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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
探偵ハチミツ
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VS虚像

 最初に震えた声を出したのは解だった。


「な……なにを言っている? 峯岸部長が……なんだと?」


 綴は鼻をすすった。油断するとまた鼻血が出てきそうだった。


「順を追って説明します。まず、鬼灯山事件について。刑事と犯人のカーチェイスの果てに崖から落ちて、車が爆発炎上した。それで犯人が亡くなった。これが、世間に伝わってる情報ですが、事実は違った。ある矛盾点が、警察の資料に残っていたんですよ」


「矛盾点だと? 八見綴、貴方は……」


「解さん。僕たちは紫雲さんのところで、重大な話を聞きました。鬼灯山事件の真実をひっくり返す事実です」


   ***


 紫雲は写真を睨み付け、忌々しげに呟いた。


「どういうことだよ……この……ふざけた遺体は……」


「おい紫雲、1人でごにょごにょ言ってねぇで俺らにも説明しろや!」


 葉島との面会よりも前、病院の一室にて、綴たちは写真を囲んでいた。


「焼死体……身体の前面が特に焼けて炭化してる……」


「それは資料にもすでに書いてあんだろ? なにもおかしくなんか……」


「書いてあるからおかしいんだ!」


 紫雲は八つ当たりに近い叫びを浴びせる。


「なあ、ハチミツ。お前なら分かるだろ。この焼死体のおかしなところが……」


 綴は焼死体の写真を見つめる。惨い遺体で、できることなら目を逸らしたかった。吐き気と鳥肌を堪えて、じっと見つめる。しかし、検視官ではないため、この手の謎は門外漢だ。


「……じゃあ、分かりやすく言ってやる。車が爆発する理由ってなんだ?」


「ガソリンタンクから液体が漏れて、えっと……火花が燃え移り、爆発?」


「すると……車が爆発したのは、どこだ?」


 そこまで来てようやく、紫雲の言いたい違和感について察することができた。


「車の後部、ですか!」


 ガソリンタンクから漏れた液体であろうと、ガソリンタンク自体だろうと、爆発の中心は車の後方だ。


「つまり運転席に乗っていた人は……」


「主に、()()が焼けるはずなんだ。少なくとも、背面より酷く、前面の方が炭化するなんてことはない。だがこの被害者の遺体は前面の方が焼けている


「じゃ、じゃあ……え? どういうことなんですか……?」


「そこから先は、お前の領分だろ。毎度言ってるだろ、俺は推理はできない」


 綴は息を呑んだ。紫雲の言うとおりだ。あり得ない。この遺体は、おかしい。

 その矛盾が示す意味は、1つ。


「……任せてください。そして、ありがとうございます。紫雲さんのおかげで、分かりかけてきました」


「……けっ」


 紫雲はぱっと顔を背ける。大手柄だというのに、苦々しく口元を歪めて。

 それが照れ隠しであると気づけるくらいには、紫雲のことを理解してきていた。


「お……俺を置いていくなー! 分かるように言えー!」


 究助の絶叫がこだました。


  ***


「身体の背面ではなく前面が酷く焼けるというのはどういうことでしょうか」


 考えられるのは、落下中の車内で運転手が半回転した、なんて頓珍漢な答えなわけがない。それが正答であれば、運転手の身体について資料に明記されるはずだ。


「運転手が、爆発までの間に1度、車の外に出ていたとしたら?」


「……」


 解は返事をしない。すでに、答えにたどり着いたのかもしれない。だが、口に出す勇気がない、といったところだろうか。


「彼は何者かによって、落下した後に外に出された。その後、改めて人の手によって焼かれたんです。身体の前面を重点的にね」


「何者か……あの場にいたのは3人。焼死したはずの墨塗写を除けば、東弾と、峯岸嶄巌の2人……」


「共犯、そう考えれば筋が通ります。

 鬼灯山の麓にはとある闇病院があります。今は廃病院ですが、そこには異能力者がいました。《治癒》の能力を持つ彼女は、事件があったあの日、崖から落下した車から人が出てきたこと、1人を治療したことを証言しました」


「……」


「彼女は、治した人を覚えていました。それが、峯岸さん、あなたです」


 面会のとき、葉島が指差したのは、峯岸の写真だった。


 峯岸は動揺を欠片も見せず、むしろ頬を緩ませた。穏やかな老人のような態度だった。


「……ああ、そうだ。僕だよ。黙っていて悪かったね」


 悪びれている様子はない。


「そう……東さん……当時の先輩だった彼が、爆発に巻き込まれた僕を助けてくれたんだ。闇病院の世話になったことなんかおおっぴらには話せないだろ? でも、命が助かったのは確かで……」


