2話 初日
…固く誓ったはずだった。
一体この学校はどうなっているんだ。
まず一時間目が始まる前、突然教室の天井に穴が開いて積もっていた雪が落ちてくる。
もろに頭に喰らって流石の俺でも驚いた、がここは運動バカとしての意地だ。
机を重ねて登り、そのまま天井にガムテープを引っ付けて応急処置。
この学校色々ガバガバだな。しかしこれで、俺はクラスの中で脳筋のパワープレイヤーという立ち位置を手に入れてしまった。
いらないのに。
まあほかの男子が話しかけてくれるようになったのでいいとしよう。
二時間目の身体測定も滅茶苦茶だ。身長を計る測定器の木の棒を強く落としすぎて一人保健室行きになった。
まじでなんなんだこの学校。
なんだかんだ一日が終わった。
ようやく帰宅しようと荷物をまとめていた時、今度は椅子の足が外れて思いっきり転倒してしまった。
…もういやだ。
「大丈夫?」
横から声が聞こえる。どうやら月川がこれを見ていたらしい。
「全然大丈夫です。」
そう言って俺は立ち上がろうとした。でもう一度派手に転倒。
もう穴があったら入りたい。なかったらシャベルで掘りたい。
「痛そっ。ほんとに大丈夫?」
…あれ?
優しい。
心配してくれている人がいることに感動した。
少なくとも中学の時は「へっwざまあwww」としか言われなかったのに。
「ありがとうございます。本当に大丈夫です。」
今度こそ、俺は立ち上がった。そして荷物を整える作業を再開した。
散らかった教科書類。入れなおすのは腰が折れる。
月川は荷物をまとめ終わっていたらしい。鞄を背負って教室を出ていく直前、何かを思い出したかのようにこちらを振り向いていった。
「私は月川澪。よろしくね。」
そういえばこのクラス、まだ自己紹介をしていなかった。俺も慌てて返した。
「自分東雲尚って言います。よろしくお願いします。」
かしこまってしまった、がこれが野球部の癖。仕方がない。一人残された教室で、俺も荷物をまとめて背中に背負った。
帰りの気動車の車内は寒かった。暖房も効いているはずなのに。山登りで体調を崩したのかもしれない。俺は家に帰ると、さっさと風呂に入り飯を食って布団に入った。
翌朝、目が覚めた。ようやく春らしい陽気に包まれた朝だ。俺は顔を洗い、枕元に準備した野球着に着替えて食卓へ向かった。今日は学校の野球部の仮入部に行くつもりだ。朝食を牛乳で流し込み、机の上にある腕時計を嵌める。そして時間を確認…。
「やべえ、寝坊した!もう列車が行っちまうじゃねーか!」
玄関に置いてあるバットを慌ててケースに入れ、玄関を雑に開け放ちながら雪の残る道へ駆け出した。
「ちょっとあんた、ドアぐらい締めてきなさいよー。」
後ろから母親の声が聞こえるが関係ない。全力疾走で道を行く。
「あと…一分…。」
遥か道の先、最寄り駅に列車が停車するのが見える。
これでも中学時代は死ぬほど走り込みをした身、全力を出せば間に合うはず…。
「うわっ。」
前ばかり見て足元に一切注意していなかった。
ここ数日の温かさで雪が融け、水たまりになっていたようだ。足をとられて転んでしまった。
「マジかよ…。」
そんなことをしているうちに列車のドアが閉まってしまった。
警笛を鳴らし、列車は定刻通り発車した。
次の列車は二時間後。もう今日はあきらめた方がいいかもしれない。
「あーなんてこったこりゃ。朝っぱらからひでえ目にあったわ。」
一人ぶつくさ言いながら来た道を戻る。
ドアを開け放ったまま走り出し、遅れないように前を見ていたら水たまりに足をとられて転倒。
そして列車を逃す。
あほらしいことこの上ない。学校まで歩いて片道一時間半。今から行くほどの元気は残っていなかった。
「しゃーない。少年野球のところに顔でも出すか。」
小四の弟がいる少年野球のところに行くのは得策かもしれない。そう考えると少しは気が楽になった。
「ただいまー。」
ドアを開けて家に入る。
…と、目の前に見えちゃいけないものが見えた。
「…おい尚―!あんた何考えてドアあけっぱで出た。外の冷気が入るから閉めろ言うてるやろ!」
母親だ。
非常にめんどくさいことになった。ただこちらも高校生。ここで無駄な抵抗をするほどあほではない。
「あーはいさーせんした。ま列車逃しちゃったんで今日は少年野球の方に遊びに行きまーす。」
「あほ!お前みたいな図体でかいのが来ても邪魔じゃけん。今日はコーチの人数も多いし来ないでや。」
悲しいかなあっさりと突っぱねられた。ただここで引き下がるわけにはいかない。俺は反論する。
「何が図体でかいだけや。こちとらちゃんとした卒団生じゃわ。」
「いいから邪魔になるから来るな言うてるやろ。諦めろ。」
…勝てない。無理だ。
俺は渋々引き下がることにした。
とはいえ今日は何もやることがない。ただ暇だからと言って家でゴロゴロするのはもったいない。中学時代のチームメイトに連絡してキャッチボールでもしようか…。
…とここで残念なことを思い出した。
そう、あいつらは体験会に行っているんだった。俺はいけなかったからこうなっている。
「あーあほらし。」
俺は床に寝ころぼうとした…がすぐに自分が泥で汚れていることを思い出した。
あの鬼に見つかったら何を言われることか。
俺は水筒を持って玄関に行くと、靴を履きなおして外に出た。
もちろん今度はしっかりドアを閉めて。
「じゃちょっとそこらへん走ってくるわ。まー昼までには帰る。」
「はーい行ってらっしゃい。怪我には気を付けてねー。」
俺は水筒を腰に固定すると、そのまま一本道を走り始めた。線路と平行の道。地平線の彼方まで続いているように見える。
「今日はジョグだし、一キロ五分ペースでいいや。」
俺はそうつぶやき、左腕に嵌めた腕時計のタイマーをつける。
一秒、二秒、三秒…と表示されるデジタル文字が増えていく。俺はそれに合わせ、自分のペースを確認しながら走り始めた。




