不可解な昏倒
奮起したものの、物事はそう都合良く進まない。刑務所の面会はすぐにはできなかった。許可に少し時間がかかるらしい。
その間、なにもすることがないかというと、まったくそんなこともなく。解から呼び出しがあった。
昏倒していた警備主任から話が聞けるとのことで、彼が入院している病院に2人は駆けつけた。
最初に見たときは倒れていて、容姿もよく分かっていなかった。彼は精悍な顔立ちで、きっちり四角形と言ってもいいくらいの角刈りをしていた。
入院しているとは思えない声量で、彼は叫ぶ。
「おはようございまーっす! 私、異能力研究センターの警備主任、小間貫晴彦と申しまーっす! よろしくお願いするでありまーっす!」
──耳が、キーンとする。遥か上空で爆発音を聞いたときと同じ感覚だ。
「ええ……お間抜け氏」
「小間貫です!」
「あ、失礼」解は疲れたような苦笑いを浮かべた。「早速ですが、貴方は事件があったときのことを、記憶していますか? なぜ昏倒していたのかなど、教示していただきたい」
「ふむむ……」
小間貫は病室の天井を見上げる。顎の角度はきっちり45度。
「私、あの日は至って普通に仕事をしていました。日課のラジオ体操をしながら監視カメラの映像を眺めていたのであります」
「……日課のラジオ体操が気になりますが、まあいいでしょう」
「すると! エレベーターに不審な影! 初めは研究員の方かと思いましたが、なんと一般人! しかも18階にエレベーターを止めたではありませんか! これは間違いなくおかしいと感じたのでありまーっす!」
「それが、こちらの女性で?」解が取り出したのは自身の妹の写真だ。
「ええ! まさしくその女性!」
「椿……この女性が特別研究フロアに到着したとき、あなたはどうしましたか?」
「どうするもなにも! 私の仕事は不届き者を成敗すること! 警棒を持ち、いざ、出動したのでありまーっす!」
「はあ……それで? その女性になにか、不可思議なところはありましたか?」
「私は一応、声をかけました! 『お嬢さん! 階を間違えていますよ!』と!」
特別研究フロアまで来て、間違えているわけがないだろうに。
「しかしあの女性は私の渾身の叫びに一切動じず、こちら、警備室に向かってきたのであります。私は人形を相手にしている気分でした!」
「一切、動じず?」
「あの、いいですか?」綴が2人の質疑応答に割って入る。「そのとき、小間貫さんは今と同じくらいの声量で、確かに話しかけたんですよね?」
「はい! いえ、今は恥ずかしながら私も弱っていますので、今よりもっと大きな声で!」
「……なのに、一切動じない? 変だな……」
「しかし私の警棒は無念にも、相手に当たることなく……私はその場で、力が抜けてしまったのであります! そこから先はいまいち記憶がなく……気がつけば、非常階段でした!」
「力が抜けた……そこで、貴方が昏倒した原因のなにかが、起きたわけだ。気がつけば非常階段とのことでしたが、その前、貴方は警備室で寝ていたのでしょうか。覚えていませんか」
「うむむむむ……そうだったような、気も」
もし警備室の外で寝ていたとしたら、自販機に用があって18階に来た東博士や、外に出ていた白滝の目に留まったはずだ。警備室まで運ばれたと考えるのが自然だろう。
「そして、非常階段とのことでしたね。貴方を運んだのは、その女性でしたか?」
「はい! 誠に奇妙なことでありますが、その不届き者が私を助けてくれたのであります! 目が覚めたときには火の手が20階を中心に広がっていましたので、なにがなんだか分からず、パニックでありましたから! 彼女がいなければ大変なことに!」
「ええ。実に危なかった。彼女に多大な感謝をすべきだ」解はひっそりと鼻を鳴らした。
「彼女は結局、何者だったのでしょう?」
「警察ですよ。特能です」
「おや、そうでありましたか。制服ではなかったので、分かりませんでした!」
「……確認ですが、あなたが気絶した原因に心当たりはありませんか? 彼女に薬を嗅がされたり、それか、誰かに殴られたり」
「うーむ……特になにも……ああっ!」
「な、なんですか」
いちいち大声で叫ぶから心臓に悪い。
「いえ……気のせいかも……」
「なんだというんだ! ……いうんですか!」解も苛立っている。
「首……首になにか痛みが走った覚えがあります。針のようなものが刺さったか、と思ったのですが、確かめる間もなく、気を失ったのであります! ちなみに、私を助けてくれた彼女がなにかした様子はありませんでした。そのため、彼女の行動によるものではないと思うのでありますが……」
「首? それが昏倒の原因か……」
綴は反射的に自分の首に触れる。
小間貫は警備室の前にいて、椿は彼に向かっていた。正面で向かい合う。このとき椿が小間貫を眠らせようとすれば、異能力や何らかの手段を用いて死角に回り込まなければいけない。不可能に思えてしまう。そもそも、なにか行った様子はなかったという。
「……そうか。小間貫さん。医者が貴方の首になにか小さな傷があると述べていました。とても新しい傷だとも。であれば、その傷が昏倒の原因と見て間違いないようですね」
