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10話 札幌研修

 「次は~札幌~札幌。この列車の終点でーす。」

車内アナウンスがあり、俺は降りる準備を始めた。

今日は札幌研修の日だ。

が、俺は説明の時に寝ていたせいで内容が何一つわからない。

「うぅ、寒っ!」

駅に降り立ったら想像よりも寒かった。

鞄からベストを取り出し着る。

「みなさんこちらでーす。」

向こうで先生が呼んでいる。

俺は鞄を閉めると、そのままそっちの方へと歩いて行った。

「…今日ってさ、いったい何をすんのさ。」

横を歩く颯太に小声で聞く。

「確かビール工場見学して、そのあとは市内自由行動だった気がするぜ?」

「あざーす。助かるわ。」

集合時刻通りに全員が集まったのを確認し、俺等の団体は駅を出発した。

「こちらの機械をご覧くださーい。」

歩くこと一五分。

ビール工場に到着した。なぜ未成年の俺たちをビール工場に連れて行くのかはあまりよく理解できていないが、まあいいだろう。

工場の人の説明が入る。

「この場所では濾過をしていまーす。糖化液から固形物を除去して、透明な麦汁を作る工程をここで行っていまーす。」

真面目な奴はメモを開いてしっかり書き留めている。月川は…。

バインダーに紙。

メモガチ勢じゃねえか。

「午後一緒に回ろうぜー。」

颯太に話しかける。

「いいのかーお前?あの人じゃなくて。」

視線の先には月川がいた。

「うるせえ。ほっとけ。」

「ははは冗談冗談。しゃ次進むぞ。」

いつの間にか次の場所に進み始めていた。

「やべえ迷子になっちまうぜ。」

「急がなきゃな。」

去り行く集団を、二人で全速力で走りながら追うことになった。


 「あーようやくフリーだ―!」

「颯太飯食いに行こうぜ。どっかになんかあるだろ。」

工場見学が終わり、自由行動になった。

札幌市内から出なければ基本自由らしい。

札幌は広いのに大丈夫だろうか。

「ま、そんな遠くには行かないようにしようぜ。時間だってそんなないし。」

…颯太にしてはまともなことを言うじゃないか。

こいつならもっと「じゃ旭川行こうぜー」とでも言いだしそうだと思ったのに。

「とりままずファミレス行こうぜ。腹減ったわ俺。」

そう言って二人でファミレスに向かった。

…気づいたときには、自由行動時間はもうほぼ終わっていた。

「やばいやばい時間間に合わないって!」

「いつの間にこんな時間経ってんだよ!」

慌てて会計を済ませると、すぐに店を出て集合場所へ向かった。


 「…で君たちは、なんで遅れたのかね?」

学年主任が聞いてくる。

非常にまずい状況だ。

ここで返答をミスると、長―いお説教が始まってしまう。

「えーと、時間を忘れて札幌の町を巡っていました。」

とっさの言い訳をする。

苦しい。一応「あまりに興味深いものが多くて。」とは付け足した。

それを聞くと学年主任はにこりと笑った。

「そうか、それなら仕方がないな。次からはちゃんと時間を確認しておけよ。」

…ちょっろ。助かった。

「はい。しっかり気をつけます。」

真面目風に答える。

幸い深入りされることはなく、俺らは解放された。

「じゃ研修終わりにしまーす。あざしたー。」

「あざましたー。」

学級委員の掛け声で解散になった。

多くの生徒が駅のホームへ向かう。が、俺はここにきて急に腹が痛くなってきた。

「次の列車いつ?」

「五分後。これ逃したら一時間二〇分待ち。」

「じゃ颯太先帰ってて。俺ちょっと腹が痛くなって…。」

「おけ。じゃ先に失礼するぜ。早く特急券買わないとな。」

あまりにもあっさりと颯太は去っていった。

えー待とうか、ぐらい言ってくれてもいいじゃないか。

「それどころじゃなかったー!」

腹痛を思い出し、俺は慌ててトイレへ駆け込んだ。

トイレから出てきたとき、すでに特急は発車していた。

「一時間待ちか…。」

とりあえず特急券を購入してベンチに腰掛ける。

後一時間。何をして時間を潰そうか。

ボーっとスマホの画面を眺めていると、不意に声をかけられた。

「あれ、東雲君?」

「お、東雲じゃん。お疲れー。」

月川と、同じクラスの女子の福田だった。

「こんなところで何してるの?」

福田が聞いてくる。

「いや普通に列車逃しちゃって。」

「えー一緒じゃん。どうせだし三人で帰ろーぜ。」

「まあいいけど…。」

どうやら向こうも列車を逃したらしい。

まさか同じミスをした人間がいるとは。

「二人は特急券買った?」

一応質問する。

まさか買ってないことは…。

「え!何それ必要なん?あざす。助かるわ東雲。」

「教えてくれてありがとう東雲君。まだ買ってなかった。」

…マジか。

特急券なしでどう帰ろうっていうんだ?

札幌から遥か遠く。

普通列車じゃ絶対にたどり着かない場所なのに。

二人が特急券を買って戻ってきた。しかしここで俺は重大なことに気付いた。

「何を話せばいいんだ?」


 あっという間に特急が到着した。

三人で自由席に乗り込む。車内はガラガラだ。

平日の夜の、それも田舎へと向かう特急など需要が少ないのだろう。

ここまで学校のこと、部活のこと、課題のことと思いつく話題は全て話した。

これ以上何を話せばいいんだろうか。

飲み物を探すかのように鞄へ頭を突っ込む。

適当にかき回す中、一冊の本に指が触れた。

それは遥か昔、俺が中学生の頃に適当に応募したら入賞した小説が載った、小さな短編集だった。

行ったことのない都会の横浜を舞台に、近いうちにマンションを建てるために買収され取り壊しになる予定の家とその持ち主だった人との思い出の話だ。

「よかったらこれ…俺が中学生の時に書いた小説なんだけど…。」

「え、いいの?じゃあ是非。」

月川が短編集を受け取る。福田がその横から覗き込む。

ペラ、ペラとページをめくる音が走行音にかき消されて消えていく。

どれほどの時間が経っただろう。

そんな長い話ではないはずなのに、一時間にも二時間のようにも感じられた。

月川が顔をあげた。

「…すごいね東雲君。こんな感動的な物語を書けるなんて。」

「東雲えぐー。まじやばないこれ?」

「一応優秀賞だった。」

月川が驚いた表情を見せる。

「えーすごーい!」

そう。

その言葉が聞きたかった。

「よかったらその本あげるよ。」

にやけそうになるのを必死で抑えながら、もう一冊を取り出して福田に渡す。

「えーいいの?悪いよー。」

「いや家にまだ死ぬほどあってさ。余ってても困るから貰ってよ。」

「なら貰っとくね。ありがとう。」

「東雲てんきゅー。じゃ貰っとくわ。」

列車は長いトンネルに入った。

走行音が反響して響く。

トンネルの暗闇と定期的な振動は、眠気を誘うのに不足はなかった。

「ちょっと疲れたから仮眠とるわ。駅近づいたら起こしてくれない?」

「おっけー任せて。」

俺は深い眠りについた。

しばらくして、目が覚めた。

…終点だった。

横を見ると、誰もいなかった。

「何を四天王―!」

誰もいない無人のホームに、俺の叫びがこだました。

その声は夜の闇に飲まれ、消えていった。

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