探偵と特能
「……頑張ってるみたいだね。解くん。それに、探偵くんも」
「峯岸部長……今日はどうしてこちらに……」
「おかしなことを聞くね。僕はこの事件の担当を任されたんだ。センターを訪れても不思議じゃないだろ? それを言うなら、君たちがここに来ている方がおかしいんだ」
「妹は……椿は、なにか証言しましたか?」
峯岸は心底残念そうに首を振った。
「苦戦中だよ。頑張ってはいるけどね、彼女は記憶を失っているのかな? 黙っているというより、なにも喋れなくて困っているみたいなんだ。とすると、こちらとしても打つ手が限られている」
「記憶を……」
確かにそんな感じの言動だった。しかし、どうして記憶がおぼろげなのだろうか。やったならやった、やってないならやってない、と言えない事情があるのか。
「ちなみに、彼女の身体に傷などは見つからなかった。君たちの推理……麻酔弾だっけ、あれによる昏倒、そして記憶の混濁という線はなさそうだねえ」
「聞いていたんですね」
「もちろん、きっちりね。ロボットを使って小間貫さんを眠らせた、だよね。そしてそのロボットを使ったなら、小間貫さんの視界に入ってないとおかしい。縮小を使ったなら可能だが……椿さんの能力は手から離れた物体を小さくできない」
「はい……」
「であれば……君たちの推理に誤りがある……如何野博士と言い合うより、自分の推理を改めた方がいいんじゃないのかい?」
「……う」
「ちょ、ちょいちょい! 峯岸さんよ!」静観していた究助も声をあげた。「そりゃねえだろ。じゃあ小間貫の首にある傷はなんだよ! なんで眠らされたんだよ!」
「首の傷は、眠らされたときに倒れて、どこかにぶつけたのかも。それか、椿さんに救助されて運ばれたときとか。眠らされた原因は分からないけど、ロボットということはないんじゃないかな」
「……や、でもよ……」
「それでもロボットと言いたいのなら、彼の首に針を刺した方法を示してほしいね」
「ぐぬぬ……」
峯岸はそこで、如何野に向かって言う。
「失礼、博士。少し席を外していただきたい。ここからは内密の話になります」
「ホホッ。では、私はここで……」
如何野は好機とばかりに素早く去って行った。
「八見くん。実はね。椿さんから証言は得られなかったけれど、彼女が犯人という証拠は徐々に集まってきているんだ」
「えっ! な、なんですって?」
「たとえば、エレベーター以外の監視カメラ。非常階段やセンター内のカメラだよ。そのどれにも、椿さん以外に特別研究フロアへ向かう人間も、去ろうとする人間も映っていなかったんだよ。
爆破予告があってすぐ、警備員たちはセンターを囲んだ。少なくとも、それ以降にセンターの外に出ていった人はいない。避難した一般人に紛れて、という可能性もあるけど。上階のカメラに一般人は1人も映っていない」
「でっ、ですが……椿さんがエレベーターに乗るもっと前に犯人がやって来た可能性もあります。爆弾はとっくに仕掛け終わって、脱出前に……遠隔で爆破したのかも」
「なんと、爆弾の解析もあらかた終わったんだ。爆破半径や残された残骸から、プロが調査した。アレは手製の爆弾。遠隔で起爆できる機能は付いていない……手動で起動して、数秒後に大爆発が起こるタイプなんだってさ」
「えっ! ……しかも、手製?」
「これは犯人像を絞り込めるかなりの情報だね。犯人は爆弾に関する知識があり、資産もあった。爆弾を隠れて作る場所も用意できる」
「……それなら残念だが、峯岸部長。椿は爆弾に関する知識も、資産も無い。これは兄である私が断言できる」
解は毅然として反論する。
「なるほど。そうなると僕としてはやはり……最初に言った可能性を再び提示したいね」