「お医者さんが傷を見つけたんですか。とすれば、証言は正しいのか……」
綴は彼の首を見た。包帯が巻かれていて分からないが、その怪我のための処置なのか。
まさか。
閃くものがあった。小間貫はどこか抜けているが、警備主任の肩書きが名ばかりでないとすれば、彼を眠らせるのは容易でないはずだ。そんな彼の隙を突いて、昏倒させる。そして首の痛み。
考えられる原因がある。しかし、それが意味するのは──。
「八見綴。貴方も察したようだな。彼の身に何が起こったのか」
「解さんもですか」
「無論だ。小間貫氏から得られる情報はこのくらいだろう。センターに戻るぞ」
綴は無言で頷く。センターに証拠がある。それは間違いない。
***
センターは1日経ったというのに変わらず騒然としている。安全がある程度確保された今の状況の方が人は増えている。ちらほらといる野次馬の視線をかいくぐり、センターの中に入っていく。
「そうだ、八見綴。今、部下から連絡があった。USBメモリの中身についてだ」
「なんの記録だったんですか?」
「『患者』というファイル名の通り、病院の患者の記録。患者の《DNA》の結果が記録されていた。この病院というのは、貴方たちが発見した闇病院のことだ。担当者という欄に、『葉島里香』とあったのが、その証左となる。このUSBは、あの病院から東博士が失敬したのだろうか」
「東博士はあの病院を訪れたってことですか? 何故? そしてデータを……その、盗んだ? これまた何故?」
「不明だ。調査は続行するしかないな」
綴たちが前を向くと、彼がいた。
「おや! これはこれは、刑事さんたちではないですか!」
エントランスで如何野博士が迎えた。多くの職員や研究員は出入りが制限されているはずだが、如何野博士は特別なのだろうか。
「私、家が無いのですよ。研究のために売ってしまって! センターに入れなければ寝る場所もありませんです!」
「……そ、そうなんですね」
「や、やべぇな博士って……」究助は怯える。
「それで、今日はどうなさいましたか。まだ犯人を突き止められませんですか?」
「ええと、伺いたいことがありまして。警備主任の小間貫晴彦さんが犯人によって眠らされたんですが、その件について」
「私になにか分かることがあればお答えしますが……でも、なにかありますですかね?」
綴は率直に告げる。
「《異能力犯罪対策ロボット》についてです。技術関連を専門とされてる如何野博士なら分かるかと思いまして」
「異能力犯罪対策ロボット? 現在、一般公開エリアで公開しているアレですよね。アレがなにか?」
「事件の後で、あのロボットが1機、無くなったりしてませんか?」
如何野は目が点になる。
「えっ! ……実は、そうなんですよ、無くなってるんです! そして今も発見されていませんです! どうしてそれを?」
「小間貫さんは首になにか刺さったと証言しています。それが眠らされた原因だと考えられますが、麻酔弾ではないでしょうか。あのロボットは確か……」
《あの突起から人間用の麻酔弾を射出する。後遺症もなく対象を昏倒させられる》
「……でしたよね。おそらく犯人は、使用したロボットを爆発に巻き込んだんじゃないでしょうか。研究室にはいろいろと破壊された機械がありました。あれらと混ざったり、外に吹き飛んだり。証拠を隠滅するなら都合がいいでしょう」
「それならロボットが未だに発見されないことと辻褄が合いますですが……あの、それには大きな問題があるような気がしますですよ」
「……はい」
それは、綴も気がついていた。避けては通れない障害だ。
「ロボットはそれなりに大きい。小間貫さんに麻酔弾を撃つ場合、遠距離では狙いが定まりませんです。なので、ある程度の近距離で発射する。そんな明確な異物、小間貫さんはどうして気づけなかったのでしょうか? そもそも、エレベーターに乗せて持っていったってことでしょう? 監視カメラに映ってなかったのでしょうか?」
「……」
「ええっと、あれでしたよね。容疑者になった彼女、異能力……」
「《縮小》です。でも、違う。彼女は自分の手から離れた物体を縮小させることはできない。物体を縮小させるには彼女自身も小さくなる必要があります」
「では……あなたの推理は間違っているのでは?」
う、と喉の奥から声が出てきた。
「で……でも、小間貫さんの昏倒した原因は他には考えられません!」
「じゃあロボットは映っていたんですか? どこから撃ったんですか?」
「それは……でも……」
平行線だ。如何野の指摘は綴も思いついていた。穴がある推理を、披露したことになる。
「待て、八見綴」
解が綴の肩に手を置いた。強い力は、綴を推理の世界から現実に引き戻した。
「えっ?」
「貴方の推理を聞いていたいところだが、そうも言ってられない事態になった。あれを見ろ」
「……っ!」
「アイツは……!」
センターの入口に、あの男が立っていた。灰色の髭を蓄え、部下を兵士のように背後に率いた、威厳を滾らせた男。
峯岸嶄巌、彼が綴たちを睨み付けていた。




