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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
探偵ハチミツ
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最後の真実

「鬼灯山事件の全貌が明らかになったところで、センターの事件に話を戻そうぜ」


 究助が得意になって言う。


 峯岸は唇を悔しげに噛みしめている。どう反論するか考えているのだろう。逃げ出すことは不可能だ。研究室の出口は綴たちにふさがれている。


「《コピー》能力者の犯人は、3つの異能力を保持して犯行を始めました。1つ目は椿さんの《縮小》。この能力で椿さんのポケットに隠れることで、カメラに映ることなく18階に侵入しました。

 そしてもう1つ、椿さんを思うがままに動かした《洗脳》。さて、これをどこで《コピー》したのかですが」


 一度違和感を抱いてしまえば、かつての不自然さにも意味が見出せる。


「貴方の計画は、王樹家の事件のときから始まっていました」


《──王樹真洞氏。あなたを哀根氏殺害容疑で緊急逮捕し、署に連行する》

《──峯岸部長の指示だ》



 これは王樹家の事件のとき、王樹真洞を強制的に連行すると報告した解の発言だ。何故、部長が急に出てきたのか。


「あなたは王樹真洞さんを強引に逮捕、連行した。特能の冤罪が多く生まれ、慎重になるべきときに、部長であるあなたが、あんな強引に逮捕する。不自然だ。真洞さんの《洗脳》が必要だったんですよ」



《操られた対象は傀儡が如く、真洞氏の意のままに手足を動かす。また自身が操られている自覚もない。映像越しでも効果はあるというのだから、難儀なものだ》


《なにより始末が悪いことに、《洗脳》が解除された後も、傀儡となった人物の記憶は混濁し、操られていたときの詳細が曖昧になるのだよ》



 すべての辻褄が合っていく。



「椿さんの身に起きた、症状と言えばいいでしょうか。あの現象は、真洞さんの《洗脳》の影響と同じなんです。《コピー》は手で触れるだけで異能力を保持できる。尋問のときに実行したのでしょう」


「それを、椿に使ったということか……私の妹に、洗脳を……」


「そして彼女に命じた。18階の警備室に向かえと。真犯人は小さくなり、椿さんによって運ばれた」


「爆弾とロボットも縮小したのか?」


「はい。例のロボットの内部には隙間がありました。そこに爆弾を取り付けたのでしょう。そして縮小していたおかげで小間貫さんの死角を抜け、彼の首に麻酔弾を撃った」



「それは誤りだ!」


 峯岸が吠える。彼はついに声を荒げた。


「仮にコピーの能力者がいたとしても! 警備室を突破したとしても! 研究室に侵入することは不可能だ! なぜなら、扉の前のパスワードはどうしようもないからね!」


「博士のポケットに縮小して忍び込んだのではないのか?」解が疑問を口にする。


「レコーダーの改ざんを行い、椿さんに再び触れれば縮小を再コピー可能だけれど、そうすると……解けない謎があるね」


「解けない謎ってなんだよ」究助が眉根を寄せる。


「犯人の脱出方法だよ。どうやって逃げ出したの? 非常階段のカメラやエレベーターのカメラには映ってないんだ。かろうじてあり得るのは縮小を使ったという方法だけど、そこで使ったら東博士を殺すことはできないからね」


「……あ? なに、どういうことだ?」


 複雑な話だ。整理しなくてはならないだろう。


「当然ですが、東博士の殺害には、縮小を解除した状態じゃないといけないですよね。小さいままじゃ頭を殴れないし、爆弾の威力も小さいままです。

 もし《博士のポケットに入って研究室に侵入した》としたら、《解除して東博士を殺害した》ことになります」


「そりゃ、そうだなぁ」


「すると今度は、《縮小の再コピーが不可能》なため、《身体を小さくしたりして廊下や研究室前のカメラを誤魔化すことができない》んです。コピー能力で使える能力は、再コピーしなければ1度きりですからね」