「最初に言った可能性……」
「椿さんが誰かに指示された。脅されていた可能性だよ。彼女は自分の意思かどうかは分からないけど、上階に行った。これは確かだ。でも、共犯がいたかもしれないんだ」
共犯。椿を操り、東博士の殺害と研究室の爆破を目論んだもう1人。エレベーターや非常階段を使わず、研究室にも入らず、安全圏からすべてを操った人物……。
「で、ですが、そんな人物……」
「これまた困ったことに、ここまでの捜査で挙がってきた人物はいない。そのため、椿さんの発言が頼りだけど、彼女も記憶が曖昧。このままでは……やっぱり椿さんが犯人となってしまうね」
「ううう……」
綴は呻き声を発する。意味のある言葉が出てこない。
「椿さんはエレベーターを使い18階へ。警備室に行って小間貫警備主任を昏倒させ、レコーダーを改ざん。カメラに記録されず20階へ。縮小で東博士の研究室に侵入。博士を眠らせ、爆弾をセット。起爆させ、壊れた扉から出て行った。何食わぬ顔で非常階段から、小間貫さんと一緒に逃げたんだよ」
辻褄が合う。合ってしまっている。
「いいかい、君が椿さんの潔白を望むのは当然だ。でもね、事実は受け止めるべきだ。事実から目を背けていては、謎の解明は出来ない。そうだろう? 君がすべきことは、椿さんの犯行を証明すること──」
「ちょ、ちょっと待てや!」
荒々しく、彼はその場の空気を、流れを打ち破った。
「究助さん? なにを……」
「なんかよ……なんか、分かんねーけど、あんた、自分の思いどおりに俺らを動かそうとしてねぇか!? そうはいかねぇぞ!」
「最上巡査……」
峯岸は小さくとも鋭い眼光を究助に突きつけた。
「くそっ……上手く言えねぇが、意味ねぇだろ」
「意味?」
「特能のあんたらが椿を疑って捜査を進めて……俺ら一課とハチミツが同じように椿を疑ってたら……その……究極的に意味ねぇだろ!」
「おい。私も特能なんだが」と解が言う。
「俺ら一課とハチミツと解は! ……椿は犯人じゃねぇと信じてる!」
「……つまり君は……僕たちと違う方針で捜査を進めていきたい……そう言いたいのかい?」
究助は大きく息を吸う。
「そうだよ! 俺たちは今までもそうやってきた! 特能とは別の角度から捜査して真実を追求してきたんだよ。あんたらの言われたとおりには捜査しねぇ!」
「きゅ、究助さん……」
そこでようやく、自分が峯岸の圧に飲まれていたことに気づいた。彼の言葉に流されるところだった。究助の大声によって、我に返る。
「……僕たちは、なにを言われようと、椿さんの潔白を信じています。彼女は東博士を殺していない」
「無論、間接的にもな。妹は、誰かに脅されようと殺人を犯す人間ではない……」
「究助さん……ありがとうございます。危うく、惑わされるところでした」
「へっ! 声のでかさなら任せろってんだ! 究極的にな!」
「……残念だよ」峯岸は嘆息した。「好きにすればいいさ」
そう言うと、部下を引き連れ、綴たちの脇を通り過ぎた。最初から興味など無かったかのように、綴たちに目を向けることはなかった。
「み、峯岸部長……」
解にも、同様の態度を示す。
「解! 無視しろ無視! あんな奴、もうお前の信じた上司じゃねぇ!」
「……阿呆が。そう簡単に割り切れるものか……」
究助はバシバシと解の背中を叩いた。まるで干した布団の埃を取るみたいに。
「さっさと行くぞ。忘れてねぇだろうな? 鬼灯山の事件も調べなくちゃいけない──」
「なんだと?」
地の底から響くような声だ。
彼が──発した。
「今……なんと? 鬼灯山の事件……? 何故、今それをっ!」
「み、峯岸部長?」
