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14話 大晦日

 二学期の期末テストが「終わった」。もちろんエンドの方だ。

特に数学なんてひどかった。赤点すれすれの点数で踏みとどまったが、校内偏差値なんて低すぎて目も当てられない。

しかしテストの後はすぐに冬休みになる。冬休みこそ熱中症にもならず平和に過ごすぞ。きっと課題も少ないだろうし、家でゆっくりしたいなー。

…という淡い期待をしていた自分に腹が立つ。

一二月三一日。目の前には山のように積まれた冬の課題。

「…どうして…、あんまりじゃないかー!」

課題に向かって叫んでみる。

もちろん減りはしない。

課題の山の頂上には、まるで雪のごとく真っ白な課題一覧プリント。

泥汚れのように文字が書いてある。国語二〇ページ、数学六〇ページ、書き初め…。

「書き初めだぁ?」

思わず変な声が出た。

書き初め。

この世で最も苦手な教科の一つに入る、史上最恐の科目だ。

野球部の男子たちはことごとく苦手だが、特に俺のに至っては、もはや文字ではなく現代アートである。もちろん颯太は例外でお手本のような字を書く。

「…なんでかなー。親戚はおっそろしく文字上手いのに…。」

従兄弟は全国大会で入賞するほどの腕前なのに、残念ながら俺にはその血が流れていなかったみたいだ。

「さっさと片づけないとな…。」

俺は意を決して習字セットを取り出した。

一年ぶりの対面。

蓋を開け、筆を取り出す…。

「…これ、もはや硬筆じゃね?」

カチカチに固まった筆を見て固まる。

そうだ、去年洗ってなかった…。

「ま、墨につければほぐれるだろ。」

楽観的な思考で墨を注ぐ。

そして紙を広げて書き始めるー。

…三時間後、そこには現代アートの作品と燃え尽きた俺がいた。


 書き初め、いや書き納めを終えた俺は、そのままリビングへと向かった。

テレビでは運動系のバラエティがやっている。

「お兄ちゃんこれ面白いよ。」

陽がまとわりついてくる。

その手を振りほどきながら椅子に座る。

「ごはんよー。ちゃんと手伝いしてー。」

母親の声が聞こえる。

慌てて立ち上がってキッチンへと歩く。

強い熱気を感じた。

「はーいこれ持ってって。」

お盆の山を渡された。

いつも通り机まで運ぶ。

「さー今日は飲むぞー。」

父親がビールを冷蔵庫から取り出した。

いいと思う。大晦日だし。

「いただきまーす。」

夕食が始まった。

テレビを見ながら今年を振り返る。

何があったかな…。

「尚は今年の学校学校生活を振り返ると、どうだったんだ?」

不意に話題を振られる。

学校か…。

「まあ楽しかったよ。」

ありきたりな返事を返す。

可もなく不可もない。はずだ…。

「部活はどうだったの?」

「うーん、まあまあかな。」

…いえるはずもない。

颯太に劣等感を感じていることなど。

それにこの年納めの団欒の場でわざわざいうことでもないだろう。

「そうか、それならよかった。来年も頑張れよ。」

その一言でこの話題は終わり、次のものに移った。

助かった。

が、何か引っかかっている。

学校についてはどうだったかな…。

テレビに目をやる。

ちょうど広告だった。

黄色い菜の花が咲く花畑を背に、通信販売のおじさんが商品の宣伝をしている。

「一万九千八百円だってね。なんで二万円じゃないんだろうね。」

陽の声が聞こえる。

確かに前に値段が赤い文字で表示されている。

でも、俺の意識は別のところにあった。

「黄色か…。」

…背景の菜の花畑だ。

黄色。

もうそれだけで思い出してしまう。

ただの思い込みなのに。

もう意識しないと決めたのに。

なぜ黄色に心動かされるのだろう。

「どうかしたの、尚?」

母親の声で現実に引き戻される。

「いや、別に。ただボーっとしていただけ。」

「そう。それならよかった。」

画面はいつの間にか番組に戻っていた。

椅子にしっかりと座りなおし、俺は食べるのを再開した。


 「おやすみなさーい。」

陽が布団に入った。

いつの間にかもう午後一〇時を回っている。

あと二時間で、二〇二五年がやってくる。

テレビのバラエティは、もう終盤に差し掛かっていた。

「…あそうだ。あけおめラインの準備をしなきゃ。」

大切なことを思い出した。

新年最初に送るあけおめライン。

〇時〇〇分に送るのが一番気持ちがいい。

「…誰に送るんだっけ…。まず颯太だろ、そして…。」

気づいてしまった。

送る相手がそんなにいない。

新年を迎える前に悲しいことに気付いてしまった。

後悔しても悔やまれない。

必死で送れそうな人を探す。

公式ライン、公式ライン、公式ライン…。

