浮かび上がる違和感
公園は瓦礫が残り、封鎖されていたが、究助がほんの少し説得をしただけで通された。無人の公園は秘密の話をするのにうってつけだった。
「最初に言っておきますが、僕は父のことをあまり知りません。早くに別居しましたし。そこのところをヨロシク」
「じゃあ、事件のことはどこまで知ってるんだ?」
究助が代表して訊ねる。正とはよく話すようで、相手からしてもやりやすいだろう。
「世間と同じ程度ですよ。コンビニ強盗を起こし、鬼灯山に逃走、カーチェイスの果てに崖下に落下。焼死した……くらいです」
「ん、焼死? そうか、焼死だったのか」
「ああ……死因まではニュースで詳しく報道しませんでしたし、記録もあまり残ってないんですかね? はい。身内ということで、警察の方々から、詳細を教えられましたよ。車の爆発による焼死、それが父親の死因です。ヨロシク」
「ガソリンタンクから液体が漏れ出て、さらに配線のショートが起こったりして火花が散れば、そこから炎上……爆発は起きるな。そういえば、刑事たちの車の方も爆発したんだっけか」
「近くに落ちたなら、類焼が起きたのかもしれないですね」綴は推理する。
「刑事たちは逃げたからか、助かった。だが墨塗写は亡くなった……ところで、強盗事件を起こした動機は? お前はさっき困窮がどうとか言っていたが、金目的なのか?」
「……さっきはそう言いましたね。警察の推測もそうでしたし」
正は手を顎に当てて思案する。
「でも……僕も母親も、そうではないんじゃないかと思っていました。彼が金に困ってる様子は見ていないんですよ。離婚していたとはいえ、まったく関与しなくなったわけじゃないので、時々は会うんです。でも、金には困ってない……と思ったんですよ。むしろ、逆」
「逆? 裕福そうだったってことか?」
「彼、外面を気にするタイプでね。見た目を飾ることに糸目は付けなかったんです。久しぶりに会う元家族に格好つけようと、いつもスーツを着ていました。金がなければ服装に余裕は出さない」
「ふうん……じゃあ、動機は微妙に謎ってことかよ」
解は腕を組みながら、静かに「私のときは」と呟いた。
「私が遭遇したコンビニ強盗は金のためだった。金以外の動機でコンビニ強盗なぞ行うとは思えないが」
「嫌な経験則だよな……」
綴は自分の思考の中に閉じこもる。
爆発と焼死。不明な動機。そして同じ事件に関わった人間。10年前の事件と今回の事件。決して地続きのわけはないが、運命めいたものを感じる。
「ところで、知っていますか。当時の刑事の1人で東博士のお兄さん。彼、亡くなってるんですよ。3年前に」
「そうだっけ?」
「事故死らしいですよ。5年前に警察を辞めて、2年後に亡くなる。哀しいですね」
「ほおー……」
「ああ、そういえば……父の異能力ってご存じですか?」
「あ、それがよ。記録に残ってないんだよ。それ! めっちゃ訊きたかったんだ」
正は綴たちの顔をゆっくり眺め回し、ため息混じりにそれを発した。
「《異能力コピー》。他人の異能力を使える能力です」
異能力コピー……それを聞いた途端、頭が冷えていく感覚があった。頭の内側に汗をかいていくような、焦りの後に不思議と冷静になる感覚。
《コピー能力》もまた、東博士のメモにあった。
「条件は単純、対象の異能力者の身体に触れるだけ。それで対象の異能力が使えるようになります。その精度はかなり正確。能力の条件も制約もそのままコピーします。
そして重要な特徴は2点。1つめは《最大で3つまで能力を保持できる》こと」
「保持ってのは……コピーした能力を使わず、残しておけるってことか? 戸棚に買った菓子を取っておくみたいな?」
「たとえが妙に子供っぽいですが、そういうことですね。2つめは、《1度使った能力は再び触れない限り使えない》ということ。1回きりなんですよ」
「それが墨塗写の能力だったってことか。強盗事件を起こしたときも、なにかしらのコピーした能力を使ってたんだろうな。変な能力だな……」