「そうか! 元々の大きさで研究室を爆破させるのと、脱出のために縮小を残すためには、縮小を使わないで研究室に侵入しなければいけねぇってことか! 納得だぜ!」


 究助は理解できて喜んでいるようだが、喜んでいい展開ではない。


「そうだろう? でも他に研究室に入る方法なんてない──」


「それも、バツです。峯岸さん」


「……なにを、この……!」



 ──今更ながら、自分のこの指摘の仕方は、相手を苛立たせて動揺させるのに一役買っているようだ。綴はしみじみ思い、少し反省した。



「真犯人は縮小を使わず、普通のサイズで、堂々と侵入したんです」


「……だから、どうやって! パスワードは東博士以外には突破できない!」


「コピー能力は3つの能力を所持できる。前もって所持していた能力は洗脳と縮小、そしてもう1つあった。それでパスワードを突破したんです」


「それ……は……」


「テンキーに触れるだけで、暗証番号が分かる。それを、僕たちはすでに見たことがあります」


 研究室の金庫を開けた、彼の能力によって。彼の異能力をコピーすることは、峯岸の立場ならいつでも可能だったはずだ。



「解さんの《サイコメトリー》。彼の異能力でパスワードを突破したんだ」



 同じ特能の解に触れることなど、いつでも可能だったはずだ。たとえば、昨晩。


《昨晩、彼と言葉を交わしたんだ……私が非番ということを知り、『羽を伸ばせ』と、背中を叩いた……まさか、こんなことになるなんて……》


 他にもタイミングはある。とにかく、簡単だ。


「今回の事件における最大の問題は、研究室前にある異能力者を判別するカメラです。これのせいで、《縮小》などの能力を使わない限り異能力者には犯行が不可能と思われていました。ですが、ある抜け道があったんです」


「その抜け道とは……」


 綴は挑戦的に、峯岸に向けて微笑んだ。


()()()()()()()()()()()()です。あのカメラは、異能力者のデータベースにアクセスし、顔と照合するシステムですからね。非異能力者の顔──峯岸さんの顔であれば、警報は鳴らない」


「つ、つまり……」解は冷や汗を流している。「犯人はカメラのある廊下を、悠々と突破したのか! そして、わ、私の異能力を使って研究室に……!」


「これで研究室には入れます。中で博士を気絶させ、爆弾を設置。1つめの爆弾を爆破させました」


「……いや、待て、僕は……納得しない。納得しないぞ!」


 峯岸の化けの皮は剥がれかけている。あと一息だ。


「2つも爆弾を爆破させる理由は何だ! リスクを冒して爆破させる理由なんてない!」


「爆殺の理由ですか」


「お前に! その理由が説明できるのか!?」


「できますよ」


「おまっ……あ、ああ?」


 峯岸の表情から色が失われる。


「まず1度目の爆破は研究室の壁を壊すことが目的でした。僕はそのとき公園にいたのでよく憶えています。最上階の壁は粉々になりましたね。その後に2度目の爆破があったわけですが」


 爆弾の設置された場所もおおまかに予測されていた。壁際にあった爆弾が最初に爆発した。2個目が、部屋の中央付近で爆破した、博士を死に至らしめた爆弾だ。



「あなたは、()()()()()()()()()んですよね?」


 追い詰めた、ということが、峯岸の顔から分かった。


「僕は……ち、地上にいた……通報を受けて駆けつけた……」


「はい。僕も見ました。それなんですよ。あなたがそこにいたということが、あなたとこの事件を結びつける最大の要素なんです」


「あ……!?」


「あれは、すでに脱出に成功し、アリバイを確保していたあなたの姿だったのです」


「お、お前に……なにが、分かるというんだ……!?」


 最上階から一気に地上へ降りる。それはエレベーターや非常階段を使ったわけではない。そしてコピーの能力は3つまでしか保持できないが、再び能力者に触れれば使用は可能。それらから導き出される答えは一つだ。


 綴は研究室の中を歩き、あるものを探す。それは、以前に来たときに見つけていたため、あっさり入手できた。


 ゴミ袋だ。


「警備室から研究室に向かう際、あなたは《縮小》を再コピーして向かった。東博士を殺害した後に再利用できるように。そして脱出にも縮小を使った」


「ぐ、う、うう……」


 真犯人が欲しかったものは、アリバイだ。彼は、爆破の直後、地上にいることでそれを確保した。

 



「2つめの爆風で、あなたは空を飛んだんだ。小さくなって、ゴミ袋をパラシュート代わりにしてね」




「う……うがああああああ!」



 爆破された壁から、三日月が覗く。月明かりに照らされて、峯岸の絶望した顔が明らかになる。


 ──いや、()()()の、本当の顔だ。



「そうして地上に降りたあなたは、さもたった今駆けつけたかのように見せかけた。

 この事件、判明していない謎がもう1つあります。それも、あなたの脱出方法と関わってきているんですよ」


「判明してない謎?」解は混乱している。「……いろいろありすぎて、なにが謎だったか……」


「例の爆破予告ですよ」


「……ああ! あの5分しか猶予のない予告か……いったいなんの意味があるのかと思っていたが……そうか! あれは警官を集めるためのもの……」


「はい。あの場で峯岸さんがアリバイ確保のために姿を現しても、違和感が生まれます。なんていったって、刑事部長ですからね。ですが、爆破予告があったことで、警官が来ることが自然である状況を作り出したんです」


