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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
探偵ハチミツ
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命を削れ

 病院から刑務所に移動し、葉島の面会の時が来た。ガラスの向こうの葉島は少しやつれていたし、髪も傷んでいた。春に会ったときの姿とは別人のようだった。


「あら……久しぶりですね。面会なんて誰かと思ったけれど、あなたたちだったなんて……八見綴さんに、最上究助さん……」


 葉島は綴たちを目の前にして、ゆっくり微笑み、そして──。


「ざっけんじゃないわよ! なにしに来たっていうのよこのガキがァ!」


 突如、悪鬼の如く顔に豹変し、キンキンと喚いた。


「うおっ……そういえば、こんなだったな……」


「鼓膜破れるかと思いました」


 目つきも鋭くなった気がする。この状態の彼女と最初に出会っていたら、優しそうな女性などという印象は欠片も抱かなかっただろう。


「さっさと帰れッ!」


「いえ、葉島さん。今日来たのは、伺いたいことがありまして」


「なに! ……毒の在処なら教えないけど」


 幾度となく訊ねられたのだろう。儀礼的な反応をする。しかし、今回は違う。


「それはもう秒読みだ。あんたが勤めていた病院を発見した。闇の、な」


 究助の言葉に、葉島の顔は引きつる。そして、手のひらで目を覆った。


「鬼灯山の麓に、廃病院を見つけました。そこであなたの名前も」


「なによ。さっさと言いなさいよね……」


「結構、早めに言いましたけど……」


「……しょうがないわね。トイレよ。トイレの床下……そこに収納があって、そこに、毒がある……」


「……なるほどな。後で回収する」


「──それで? じゃあなに? あの病院のことが知りたいの?」


 いくつか聞きたいことはある。まず、手始めに。


「あの病院、あなたの他に誰が働いていたんですか?」


「……あたしと院長だけ。闇病院なんてそんなに人がいるわけないでしょ」


「院長さんは今、どこに?」


「ここじゃない別の刑務所。とっくに捕まってる」


「逮捕……ですか」


()()()、病院が廃病院になって、数日後に院長は捕まった。それ以来、あたしは幸いにして逃げられたけど、能力者だってことを隠してホームヘルパーとして働き出すはめに」


「あの日、ですか。まさか、車が山から落ちてきたのではないですか?」


「……! そんなことまで調べてるの? そうよ、本当に驚いたんだから。あの日、病院にはあたし1人しかいなかった。とんでもない轟音があって、外に出てみたら、森の奥で車が落ちてるじゃない。びっくりして固まってたわ」


 頭痛を堪えているようなポーズになった。


「葉島さん。僕たちはその件について調べているんです。教えてもらいますよ」


「……あんた、前に会ったときは弱っちかったのに、強引になってるわね」


 恐縮だ。


「それで、車ですが。その後、爆発したはずですね」


「爆発……そうね。少し時間が経ってから爆発したわ。あたしは近寄るわけにもいかないでしょ。遠くで観察してたわよ。だから、降りてきたそいつらがなにかしてたけど、よくは見えなかった……」


「ドライバーたちは、あなたに気がつきましたか?」


「気がつくはずがない、のに。アイツらはすぐ病院の方に向かってきたわ。その後、彼らと話して思ったけど、あそこが病院であることを知っていた様子だった。どこかで病院の噂を聞きつけたか、院長と知り合いとか、そんな理由だったのかも」


「……その人たちは病院だと理解していた。確かですね?」


「確かよ。そして……2人のうち1人が、()()()()()()()()()()


 葉島里香の異能力、治癒。その特徴は、メモ帳を見るまでもなく、よく覚えていた。


《治すというよりは、元に戻す感じなんで……こういう火傷した肌とかなら簡単なんですけど、もっと酷い火傷みたいな、大きな欠損は怪我する前の写真を見ないと戻せないんです……》


「あなたの《治癒》で、身体を治した人がいたんですね?」


「ええ……『この人を助けて欲しい』って言ってたっけ。院長もいなかったから、あたしが独断で……断れそうにもなかったし。顔が焼けちゃって、大変だったわ」


「……」


「一応、治癒した患者はデータに残してあるわ。記録に残しておけば、弱みになるからね……まあ、どっか行っちゃったかもしれないけど」


 犯人を治療した? いや、だとしたら焼死体として残っているのはおかしい。彼女の能力は元の状態に復元可能だ。そういえば、刑事の1人は軽傷を負い、もう1人は無傷と天野が言っていた。治療を受けたために無傷だったのか。


「まさか……」


 メモの上を、ペン先でとんとんと叩く。

 あり得ない。しかし、それ以上にあり得ない可能性を排除していくと、最後に残ったのは、およそ考えられない真相だけになる。


「あなたが治療したのは、この中のうち、どなたでしたか?」


 写真を3枚並べる。崖から落下した3人の写真だ。葉島は見比べ、その1人を指し示した。


「酷い怪我だったわ。爆発に巻き込まれたんでしょうね。写真を見て治したわ」


「……え」


 自分のものとは思えない、か細い声が漏れた。


 およそ考えられないような真相。それでも、すべての点と点を繋ぐ線になり得る真相。


「──葉島さん、ありがとうございました。面会は終わります」


「は? あんた、もう終わりでいいの?」


「ええ……時間があまりないことに、今気がつきました。

 究助さん! 車を回してください。センターに向かいます」


「ああ? いいが、なにか掴んだのか!?」


「……おそらく。いえ、間違いない、と断言してもいいかもしれません。鬼灯山の事件の真実が分かりました」


   ***


 車の後部座席に乗り込んで早々、綴はメモ帳を広げた。以前は苦言を呈した究助も、それを見てなにも言わなかった。どうぞ、好きなだけやれよ、そう言いたげに目を瞑った。



 ──ペンを動かせ。頭を働かせろ。


《亡くなったのは犯人だけだった、というのは幸いというべきか》


 動機不明の強盗事件。刑事を巻き込んで、崖下に落下した。犯人だけが亡くなった。崖下には闇病院があり、治癒の異能力者がいた。



《ええ……『この人を助けて欲しい』って言ってたっけ。院長もいなかったから、あたしが独断で……断れそうにもなかったし。顔が焼けちゃって、大変だったわ》



 10年前の事件なんて、証拠も残っていない。確かなことは言えないが、それでも手がかりは集めてきた。後は線を結ぶだけだ。それで、形が作られる。



《じゃあ、どういうことなんだよ! これは……なんだ、()()()()()……!?》



 脳が沸き立つ。鼓動が早くなる。だが手を止めるわけにはいかない。


 ──推理を繋げ。命を削れ!


 

 真実を見つけるためなら、自分の身体がボロボロになろうが、どうでも良かった。

 自分以外の皆が、頑張って証拠を集めているのだ。椿が、不当な容疑で逮捕されているのだ。



《あの突起から人間用の麻酔弾を射出する。後遺症もなく対象を昏倒させられる》



《情報部のデータベースにある異能力者の記録と、カメラに映る人間の顔を照合し、異能力者か否かを判断する。そんな仕組みさ。もし異能力者だったなら、《警報》が鳴り響く》


《もしこの金庫が数日以内に開けられていれば、どのボタンがどの順番に押されたのか、記憶から読み取ることが可能だ》



 必ず助けると誓ったのだから。



《爆発の5分前、センターに《爆破予告》が入った》



 ──そのためならば。


 どれだけ血を流そうと構わなかった。


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