16話 オリ曲
「…てことでまあ、二月の受験休みの間にでも考えといてください。」
颯太がいう。
まず俺は義理で手を挙げたのみ。なにをやるのかが一切わかっていない。
「お疲れ様でしたー。」
解散した後、颯太のもとに駆け寄って質問する。
「えこれってマジで何をやるの?」
「あれ、話聞いてなかった?」
「いや聞いてたけど。いまいち何をすればいいのか理解できなくて…。」
「悪いな。誰も手を挙げないのを見て参加してくれたんだろ。」
こいつ、やっぱとんでもねえ奴だ。
なぜそこまでわかる。
そしてなぜそれを謝罪する必要がある。
これが人間性ってやつか…。
そうしんみりしていると、左からつついてきた。
「でも結局よかっただろ?だって月川おるやん。」
「やかましいわ!」
…一瞬でも感動した俺が馬鹿だった。
やっぱこれでこそ颯太だ。
「そんなこと言っちゃってさー。照れんなって。」
「うるせえ!」
夕日がさす中、遥か原野の彼方から気動車が来るのが見えた。
急いで階段を降りる。いつの間にか気動車が駅のすぐそこまで迫っている。
「はぁ、はぁ。待ってくれー。」
先を行く颯太を全力疾走で追いかける。
気動車のドアが開いてしまった。
「うわぁ。」
颯太が石に躓いたらしい。
勢いあまって体が前方へと投げ出される。
「危ない!」
とっさに手に持った体操着を投げる。
クッションとして働くことを見越して足元を狙った。
が、どうやらその必要はなかったようだ。
「おおっと危ない。」
………。
…言葉を失った。
颯太のやつ、前方に飛ばされた瞬間に腰を高く上げ、空中で一回転してから華麗に着地しやがった。
技術点と出来栄え点で満点取れちまうぞこれ。
こいつ、普通に体操やらせても結構いいとこまで行くのでは?というか野球より向いてるのでは?
「やばいやばい。急がな列車出ちまうぞ。」
颯太は何事もなかったように走り出す。
こっちは体操着を拾わなきゃいけないのに。
「あれ…?」
なかなか気動車のドアが閉まらない。
どころか中から運転士の人が出てきた。
「急がなくていいよー。滑らないように気をつけてねー。」
…広野さんだ。
ただ俺だとは気づいていないらしい。
他の生徒に接するのと同じように、訛りのない優しい口調で呼びかけてくれている。
「すいません。ありがとうございます。」
「おお東雲君だったのか。部活かい?」
「いや研修の仕事があって…。」
「それはお疲れ様。はーい発車しまーす。」
車内には颯太が座っていた。
「お前…。なんだあの回転は…。」
「あああれ?なんかできちゃった。」
「お、ま…。」
言葉がでない。
なんてやつだ。これは神に愛された男。
運動神経までしっかりと化け物スペックだ。
「やべ、俺降りなきゃ。じゃあな尚。」
ドアが開いて颯太が降りて行った。
その前を月川と福田が歩いている。
いつの間にかあたりは暗くなっていた。
「発車しまーす。」
俺一人しか乗っていない気動車は、街の灯りを背に山に向けて走り出した。
「さて、どうするかね…。」
いつの間にか二月が終わりかけている。
おかしい。さっきまで一月だった気が…。
いや、今はそれどころじゃない。
オリジナル曲のアイディアを決めなくては。
すっかり忘れていた。そういえば明日集まりがあるじゃないか。
ピアノの前に座って蓋を開ける。
もう何年ぶりだろうか。最後に触ったのが…。
「小六の冬か…。」
ブランク、実に四年。
もはや指が動かない気がする。が、今はそうとも言ってられない。
何かアイディアを出さないと。
「オリジナル」曲なのだから、きっと自分たちでメロディを考えろということだろう。
「と言われましてもねえ…。」
とりあえず鍵盤を押してみる。
ラの音が響く。
四四三ヘルツを感じる。
「だからなんだよ…。」
自分に自分でツッコミを入れる。
むなしいかな。やっていて悲しくなったのでやめた。
適当に鍵盤を押し続ける。レ、ソ、ソ、シ…。
「あれ、これよくね?」
プロ野球の応援歌を聞きすぎた弊害だろうか。盛り上がっていくような音階にたどり着いてしまった。
こうなるともう誰にも止められない。
防音室に籠って延々と弾き続ける。
と言っても、前の音に対して違和感を感じない音を続けているだけだが。
二時間後、世にも奇妙な旋律を持つ曲が完成した。
「よっしゃできたぞ。」
完成した喜びに浸る。
しかしこのまま浸っていたらメロディを忘れてしまう。
楽譜を書くのが面倒くさくて起こしていなかった。
「まあ、録音するか。」
スマホのレコーダーを起動する。
楽譜置きにセットして、録音開始。
物音ひとつしない静かな部屋に、ピアノの音だけが響く。
録音が終わった。再生して聞いてみる。
「うーん。やっぱいい旋律だ。これあるぞ。」
満足した。
思ったより出来がいい。
息抜きしようとラインを開く。
トークではなくホームの方をタップした。
誰かプロフィール更新してないかな…。
「あれ、月川プロフィール変えたんだ。」
そういえば月川と最後にラインしたのはいつだっけ。
トークルームを開いてみる。
「一月一日」
…おぉ。
知ってた。
そういえば一切ラインしてなかったかもしれない。
確か月川って、オリ曲のやつ一緒だったよな…。
「送ってみるか。」
さっきの録音を送信する。
ただこれだけだとおそらく意味がわからないと思ったので、説明も一緒に送る。
「曲作ってみた」
…うーん。
…うーーん。
なんだろう、この壊滅的な語彙力は。
本当に賞をとったのだろうか。
この一文が何の説明になったというんだ。
そうこうするうちに既読がついてしまった。
「すげー…。どういう流れで曲考えたの?」
何とも反応に困っていそうな返信が来た。
やはり送るのは間違いだったか?
いやでもせっかく返信してもらったんだ。しっかり説明しなくては…。
「オリ曲のアイディアの一つとして、的な?」
「勉強して疲れたし作ろっかなって。」
…してもいない勉強の話を持ちだしてしまった。
するはずがない。
ただ単純に作って、誰かに見せたかっただけだ。
「めっちゃセンスある!」
何とも嬉しい返信が来た。
あっという間に有頂天だ。
二時間かけて作った疲れなど、一瞬にして吹き飛んだようだ。
「っしゃもう一曲作るか!」
もう一度ピアノに向かう。
浮かれた心に合わせるかのようにメロディラインが浮かんでくる。
今回はあっという間にできた。
「よし、これも送るか。」
もう一度送信ボタンを押した。
しばらくして返信が返ってくる。
「暗いメロディがだんだん明るくなっていくのいいね。」
確かに。そういう捉え方もできるのか。
自分で作った曲をもう一度聞きなおす。
確かに序盤は暗く、だんだんと明るくなっているような気がする。
「ありがとう。朝日が昇るところをイメージして作ったから、表現できてたみたいでよかった。」
そういうことにしておこう。
せっかくそう受け取ってもらったならそれを肯定しない手はない。
その後も少しやり取りをして、そのままスマホを閉じた。
「あーいい日だった。」
そう呟いてから俺はピアノの蓋を閉じ、防音室を後にした。