峯岸はほんの一瞬、冷徹な表情を崩し、焦りのようなものを見せた。しかし「……失礼する」とだけ言い残し、すぐに去った。
「……なんだ? 今の……あ、そうか、あいつも鬼灯山の事件の関係者か……」
「そ、それにしては……変な反応です……」
「と、とにかく、行くぜ。あ……なんだったっけか、次、なにを調べようとしたんだっけ?」
「ロボット……は、結局、微妙なところでしたね。僕の推理は間違っていたのか……でも……」
綴は落ち着きを取り戻して言った。
「さっき……気がつきました」
「え?」
綴は両手を掲げ、手のひらを上に向けた。そこになにか乗せるような仕草をする。
「2つの爆弾です。エレベーターの監視カメラ映像……思い出してください。彼女、爆弾なんて持ってませんでしたよね。ポケットに入れていたとしたら、彼女のポケットはそれなりに膨らんでいるはず。でもそんな目立つ膨らみはありませんでしたね。あったら、皆さんも気づいているはずですから」
「小さくした……はあり得ないな。アイツ自身も縮小するはずだもんな。確かに、椿が犯人なら、爆弾を手に持った姿が記録されているはずだよな?」
「現場を調べたプロの方々が言ったんですよね?」
《それなりの大きさ、手のひらには収まらねぇサイズの爆弾だと推測されるらしい》
「手のひらに収まらねぇなら、カメラに映ってねぇのはおかしい! じゃあ椿が爆弾を運んだってアイツの推理は崩れた……って、なんで言わなかったんだよ! 圧に飲まれたのか?」
そう現実を突きつけられると、先ほどまでの体たらくが恥ずかしく思えて嫌になる。
「そ、それもありましたが……結局のところ、その先が続かないんですよ。爆弾をどうやって持ち込んだのかという謎もありますが、じゃあ誰が持ち込んだのか、それはまるで分かりません。やはり、峯岸さんの論証にやり込められてしまいます」
「そうか……やっぱ、俺たちに必要なのは真犯人の手がかりか……」
そのとき、峯岸が去った方角から、見知った顔が歩いてきた。彼はこちらに気がつくと、眼鏡を指で押し上げ、規則正しい歩行で近寄ってきた。
「墨塗……!」
墨塗はこれまた規則正しく立ち止まると、3人を順番に見回した。
「皆さん。お揃いですか。たった今、峯岸嶄巌さんとすれ違いました。僕には気がつきませんでしたがね。どうやら周りを気にする余裕も無いほど、なにか考え事をしていたみたいです」
「……余裕が無いほど、考え事……」
さっきの反応が気になる。
鬼灯山の事件を担当し、仲間の刑事、犯人と一緒に崖下に落下した。彼にとっても印象深い事件のはずだ。その言葉に反応するのも不自然ではないが……今までの余裕を持った態度からは考えられない様子だった。引っかかるものがある。
鬼灯山の事件といえば……爆弾事件の真犯人を捜そうとしているときではあるが、聞いておきたいことがある。
「墨塗さん。鬼灯山の事件って、もちろん、ご存じですよね?」
墨塗は──やはり冷静で、表情を崩さない。
「……それはもう。僕の父親が、母親と離婚し別居した末に困窮し、つまらない動機で犯行に及んだ事件ですからね」
他にはないと分かっていたが、墨塗写は、墨塗正の父親だった。
「しかし、それが? どうして今、その事件を?」
「東博士の研究室の金庫にメモがあったんです。そのメモに、鬼灯山強盗事件についてのコピーがあって……まあその、なにか関わりがあるかもと思って調べていたんですよ」
「……なるほど。申し訳ありませんが、僕にも何故東博士の金庫にそんなものがあったのかは分かりません。ですが、知ってることは答えますよ、ヨロシク」
「ありがとうございます」
墨塗とともにセンターの外に移動する。事件の傷跡が色濃く残る公園に向かった。




