17話 積極性と暴走
「よし東雲、代走行け!」
顧問が立ち上がって審判の元へと歩いていく。
俺はヘルメットをかぶって一塁へと向かった。
今日は練習試合。
卒業する三年生のために、卒業式が終わった後の三月半ばを使って、最後の花道を飾ろうという試合だ。相手校の監督さんがその理念に共感してくれたため、この試合が成り立っている。
しかしそんな試合で、代走としていいのだろうか。
それも三年生の先輩の。
「東雲、七点差あるからな。無理するなよ。」
「はーい。」
一塁ベース上でタッチをして交代する。
ずっと見てきたが、どうやらあまりクイックは早くなさそうだ。
ただキャッチャーの肩が強いため、そこは警戒が必要だな。
一歩、二歩とリードをとる。
刹那、牽制球が来る。
「あぶね!」
一塁に頭から滑り込む。
間一髪セーフだ。
「ピッチャーから目を離すな!」
ベンチから声が飛ぶ。
そんなの言われなくてもわかってるっつうの。
こちとら中学時代初期は代走だけでやってきたからな。そんなこと一〇〇も承知だ。
ピッチャーがボールを受け取り、セットポジションに入る。
じわりじわりとリードを広げる。
ピッチャーの足が上がった。
それと同時に俺はスタートを切る。
打球音は聞こえない。
後ろに逸れたとも聞こえない。
つまり俺は二塁に滑り込む必要がある。
二塁ベースはもうすぐそこだ。
走る態勢を変えてスライディングに移行する。
足をベースに向けて伸ばす。
ボールはまだ来ていない。
「セーフ!」
足が塁に触れた直後、ボールが届いたらしい。
足元を軽くタッチされた。もちろんセーフだ。
俺は勝ち誇った表情でベンチを見る。
何が無理をするなだ。
こんなの余裕だぜ。
「お願いしまーす。」
相手のショートに挨拶をして、リードをとり始める。
さっきの一球でクイックの速さは分かった。
思ったより送球精度も高くないし、この分なら三盗も行けそうだ。
「リーリーリー。ショーないよー。セカン近いセカン近い…入った!」
体重をベースの方へと傾ける。
が幸い偽投だった。もう一度リードを取り直す。
「よっしゃ、足の速さ見せたるか。」
ピッチャーの足が上がる。
俺はまたスタートを切った。
が、二、三歩踏み出したところで少し空回りしてしまった。
「うおっと。」
しかし気にせず走り続ける…。
サードがボールを捕ったのが見えた。
ベースの前にグラブが置かれる。まずい、と思った時にはもう遅かった。
今更引き返すこともできなかった。
「アウト!」
なすすべなくベースに向けて足を伸ばすしかなかった。
当然サードにタッチされてアウト。
盗塁失敗。
「ゲームセット!」
俺の盗塁死で試合が終わってしまった。
悔しさと、不甲斐なさと、申し訳なさでいっぱいになる。前が見られない。
「東雲な、積極的に行くのはいいんだけど、点差と場面を考えた方がいいぞ。」
顧問の声が重く響く。
なんて無様なんだろう。考えればわかったはずだ。
最終回七点ビハインドのツーアウト。
普通に考えていく場面じゃなかったな。
だとしても、悔しすぎる。
ここ数年間、盗塁失敗など片手で数えられるほどしかなかったのに。
足に関しては颯太と同じぐらいか、それ以上の自信があった。だからこそ悔しすぎる。
「クッソ、ぜってえ次の試合こそ決めてやるからな…。」
スパイクに向かって呪文のように唱える。
周りから見たら相当やばい奴だろう。
あの颯太でさえ近づいてこない。
「二試合目、スタメン発表するぞ!」
顧問が集合をかける。
「…六番サード、東雲!」
「はい。」
ここ最近外野ではなくサードを守るようになった。
理由は単純だ。
サードを守っていた三年生が卒部してしまった。
ただそれだけのことだ。
しかし慣れないポジション、送球ミスが多い。
「集合!」
試合が始まった。
後攻なのでまず守備からだ。
サードの定位置についてボール回しを行う。
「あ!」
力を入れて投げたボールは、そのままファーストの春か頭上を越えていった。
「すいませーん。」
「東雲ワンバンでいいから。」
向こうのベンチからかすかな笑いが起きる。
マジ許さねえ。絶対。
「カキーン!」
「サード!」
打球が飛んでくる。
芯を外れた平凡なサードゴロだ。前へ出てしっかりと捕球。そのままステップを踏んで一塁へ…。
「おいぃぃぃぃ!」
…別にライトとキャッチボールをしようとしたわけじゃない。
しかしボールは無情にもファーストの頭の上を越えて、そのまま遥か奥にあるネットに跳ね返って止まった。
「やっば…。」
ピッチャーの颯太が審判からボールを受け取る。
そしてこちらをちらりと見やる。申し訳なさで押しつぶされそうだ。
「…颯太、ごめん…。」
「…気にするな。切り替えて次だ。」
声を必死で抑えているのが伝わる。唇を固く結んで、息を大きく吐き出している。
「カーン」
打ち損じたあたりがセカンドへと上がる。
しっかりとキャッチして、スリーアウト。チェンジだ。
「颯太ごめん…。」
「いいから。気にするな。」
打撃の準備をしながら颯太が答えてくる。
いいよな。そんなことが言えたら。俺なら間違いなくキレている。
「しゃしまってこー!」
向こうの守備の声が聞こえる。
一回の裏の攻撃が始まった。
「颯太打てー!」
ベンチで声援を送る。颯太は打席での立ち姿さえ様になっている。それに比べて俺は…。
「ぜってえリベンジしてやる…。」
相手投手の球筋を確認しながら、そっとそう呟いた。




