やばい【11話】
教会へと続く道を、がろは歩いていた。
その途中、向こうから歩いてくるローブ姿の少女とすれ違った。
「あれ、謎さん?」
「お、がろじゃん」
「……あれ?眠くて寝てたんじゃないんですか?」
がろは不思議そうに首を傾げた。
「んー、ちょっと目が覚めちゃって」
「そうなんすね。ちゃんと休んだ方がいいですよ」
「はーい」
謎の少女は軽く手を振ると、そのまま歩き去っていった。がろも軽く手を振り返し、再び教会へと向かった。
教会に着いたがろは、静かに扉を開けて礼拝堂へと入った。
高い天井に、色鮮やかなステンドグラス。差し込む光が床に模様を落とす中、祭壇の前では一人の司祭が祈りを捧げていた。
邪魔をしないよう、がろは壁際の長椅子に腰掛けた。祈りが終わるまで待つつもりだったのだが、静かな礼拝堂は妙に居心地がよかった。歩き疲れていたこともあり、いつの間にかまぶたが重くなっていく。
そのまま、がろはうとうとと眠りに落ちてしまった。
「……ろ、がろ」
誰かに呼ばれる声が聞こえ、がろはゆっくりと目を開けた。
「あれ、俺寝てたのか……」
寝ぼけ眼で顔を上げると、目の前には見覚えのある司祭の姿があった。
「おはよう、久しぶりだね、がろ」
「兄さん、久しぶり」
アロワナは懐かしそうに微笑むと、がろの頭をぽんぽんと撫でた。
「ちょっ、さすがに子供扱いはやめてくれよ」
がろは頭を振って、その手を払いのけようとした。
「百年も生きていない人間は皆子供だよ」
「本当に何歳なんだよこの人……」
がろは呆れたように呟いた。久しぶりに会っても、アロワナの年齢不詳ぶりは相変わらずらしい。
教会で幼い頃から育ったがろにとって、アロワナは育ての親のような存在だった。
いつも穏やかで、何を聞いても笑顔で答えてくれる。悪さをすれば叱られることもあったが、最後には必ず頭を撫でてくれた。
ただ、一つだけ不思議なことがあった。
アロワナは、がろが物心ついた頃からずっと青年の姿をしていたのだ。幼い頃は気にも留めなかったが、成長するにつれて違和感を覚えるようになった。
なぜ、この人は年を取らないのだろう。
その疑問を抱いていたある日のことだった。
いつものように礼拝堂で祈りを捧げようとしたがろは、祭壇の前に立つアロワナの姿に目を奪われた。
アロワナは静かに祈りを捧げていた。その背中には大きな羽が広がり、差し込む光を受けて神々しく輝いていた。
幼いがろは、思わず息を呑んだ。
(……神様?)
そう思ってしまうほど、あまりにも神々しい姿だった。しばらくの間、がろはその場から動けなかった。やがてアロワナが祈りを終えると、羽はいつの間にか消えていた。
あれはいったい何だったのか。幼いがろにはわからなかったが、誰かに話そうとは思わなかった。
それ以来、アロワナの正体について尋ねたことはない。
あの日見た光景は、今でもがろだけの秘密である。
「それで、今日はどうしたの?」
アロワナは隣に腰掛け、穏やかな笑みを浮かべた。
「ああ……ちょっと伝説について知りたくてさ」
がろは頬を掻きながら答えた。普段ならこういった話に興味を示すことなどない。アロワナも意外だったのか、目を丸くした。
「おやおや珍しい。昔はあんなに興味なかったのに」
「……ちょっと興味出たんだよ」
「いいよ。今日これを話すのは二人目だね」
「俺以外にもいたの?信者?」
何気なく尋ねたがろだったが、アロワナの返答を聞いた瞬間、表情が固まった。
「……勇者様だよ。今日いらっしゃったんだ」
「……!!!!」
(もう追いついてるのか。ガッデムさんに伝えないと)
がろは平静を装いながらも、内心では大いに焦っていた。まさか、こんなに早く追いつかれているとは思わなかったのだ。
「兄さん、この聖典だけ借りてもいいか?ちょっと用事思い出した」
そういえば伝説もこれに書かれていたはず。がろは長椅子から立ち上がり、祭壇のそばに置かれた聖典を手に取った。
「いいよ。たくさんあるから」
「助かる!じゃあ俺行ってくる!」
「女神様の加護があらんことを。気を付けるんだよ」
アロワナに見送られ、がろは聖典を抱えて礼拝堂を飛び出した。
そのまま教会の入り口を抜け、全速力で走り出す。聖典を落とさないように抱えながら、頭の中ではすでにガッデムへの報告内容を整理していた。
(やばいやばいやばい!勇者がもうそこまで来てる!早くガッデムさんに伝えないと!)
慌ただしく遠ざかっていく足音を聞きながら、アロワナは小さく息を吐いた。
「……これは繋がってるな」
誰に聞かせるでもなく呟くと、アロワナはゆっくりと祭壇の前に立った。
そして、祈るように目を閉じる。
「セラ様、ご説明願えますか?」