「ええ、不思議な能力です。自分の他に異能力者がいることが前提となる異能力。どうしてこのような異能力が存在するのか、謎だと思いませんか。センターでも研究が進められています」
「コピー能力……?」
綴ははっとして呟いた。
「どうしたハチミツ」
「過去のメモ帳を見直してみて思い出しましたが、墨塗正さんは《コピー能力》の研究をしていましたよね」
《墨塗か……あいつもなんか研究してるんだったっけかな。《コピー》がどうとか……ま、忘れた》
王樹家に向かう途中、異能力の遺伝について究助と話していたときの話題だ。
「ええ。僕の父親のことがあるので、研究を」
納得して、綴は小さく頷く。
疑問が1つ消えて、軽くなった頭に浮かぶのは、新しい疑問だ。
「自分の兄の事件を記録し、調査するのは分かります。ですが、何故、《コピー能力》についてもメモに残していたのでしょうか。知っていたのはお兄さんから聞いたからでしょうが、『鬼灯山の事件』『東弾』『闇病院』と同列に並べるほど、東博士にとって重要だったのでしょうか」
知らねぇよ、と究助はわけの分からないことの連続にうんざりしている。
「墨塗さん、ありがとうございました。……うっすらとですが、なにか、掴みかけてきました」
「……それなら良かった。事件の解決、ヨロシクお願いします」
「八見綴」解は公園に目を向けたまま言った。「葉島里香の面会は貴方たちで済ませておいてくれ」
「解さんは、なにをする気ですか?」
「私は……少し、私なりに手がかりを探求してみようと思う。私のサイコメトリーでしか判明しないこともある……と思っている。たとえば、瓦礫だ」
「瓦礫? ああ、爆破で公園に落ちてきた? 確かに、研究室にあったものが落ちてきた可能性がありますもんね」
解は躊躇いがちに首を振る。
「それもあるが……いや、可能性の話だ。見つけたら無論……貴方に届ける」
「き、気をつけてくださいね。うっかり大火傷を負ったりしないように……」
「貴方に言われるまでもない」
解は公園に戻っていった。なにを探すのかは教えられてないが、彼のことは、短い間だが信頼していた。彼ならなにかしら成果を得るはずだと、綴は信じる。自分たちは、自分たちの為すべきことをするだけだ。
***
葉島の面会の前に、紫雲が勤める病院に立ち寄った。彼は相変わらず元気がなかったが、東博士の検死結果について教えてくれた。
「おそらくだが、東博士は後頭部を殴られて意識を失ったようだ。酷い火傷で具体的な凶器は特定できないが、外傷が確認された」
「特定しようにも、凶器は吹き飛んじまったかもな」
「博士は殴られて気絶した後、爆破に巻き込まれて亡くなった、ということでしょうね。そうなると犯人は東博士の殺害も目的だったのでしょう。爆殺を選んだ理由ははっきりしませんが」
紫雲は椅子にどっしりと腰を下ろし、重力に身を任せるように息を吐いた。
「検視の結果だが……今ので終わりだ」
「マジかよ……」
「師匠の腕をもってしても、これ以上のことは分からない。悪いな」
「いや、そりゃしょうがねぇよ」
相当に酷い状態だったのだろうと分かる。
見た目には分からないが、紫雲は無力感に苛まれている様子だ。声色からもそれが窺える。
「ところでお前ら、真犯人とやらの見当は付いてるのか。素人目には特別研究フロアにいた、警備主任を除いた3人の誰かじゃないかと思ってんだが」
紫雲なりに推理してみたようだ。
綴はペンを回す。
「それは考えました……でも、どうしても研究室前にあるカメラがネックになります。あれのおかげで異能力者は研究室に入れません」
カメラの録画機能は停止しているが、警報を鳴らす機能は生きていた。姿を消す異能力でもない限り、カメラを突破することはできない。
「如何野はどうだ。窓伝いに腕を伸ばして、研究室に侵入したとかは」
如何野の《四肢伸縮》なら?
