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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
探偵ハチミツ
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VS峯岸その2

 センターに着いたときには、あたりはすっかり暗くなっていた。センター周辺のガーデンライトによって道は照らされていたが、一方でセンター自体は電気が最低限しか点いていない。

 非常階段を、息を切らして上る。空に近づくほど、藍色の夜空に飲まれていくような感覚があった。究助の腕に支えられ、一歩ずつ、時間をかけながら、目的地へ。


 20階の現場に入ると、彼はいた。1階で居所を聞いていたため分かっていたが、その姿は予想外だった。


「探偵くん……それに最上くん。こんな夜にどうしたんだい?」


 壁に穴の空いた部屋で、峯岸警部が、部下に用意された椅子に座りこちらを見る。自室のような余裕を持って、脚を組んでいる。


「……あんたこそどうしたんだ。こんなところで椅子に座って」


「もう夜だろ? 朝から捜査で僕も皆も疲れてね。今は長めの休憩を取っているんだよ。休憩明けにすぐ捜査再開できるよう、現場で休憩っていうのが僕のスタンスでね。部下は皆、下の階で休んでるけど」


「そりゃ寒いだろうからな。こんな穴が空いた……」


「気が引き締まるだろう。それより……探偵くんはどうしたのかな。ずいぶん辛そうだけど」


 綴は──血を拭った痕で塗れた包帯をぶらさげていた。時間がなかったので、顔にも少し赤が残っている。目まで殴られたかのように血走っていた。


「……申し訳、ありません。僕の能力はちょっと厄介で。こうなってしまうんで……」


 言い切る前に、咳き込んでしまう。


「……病院に行った方がいいんじゃないの?」


 峯岸はくつくつ笑う。目元の皺が深くなった。


「ハチミツ! 心配すんなよ、俺が支えてやる!」


 綴を支える究助の腕が大きく振られた。唐突で情けない声が漏れる。


「きゅ、究助さん……」力強すぎて、痛みが増している部分もあるが。「助かります……!」


「聞いたことがあるよ。君は能力の《速記》を応用し、脳の回転を速めることができる。その際、反動でボロボロになってしまう。それが今の状態だろ? 素晴らしい推理を期待したいところだけど、悪いが回復を悠長に待っているわけにはいかないね」


「……」


「そろそろ休憩を終わりにしようかな。今日は徹夜で捜査だ──」


 彼は立ち上がりかける。しかし、その動きは、強引に遮られた。


「止まれよ。峯岸」


 究助が、立場を無視して、彼に刃向かった。


「悪いな。うちの相棒、究極速記っつって、あんたの言うとおり反動がスゲぇ必殺技があるんだが、このザマだ。けど、いつもはここまで酷くならねぇんだ。じゃあなんでこんな酷いのか?

 いつもより()()()やったんだよ。限界を究極的に超えて。その成果、聞いてやってくれ」


「……へぇ」


 すべてを明らかにするため、速記をし続けた。

 結果が、朦朧とした意識。弱り切った身体。


 その代償に、推理は終着点に達した。


「──紫雲さんが、解さんが、究助さんが……事件究明のために、命を削ってるんです。僕だって、しないわけにはいかないんですよ……!」


「……お前のは、比喩じゃなくて命を削ってるような感じがするから、ちょっと違うんじゃねえかって思うけどな……」


 峯岸の表情は大きく変わらないが、わずかに眉が動いた。忌々しい、と鬱陶しがるようだった。


「それで? 椿さん以外の犯人でも見つかった?」


「……はい。あなたの主張に、バツを付けます」


「……」



「八見綴!」


 ちょうど、解が駆けつけた。非常階段を駆け上ってきたようで汗をかいている。


「解さん!」


 解と峯岸の視線が交差した。解は振り払うように顔を背け、綴に手を差し出す。


「……これを貴方に託す。外の瓦礫の中から見つけた証拠だ」


 解は小声で、ひっそりと小さな金具を手渡した。それこそ瓦礫の破片のようで、いったいなんの役に立つのか、と不思議に思う。峯岸にバレないように手触りだけで確認すれば、()()()()()()のようなものだと分かる。


