上げた。
「……はいぃ?」
焦点の合わない瞳が、ガッデムを捉える。
「水も飲んだ方がいいよ。俺が頼もうか?」
「……お兄さん、やさしいですねぇ」
(よし!第一印象は悪くない!)
「そうかな?ありがとう。俺、デムっていうんだ。君は?」
本名を名乗るわけにはいかない。咄嗟に思いついた偽名だったが、今のところ怪しまれてはいないようだ。
「でぃんですぅ」
「でぃんちゃんか。良い名前だね」
「えへへぇ……」
でぃんは嬉しそうに笑った。
(……かわいい。いや、待て待て。俺は、紳士だ。)
「一人で飲んでたの?誰かと待ち合わせとか?」
「ひとりですぅ……」
「そっか。じゃあ、よかったら俺も一緒に飲んでいいかな?もちろん、嫌じゃなければだけど」
「いいですよぉ」
(やった!)
ガッデムは内心で小さく拳を握った。
「ありがとう。じゃあ、改めて乾杯しようか」
グラスを軽く合わせると、でぃんは嬉しそうに酒を口に運んだ。
「デムさんはぁ、どうしてここにいるんですかぁ?」
「ちょっと眠れなくてね。気晴らしに降りてきたんだ」
(本当は勇者が怖くて眠れないんだけど……言えるわけないよな)
「そうなんですねぇ……」
でぃんは納得したように頷くと、カウンターに頬をくっつけた。
「……ねむぃ」
「眠いなら、無理して飲まなくも…」
「でもぉ……まだ飲み足りないぃ……」
「そっかー。もう少しゆっくり飲もうね」
ガッデムは苦笑しながら、店主に水を頼んだ。
(……ナンパするつもりだったのに、なんだか介抱してるみたいになってきたな)
それでも、不思議と悪い気はしなかった。
やがて、でぃんはふらふらと立ち上がり、店主に代金を払うと酒場を出ていった。
「大丈夫かな……」
ガッデムは心配そうにその背中を見送った。あの足取りでは、宿まで無事に帰れるのかも怪しい。
(……送っていった方がいいかな?いやでも初対面だしな。いきなりいったら怖がられるかもしれないし……)
悩んでいると、ふと背筋に冷たいものが走った。
誰かに見られている。
そう感じて店内を見回したが、客たちはそれぞれ酒や会話を楽しんでいるだけだった。
(……気のせい、だよな?)
なぜかそれ以上でぃんを追いかける気にはなれなかった。
ガッデムは残った酒を飲み干し、追加の一杯を注文した。その頃には勇者への不安もすっかり酒に溶けていた。
「ふふ……俺、今日はいい出会いをしたなぁ……」
すでに頬を赤く染め、上機嫌でグラスを傾けている。
そこへ酒場の扉が開いた。
「ガッデムさん!」
聞き慣れた声に、ガッデムはのんびりと振り返った。
「おー、がろぉ。お前も飲むかぁ?」
「いや、飲んでる場合じゃないっす!」
がろは周囲の客を気にしながらガッデムの隣に駆け寄り、声を潜めた。
「ガッデムさん!やばいですよ!もう勇者がこの街に来ています!すぐ出ないと!」
必死に訴えかけるがろの顔は真剣そのものだった。心配しているんだろう。
(なんて健気なの……)
ガッデムは感動した。
(俺の身を案じて、こんなに急いで知らせに来てくれたのか……。がろ、お前ってやつは……!)
「……ガッデムさん?聞いてます?」
「聞いてる聞いてるぅ……」
ガッデムはにこにこと笑いながら、がろの肩をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫だよぉ。勇者なんて、まだ来ないってぇ……」
「いや、もう来てるんすよ!!」
がろは思わず頭を抱えた。
(駄目だこの人……完全に酔ってる……!)
目の前でへらへら笑う魔王を見て、がろは深いため息をついた。
勇者はすぐそこまで迫っているというのに、当の本人は酒場で酔いつぶれかけている。
(どうすりゃいいんだ……)
そこへ謎の少女が姿を現した。
「おー、出来上がってるじゃん」
カウンターでへらへら笑っているガッデムを見て、謎の少女は楽しそうに声を上げた。
「謎さん、何とかしてくださいよ……勇者追いついちゃいますって……」
がろは頭を抱えたまま、すがるような目を向けた。
「大丈夫大丈夫、なんとかなるなる」
謎の少女はひらひらと手を振り、まるで他人事のように笑った。
「ええ……」
本当に大丈夫なのだろうか。
がろの不安はますます深まるばかりだった。
とりあえずこれ以上人目につくわけにはいかない。そう考えたがろは、酔っ払ったガッデムを担ぎ上げるとそのまま宿の部屋へと連れていった。
「うぅ〜……俺はまだ飲めるぞぉ……」
「はいはい、もう寝てください」
ベッドにガッデムを転がすと、がろは大きく息を吐いた。明日の朝すぐに出発できるよう荷物をまとめ、武器の状態も確認しておく。
「……ほんと、勘弁してくださいよ」
眠りこけるガッデムを横目に、がろは出発の準備を整えていった。