「バツです」


「……なにを言ってるんだい? 君は……」


「能力者である彼女自身が、《治癒》についてこう言っていました」


《治すというよりは、元に戻す感じなんで……こういう火傷した肌とかなら簡単なんですけど、もっと酷い火傷みたいな、大きな欠損は怪我する前の写真を見ないと戻せないんです……》



「重要なのは、『元に戻す感じ』『大きな欠損は怪我をする前の写真を見ないと戻せない』という点です。言い換えると、治癒は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 手の小さな傷なんかを治すときは、傷の周辺を見れば肌の質感や色、形などが一目瞭然なので、写真なんて必要ありません。けれどたとえば、ぐちゃぐちゃになった顔を治すとき、能力者が元々の顔を知らなければ、どうにも治しようがありません。《治癒》の能力は、発動すれば自動で復元できるような、便利な能力ではないということです」



 それが、『元に戻す感じ』と葉島が言った言葉の意味だろう。


「逆に言えば、写真さえあれば、顔も治せるってことだよな?」究助が確認する。綴はそれに首肯した。


「彼女は治した相手について、こう言っていました」


《ええ……『この人を助けて欲しい』って言ってたっけ。院長もいなかったから、あたしが独断で……断れそうにもなかったし。顔が焼けちゃって、大変だったわ》


「峯岸さん。あなたが、《治癒》を受けたんですね? 認めましたね?」


「……ああ」


 失言だった、と悔やむ暇も与えない。


「相当な覚悟でしょうね。あなたは、顔が焼けていたんです。共犯者は、葉島さんに、峯岸さんの写真を渡して治癒するように頼んだのだと思いますが……ここで仮説を立ててみました」


 まさに、写真が必要な欠損だ。しかし、もしも──。



「もし、《治癒を受ける患者》と、《渡された写真》が異なる場合、()()()()に治癒されるんじゃないでしょうか」



 峯岸の脚がうっすらと揺れる。


「頭が痛くなってくるね。とんだ与太話だ……」


「精密な検査を行っていれば、もしかすると10年前の時点で真実が曝かれていたかもしれません。けれど、そこに生存者と、遺体、それと証言する刑事がいれば、疑う人はいません。そうですよね、峯岸さん?」


 峯岸さん、と綴は、わざとらしく発声した。


「……君。自分がなにを言っているのか、分かっているのかい? とんでもないことだよ。それは僕が、偽物であると言っているようなものだ──」


「そう、言っているつもりです」


「……」


 後戻りはできない。推理はすでに、陸地の端を蹴った。海に落ちるより先に、目的地にたどり着かなくてはならない。



「さっきも言ったとおり、共犯がいました。成り代わるために重傷を負う者と、無傷で相方を助けて治癒のために写真を渡す者。後者が、東弾さんです」


 相手の反論を待たず、綴は続ける。


「この強盗事件は最初から、すべてが計画された()()()()()だったんですよ」


 鬼灯山事件の全貌を語る。



「犯人たちは闇病院の場所も事前に知っていたはず。だから落下してすぐ、迷いなく病院に向かった。

 犯人は東刑事と共謀し、強盗事件を決行した。事前に、山に向かうことも、カーチェイスすることも、落下することも、そして飛び出す地点もすべて決めていた」


 彼らは危険を冒して、ガードレールから落下した。もっとも、危険は少ないと理解していたはずだ。なぜなら、東弾には異能力があったから。


「車の運転席周辺に弾性を付与し、東さんたちは助かる。そして犯人も、同じく弾性を付与されていたおかげで、助かっていたはずなんです。そして無事に落下した後に、同乗していた峯岸さんを殴るなどして眠らせた」


