9話 秋大会
「―ストライク!バッターアウト!」
外角のスライダーにバットが回ってしまった。
中学時代とは球の質も速さも全然違う。
それに金属バットも九〇〇グラム越えでうまく扱えない。
「…高校野球、むずすぎだろ…。」
俺は高校野球のレベルの高さに圧倒されていた。
「カキーン!」
快音が響く。
グラウンドを見ると、目の前を颯太が走り抜けていった。
打球は左中間を真っ二つに破る。
相手が打球の処理でもたつく合間に、颯太はあっという間に二塁を陥れた。
「ナーイスバッティーング!」
ツーベースヒットだ。
二塁ベース上で颯太がガッツポーズを見せる。
そんな姿はどこか誇らしく、また悔しかった。
「あーあ。俺もやってみたいな…。」
ここまで一本もヒットを打てていない。
中学時代は、これでもヒットを積み重ねる好打者だったのに…。
「ストライクバッターアウト!チェンジ!」
俺はグラブを持ってグラウンドへと走っていった。
「カーン!」
「レフト―!」
鋭いライナーが飛んでくる。
全速力で打球を追う。
レフト線へと打球が逃げていく。
後ろへ下がりながら一直線に落下地点を目指す。
「尚、飛べ!」
センターの颯太の声が聞こえた。
「よっしゃ任せろ!」
俺は頭から打球に飛び込んだ。
視界が大きく揺れる。
ベルトが腹に食い込んで痛い。
必死でグラブを伸ばす。
砂煙がもうもうと上がる。
グラブには、確かな感触…。
…があってほしかった。
「ノーキャッチ!フェア!」
審判の声が聞こえる。
態勢を立て直してグラブの中を確認する。
もちろんボールはない。
「早く追え!ボール四つ!」
後ろからカットの位置を知らせる声が聞こえる。
「邪魔だ!どけ!」
颯太がフェンス際まで転がった打球を処理し、送球動作に入っている。
「わ危な!」
慌ててしゃがんだ。
頭上をボールが飛んでいくのが見える。
「四つ刺せ!」
ボールを受けたショートがホームへ投げる。
しかし相手のランナーが速かった。
間一髪のタイミングでタッチをかわされてしまったようだ。
「セーフ!ホームイン!ゲームセット!」
…サヨナラ負けだ。
「ドンマイ尚。ナイストライ。惜しかった。」
颯太が声をかけてくる。しかし答える元気もない。
「ゲームセット!」
「ありがとうございましたー!」
相手チームの人と挨拶をする。
そしてそのまま無言で荷物をまとめ、グラウンドを後にする。
「…落ち込んでるのか?尚。あんま気にしすぎるなよ。お前は全力を尽くしただろ…。」
颯太がそっと話しかけてくる。
きっと優しさのつもりなのだろう。
ただその優しさは、今の俺にとって一番聞きたくない慰めだった。
「うるせえな!話しかけんな!」
思ったより大きな声が出てしまった。
周りが驚いてこちらを見る。
俺は顔を伏せて、そのままバスに乗り込んだ。
「尚、ごめん…。」
「いやいい。捕れなかった俺が悪いんだ。練習不足だな。」
「…。」
颯太はもう何も言ってこなかった。
帰りのバスに揺られながら、俺はさっきのプレーを振り返る。
あと少しグラブを伸ばしていれば…。
あと一歩でも打球判断を早くできていれば…。
「あーもうわかんねえよ。」
窓の外を眺めていた颯太がこちらを向く。
急に劣等感に駆られる。
こいつはバッティングもよくて守備もうまくて肩も強い。
それに比べて俺は…。
「あーもうわかんねえよ…。」
消え入りそうな声で呟く。
口に出したからといって何か変わるわけじゃなかった。
むしろ感情が深みへとハマっていく。
「おい、尚…。」
「ほっといてくれ!」
心配そうに肩に手を置いてくる颯太を振り払う。
「あ…うん…。」
窓に映った颯太の顔が見えた。
悲しそうな目をしていた。
その表情が余計に俺の心を蝕む。
颯太には何の悪意もなかった。
ただ俺を心配してくれていただけだった。
だからこそ腹が立つ。
颯太に対してではない。自分に対してだ。
自分が不甲斐ないプレーをして、それをフォローしてくれているのにそれを邪険に扱う。
俺はとんだ屑だ。
「…ほい。これ…。」
颯太が何か差し出してくる。
ハンカチだった。
慌てて頬に手をやる。濡れていた。
「…ありがと。」
受け取ったハンカチで顔を二度、三度と拭いた。
涙と土汚れが染みて黒くなる。
涙を拭き切ると、多少なりとも気持ちが軽くなった。
「…ごめん。汚しちゃった。」
「気にすんな。」
汚れたハンカチを返す。
そして一緒に謝罪をする。
「…すまなかった。せっかく慰めてくれてるのに邪険にして…。」
「気にしなくていいから。ほら外を見てみろ。きれいな夕焼けだ。」
窓の外には真っ赤な夕焼けが広がっていた。
夕日に照らされ、黄金色の水田がより一層光り輝いている。
「黄色…。」
「黄色がどうした?」
颯太が聞いてくる。
いや、黙っておこう。
「別に。何でもないよ。」
「もしかしてお前…。」
「うるせえ黙ってろ!」
「やれやれ。ようやく笑ったなこの野郎。」
バスは沈みゆく夕日へ向けてさらに加速した。