「なんでこうも公式ラインばっかなんだよ!」

スマホに向かってキレてみる。

仕方がない。ポイントを貯めるためだけに登録しまくった俺が悪い。

ダメもとで公式ラインに一年の感謝を送ってみる。

「こちらのトークルームでは受け付けておりません。何か御用がありましたら当社のカスタマーセンターにご連絡ください。」

…知ってた。

うん。

だろうな。

指でスクロールを続ける。

はるか下の方に、ひとつのアイコンを見つけた。

「月川」

あの謝罪のやり取り以降、一切メッセージを送っていなかった。

トークルームを開く。一〇月半ばで日付が止まっている。

「どうだろ、送ろっかな。いやでも気まずいか…?」

自分に問いかけてみる。

ただこのままだと、本当に送る相手が公式ラインばっかになってしまう。

「…しゃーない。送るか。」

いつの間にか一一時を過ぎていた。

俺は送る予定のあるすべてのトークルームに、あけおめラインの準備を始めた。

もちろん公式ラインにも。


なんだかんだ順調に入力を続け、残るは月川のみとなった。

「…さあどうしようか。」

どんな文面がいいのだろう。

やはり固い文体か?いやそれだと圧迫感あるか…?ならあえてめっちゃラフに行く?いやそれこそ意味が分からんしな…。

一年の初めに送る、いわゆる年賀状みたいなもんだからあまりふざけるわけにもいかん。

「やっべ、あと五分じゃん。」

テレビではゆく年くる年が流れている。

除夜の鐘で煩悩を打ち払っているらしい。

人間一〇八個の煩悩があって、それを鳴らすごとに打ち消してくれているそうだ。

ああもういっそ、この面倒くさい問題もろとも打ち払ってくれればいいのに。あと宿題も。

「…これが煩悩か…。」

勝手に納得して、勝手に笑う。

周りに人がいたら間違いなく引かれただろう。

ただ今日は大晦日。

それもみんな寝静まった後のリビング。

まさかだれか見ていたり…。

「尚、何してるの?」

…した。

そういえば父親が起きてた。

「いや別に?除夜の鐘をきいてて、あー大晦日だわーって。」

「なんだそら。まいっか。」

テレビにふと目をやる。

もうカウントダウンが始まっていた。

「やばいやばい急がなきゃ。早く文章決めないと…。」

「明けまして、おめでとうございまーす!」

テレビから無駄に明るい声が響く。

それを合図にしたかのように一斉に着信が来る。

慌てて送信ボタンを連打する。

〇時〇三分。

俺が月川に送信したのは…。

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

だった…。

なんでこうなっちゃったかな…。まあ、いいや。

「おやすみなさい。」

父親はもう寝ていた。

誰に言うとでもなく、虚空に向かって挨拶をして、布団をかぶった。

ベッドはこの前上でジャンプしたら穴が開いてしまった。今修理中だ。

今年こそ、初日の出を見るぞ…。


 「…おはようございまーす。」

目が覚めた。

頭が重い。

それもそうだ。

だって昨日、いや今日寝たのは〇時二〇分。

睡眠時間はわずか…何分だ?

慌てて時計を見る。

外はもう明るくなっているが、わんちゃんまだ日が昇っていないかも…。

「七時、五五分…。」

…完全に寝坊した。

カーテンを開けて外を見る。

珍しく雪は降っていなかった。

向こうの空には、初日の出「だった」ものが見える。

「ハッピーニューイヤ―。」

陽が横から話しかけてくる。

何がハッピーニューイヤーだ。

年始早々アンハッピーニューイヤーじゃねえか。

起き上がってスマホを見る。

山のように着信がある。それも公式ラインからじゃない。

少し感動しながら、ラインを開いた。

片っ端から返信を確認する。

「あけおめ!今年もよろしくな!」

とは颯太。

流石さわやか風なキャラだけある。

返信も眩しいぐらいに光輝いて見える。

「あけましておめでとう。今年もよろしく。」

…やっべ先輩から来ていた。

今すぐ返信しなくては。

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

一辺倒のメッセージを返す。

まあ、いいだろ。きっと。

よく見ると、月川からの返信もあった。

トークルームを開く。メッセージの下に、ひとつ写真が添付されていた。

「あけましておめでとう。今年もよろしく。」

そのメッセージの下にあったのは、原野と太陽の写真だった。

「初日の出撮れたからついでに送っとくね。」

…やっぱハッピーニューイヤーかもしれない。

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