「紫雲さんの推理は僕も考えましたが、窓がはめ殺しになっているということで、不可能だと判断しました。ガラスを割れば侵入はできますが、中でまだ元気だった東博士が逃走しないとは思えません。それに、彼の研究室は18階。窓を伝おうとすれば、19階の紅花博士の研究室から見えてしまいます」
「紅花は異能力的にも無理だな。となると、あいつはどうだ。紅花の助手。あいつは非異能力者でカメラを突破できる。爆破事件の少し前に研究室の外に出ているんだろ。博士と一緒に入ればパスワードも無視できる」
「白滝修子さんですね。確かに、彼女ならカメラに映っても警報は鳴りません。ですが爆弾の問題があります」
「爆弾。手製の爆弾なんだっけか」
「そして、手動の起動で数秒後に爆発すると言われています。遠隔での爆発は不可能。爆発の瞬間、紅花博士と一緒に研究室にいた彼女には起爆はできません」
「はぁ……厄介な事件だな。今更か……」
複雑なトリックを抜きに考えれば、紫雲の言うとおり特別研究フロアの3人が犯人だ。その可能性を捨てることはできない。だが、方法が存在しない。そうなればあり得ない可能性だろうが、残されたものが真実になる。
紫雲が苛立たしげに頭を振ると、究助の持ち物が目に留まったらしい。
「……おい究助。なに持ってんだ、それ」
究助は小脇にファイルを抱えている。資料が詰め込まれていた。
「鬼灯山事件の資料を探し出したぜ」得意げに掲げる。「持ってきたのはいいけど、今はセンターの事件について考え中だろ。ごっちゃになるといけねぇと思って出してなかったんだよ」
そう言いながら、机に資料を広げた。紫雲はその中にある、写真を手に取る。
「遺体の写真だな。これはあれか。強盗の遺体か。車が崖下に落ちて、焼死だったな」
紫雲は資料を読み漁る。
「身長180cm、血液型はA型。年齢は42歳、生まれは……」
綴も隣で写真を眺める。
かなり酷い状態だ。火に焼かれて救出がかなり遅れたようだ。身体の前面が背面と比べて酷く、黒々と炭化している。綴は簡単に見て、顔を背けた。写真の確認は紫雲に任せて、その場から離れる。
「手詰まりになってきたな……」究助は苦しそうに言う。
「葉島さんから話を聞けば……なにか」
「それで得られるもんって、鬼灯山事件のだろ? センターの方はずっと進展がねぇだろ」
「解さんが手がかりを集めてくれてますよ。それで鬼灯山……じゃなくてセンターの強盗事件……じゃなくて爆破事件の……」
「混ざってるぞ。気持ちは分かるけど」
思い出すのは、先日の事件だ。山中にある豪邸、王樹邸で起こった殺人事件は、今回のセンターの事件と共通点がある。究助にそのことを告げる。
「どういうことだ?」
「王樹邸の3階、センターの最上階。どちらも普通は入れない場所。けれどどういうわけか、犯人は入れている。
王樹家のときは、犯人が複数の異能力を利用し、非異能力者であるにも関わらず、超自然的なトリックによって殺人を行いました」
「今回もそうだって? 非異能力者が犯人? 白滝修子みたいな?」
「いえ、異能力者でも、他の能力を利用することは可能です。思うのは、1つの異能力だけを使って、研究室に入ることはできない……ということです」
「むむむ……」
「あ?」
2人の背後で、紫雲が調子の外れた声をあげた。
「どうかしましたか?」
「……これ、よく考えたら、変だな……と思ってな……」
紫雲はまじまじと遺体の写真を見つめた。どんどん目と写真の距離が近くなり、もうほとんど触れるくらいになった。そして再び「変だ」と低い声で呟いた。
「なあ……この遺体、どういうことだ? この資料、間違えているとかじゃないんだよな?」
「そりゃ、流石に公的なもんだし、精査されてるだろうし」
紫雲は怒鳴る。
「じゃあ、どういうことなんだよ! これは……なんだ、この遺体は……!?」