 崖から落下したのだ。外傷が1つや2つあったとしても怪しまれない。


「峯岸さんの身体の、特に前面にガソリンをかけ、焼き殺します。顔が分からなくなるように。

 ちなみに、落下から車の爆発には、少しラグがあったと証言を得ていますが、そのはずです。落下から殺害、その後に車が爆発したのでしょうからね」


《爆発……そうね。少し時間が経ってから爆発したわ》



「そうして犯人は焼け死んだことにして、本物の強盗事件の犯人は、治癒されることで別人に成り代わった。これが、鬼灯山事件の真相です」


 そこで綴は、一息ついた。



「結論ありきの推理と言わざるを得ないね。君はそんな妄想を真実だと思い込み、強引に辻褄を合わせようとしている」


 峯岸の怒りが籠もった反論が、耳朶を打つ。


「《治癒》の能力者の証言があります」


「その人の記憶違いさ。10年前のことだよ」


「峯岸部長」


 解は目を閉じ、瞑想するかのように佇んでいる。


「解くん……君も言ってやってくれよ」


 どんっ、と、解は研究室の壁を拳で叩いた。


「それより……私の質問に答えろ。貴方は……虚像ではない、本物の峯岸嶄厳だと」


「……本物に決まっているじゃないか」


「峯岸部長。貴方の身長と血液型、年齢を教えるんだ」


「……」


「調べれば分かることだが、貴方の口から聞きたい」


「──180cm、A型。52歳……」


 解は眉間に深い皺を作り、無理矢理のような笑みを浮かべた。


「ほう……妙だな。墨塗写と一致する。成り代わるなら都合の良い相手だ」


「君たち、揃いも揃って本気かい? いつまで妄想を語っているのやら。僕は僕だよ。偽物なんかじゃない」


「私は……信じたくない。刑事になってからずっと貴方に師事してきた。貴方こそが私の信ずる者であり、目指すべき形……そう思ってきた。幼い私を救ったヒーロー……」


 峯岸の冷ややかな瞳は、解をやりこめようとするかのようだった。


「もちろん。20年前くらいだったかな。あのときもコンビニ強盗だったね。覚えているとも。この記憶が、僕が本物だという証明になるはずだよ」


「火を吹く能力者によって火の手が回った」


「それも覚えているとも」


「では……そのとき、()()()()()()()()()()()()?」



「……なんだって?」


 峯岸の余裕が、崩れた。


 綴はしっかりと覚えている。メモにも記録しているし、読むまでもなく脳内に刻んでいる。峯岸は解を助けるとき、身体を負傷していたのだ。


 腕に銃弾を受けて、貫通したことを知っている。


「そんなもの……」


「忘れてしまったか? 貴方はその傷を、『誇りだ』と言ってくれた。私はその言葉に救われて、警察を志すことにしたのだ」


「そう、だったね……だが、悪いね。病院で治療して貰ったとき、ついでに治ったみたいだ」


「だから?」


「だから、と言われても……」


「治して貰ったとしても、あんな怪我だ。覚えているはずだ」


「……!」


 峯岸が、明確に動揺した。


「峯岸さん」綴は口を挟む。「《治癒》の能力は万能ではありません。あの能力は……体内と体外を、まとめて治すことはできません」


「え?」


「僕はよく知っています。あの人は、短い時間中で、体内の傷だけしか治せなかった」


 今でも思い出せる。尾割の事件だ。

 葉島は彼の毒によって狂った体組織を治し、ヘビ毒の痕跡をなかったことにした。けれど時間がなかったため、墜落したときの外傷を治すことはできなかったのだ。一緒に治せるならそうしていたはずだ。


 弾丸によって貫通したならば、体外と体内、それぞれに傷があるはず。火傷と一緒に治癒されたとしても、貫通した傷はそのままである可能性が高い。


「傷……傷だと……? それは……」


「峯岸さん。検査を受けてください。傷がなければ……あなたが本物というのは、極めて疑わしくなる」


「なっ……」



 峯岸嶄巌という男は、あの日、すでにいなくなっていた。

 墨塗写が成り代わったのだ。


「……証拠なら、もう1つあるさ」解は続ける。「東博士が隠匿していたUSB。あそこには、闇病院から拝借したであろう患者の記録があった。あの記録には……治癒されたあなたのデータも入っている」


「……なっ、なんだと……!?」


「警察署にある昔のあなたのデータと比べてみよう。矛盾が見つかるかもしれない」


 何故、東博士は患者のデータと、事件の記事を金庫に隠していたのか? 兄である東弾が関わっていたからというのもあるだろうが、それ以上に、疑問があったからではないか。事件の結末に異を唱え、明らかにするために。


 東博士は、そのための研究を始めていた。


「東博士の遺伝子判別の研究……! そうか! 犯人の動機は、まさか……」


 解は気づく。


「はい。東博士が研究を進めていた、遺伝子判別、研究が実れば、遺伝子によって、検査を受けなくても異能力者を判別することができるようになる。それは……犯人にとって非常に都合が悪いものでした。自分の正体が、バレてしまうのだから」


 峯岸はついに椅子から立ち上がった。


「か、解くん。僕は……」


「黙れ下衆が!」


 解の叫びは、研究室の壁をビリビリと揺らすようだった。


「貴方は……私の信じた男ではない! 私を救った者ではない……ただの……犯罪者だ! 偽物だ!」


 言い切ってから、解は綴に言った。


「頼む、八見綴……終わらせてくれ。あの偽者を……裁いてくれっ……!」


 綴はペンを再び、峯岸に。

 いや、墨塗写に突きつけた。



「東博士を殺害し、センターを爆破したのは……墨塗写、あなたです」


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