「……ありがとうございます!」


「ここぞというときに使え。私の地道な捜査を無駄にするなよ。……証明できるんだろうな。私の妹の無実と、真実を」


「もちろんです」


 その言葉に、ふっと笑って解は後ろに下がった。後は任せた、と腕を組んだ。


「峯岸さん、真犯人は別にいます」


 綴はペンを取り出し、挑戦的に、刃を向けるように峯岸に突きつけた。


「……そうかい。でも、椿さんの行動の謎は解けていない。彼女は確かに18階に向かった。君はそれを間違いだというのかい?」


「椿さんの行動はすべて、皆さんに観測されたとおりです。エレベーターに乗り18階へ。警備室でレコーダーの改ざんを行う。間違いないですよ」


「……」


 峯岸は黙り込み、解が顔色を失う。

 空気が澱む。沈黙を破るのは、解の当惑した声だった。


「は、八見綴……それは、椿の無実の証明になってないんじゃないか?」


「エレベーターのカメラに記録され、警備主任の小間貫さんは椿さんを目撃しています。彼女の行動に間違いはありません」


「それでは、結局、何故あんな真似をしたのか明確になっていないじゃないか!」



「なります。彼女は、()()されていたんですよ」



 再び、沈黙。しかし今度は長く続かない。


「洗脳、だって? そんな馬鹿げた……催眠術でもかけたと言いたいのかい?」


 峯岸がせせら笑う。


「僕は冗談で言っているわけじゃありません。彼女は洗脳され、不可解な行動を起こした。それで間違いないと思っています」


「あのねぇ、あり得ないよ」


「あり得ます。異能力ならね」


 解は目を見開く。綴の言いたいことが理解できたようだ。



「……! 《洗脳》……だと?」



 知っているはずだ。普通であれば小馬鹿にして一蹴するような可能性。それが、この世界ではあり得ることを。



「王樹家の事件で、僕たちは目の当たりにしたはずです。《()()()()()()()



「……王樹真洞! だが、彼は不在で、事件とは完全なる無関係。彼の異能力が使われたなど考えられない!」



「……君たちは、さっきからいったいなにを……」


 峯岸は椅子から立ち上がりかける。しかし、それを、彼が阻止する。


「まあまあ。せっかく座ってんだからよ。黙って聞いてろや」


「最上巡査……邪魔をしないで貰いたいね」


 この場において、綴の真意を理解しているのはただ1人。ここに来るまでに車内で答えを聞いていた究助だけだ。


「邪魔って言うなら、あんたの方だ。ここからは俺の相棒の推理ショーの時間だぜ。邪魔は俺が許さねぇ。……ハチミツ。続けてくれ」


 綴は頷く。頭が痛んで仕方ないが、意識を集中させる。


「《洗脳》は使われていない? いえ、バツです。《洗脳》によって、椿さんは18階の警備室まで向かわされた。事前に、外にいた彼女にカードキーを渡し、18階に送る。そして、小間貫さんを昏倒させたのは……椿さんではなく、真犯人です」


「……なんだって?」


「《洗脳》に複雑な命令が不可能なら、監視カメラの改ざんも真犯人が行ったのでしょう」


「待て……」


「そして廊下のカメラの録画機能を停止させた真犯人は、堂々と廊下を通り、20階に向かった──」


「待てと言っているんだ探偵!」


 峯岸が低く凄みのある声を轟かせた。椅子に腰掛けたまま、前のめりで綴を睨んでいる。


「勝手に話を進めるな! 君は真犯人とやらを、さも当たり前のように登場させているが、いったいどこにいたんだ!? エレベーターや非常階段のカメラにそんな存在はいない! 椿さんしかあの場にはいなかったんだ!」


「いえ」綴は、静かに言った。「いたんですよ。椿さんの、()()()()()()()


「……は?」


()()()()()()()使()()、爆弾と、ロボットと一緒に小さくなり、椿さんのポケットに入った。そしてエレベーターに相乗りして、特別研究フロアに入ることに成功したんです」



 視界の隅で、解が不安げにしているのが分かる。突飛なことを言っていると、気が気で仕方ないのだろう。


 一方で究助は、信頼のこもった目で綴を見ている。大丈夫だ、好きにかましてやれ。そう言っているのが分かる。


 峯岸は口元を引きつらせている。


「『真犯人は縮小を使い』? なにを言っているのか……そもそも、なにもをもって《洗脳》されたなどと……」


「それはもちろん、犯人が《縮小》と《洗脳》の異能力を持っていたからですよ」


「は──」



「犯人は、《コピー》の能力者だったんですよ」



 峯岸は俯き、黙り込む──ように見えたが、肩を震わせていた。ややあって、唾を飛ばして笑い出す。


「ははは! なにを言い出すかと思えば! コピー能力? どこにそんな能力者がいるというんだい!? 関係者にそんな能力者はいなかった! そんな、まるで……」


「10年前の鬼灯山強盗事件のよう?」


 掠れた声を残し、峯岸の笑い声は止まった。


「10年前、犯人が亡くなった強盗事件がありました……って、わざわざ説明する必要はないですよね。あなたも当事者だったんですから。その亡くなった犯人の名は墨塗(すみぬり)(うつし)。異能力者。能力名は、《異能力コピー》。知ってますね?」


「……まさか、君は……」


 綴は血の味を噛みしめて、はっきりと言った。



()()()()()()()()()()。このセンター爆破事件の真犯人は《コピー》の異能力者、墨塗写だ」



「……墨塗写は10年前に死んだ。生きてるはずがない」


「それはバツです。10年前の事件、あれには、現代の僕らが知らなかった真実がある。亡くなったのは犯人じゃない。()()()


 綴はペンを高く上げ、空中にバツを描いた。ちょうど、峯岸の顔に重なるように。




「そうですよね? ……峯岸さん、いえ。

 ──墨塗写さん」


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