「……なんて奴だ」


 解の声には憎々しげな色と、悔しさが滲んでいた。そして瞳は、かつて信頼していた恩師、今は敵視すべき真犯人に向けられていた。



「くっふふ……」犯人は、肩を揺すっている。「ふふふ……くふははははっ!」


「笑ってるぜ……」


「峯岸さん、いえ、墨塗さん。すべての犯行はあなたの仕業だ。認めてくれますか?」


 墨塗は虚無の貼り付いた顔で3人を見据えた。


「認める? ……ふざけるな。証拠がないじゃあないか! どこだ? どこにある!? 証拠証拠証拠! 僕を奈落に突き落としたいのなら、証拠を出せよ!」


 崩れた壁の向こうで月と星々が煌々と輝いている。

 綴はポケットからそれを取り出し、月にかざす。


「……なんだ、それは」


「解さんが探してきてくれた、あなたのミスです」


「ミス?」


 小さな金具の破片のようなそれは、公園の瓦礫の中から発見されたものだ。つまり、最上階の爆破によって、落下してきたもの。最上階にあったはずのものだ。


「これは、バッジなんですよ。見覚え、ありませんか? 壊れてますけどね」


 墨塗は暗い研究室で、月明かりだけを頼りに目を凝らした。


「……そ、それは、まさか……」


「割れていますが、三日月の意匠。そう、特能のバッジなんですよ」


 空気が凍り付く。墨塗は絶句し、すべてを決定づける証拠があることを察した。


「爆風に巻き込まれたのでしょうか。あなたは脱出の際、バッジを壊し、落とした」


「……誤りだ。椿……白金椿だ。彼女が犯人なら、辻褄が……」


「合いませんよ。なぜなら、あの日の彼女は」

 

 椿と会った時間はほんの少しだったが、しっかり記憶している。


()()だったんですから。非番でね。バッジは再発行が面倒だ。だから非番のときはバッジは付けて歩かない。ですよね、解さん」


「──ああ。私も妹も付けていない。家にあるさ。ちなみに再発行は1週間ほどかかるらしいが、峯岸部長。貴方のバッジを見せて貰いたい。貴方が研究室に入っていないというのなら、可能だな?」


「あ、ああ、は、ははは……はっ、ははははは……」



「さあ……墨塗写。バツの付けようがないのであれば──」


「これで、チェックメイト(詰み)です」



「ふっはは……」


 墨塗は掠れた笑いを漏らし──。



「あーっははははははは!」


「……動機は、先ほど言ったことで間違いないですか? 異能力者の遺伝子判別……」


「はっはははは! はあぁーははははっ!」


「貴方は自分が異能力者であることを悟られてはならない。東博士の研究が完成すれば、貴方の成り代わりは見破られる」


「はっはっはっ……は……」


「部屋中を木っ端微塵にしてでも、貴方は金庫の在処を見つけるべきだった。そうすれば──」



「君たちに犯行を曝かれることもなかった」



 墨塗はふっと肩の力を抜く。十年は老いたような様相で、その場に立ちすくんでいた。


「言っておくが、飛び降りようなんて考えんなよ。そういう手合いはもうさんざんだぜ」究助が近づき、腕を掴んだ。


「……逃げやしないさ。まさに、詰みなのだからね」


 解は手錠を取り出し、峯岸に近づく。



「……異能力というのは、呪いだ。これがあるだけで、()()になれないことが約束されている。だから、成り代わったんだよ。まったく……余計なことをしてくれたね……」


「幸福になるため? ……そのために、こんな壮大なトリックを?」綴は訝しむ。


「そうでもしないと掴めない幸福だったのさ……」


 異能力者に生まれただけで、制限される人生。普通に生きることはできても、普通以上にはなれない。葉島や真洞のような生き方を強いられる人だっている。


 綴は、少しだけ理解してしまった。


「……それでも」


「墨塗写……私は貴方を許さない。貴方を殺してしまいたいほどの憎悪を抱いている。しかし、これから貴方を裁くのは司法だ。罪に対して、正当なる罰が下される」


 墨塗の手首に手錠がかけられる。


「墨塗写。あなたを緊急逮捕する」


 10年以上、本物に成り代わり、特能の部長の座についた犯罪者。


 ──この日、異能力研究の最高峰にて、逮捕される。



次回、最終回。

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