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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
探偵ハチミツ
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エンディングはハチミツの香り

「今日は貸し切り!」


 ばんっ、とマスターは看板を《CLOSED》に裏返した。夕方のアイ・ノウにはいくつか人影があった。外から見れば盛況に見えるかもしれない。


「凄いね。これだけ刑事さんがいるって……まるでガサ入れ?」


 マスターの冗談に、綴は苦笑する。


「やれやれ」


 解は似たような苦笑を浮かべつつ、愉快そうにコーヒーカップを掲げた。


「打ち上げにしては場所がお洒落すぎる気がするよな」と、隣のテーブルで究助が解に言う。


「場所などさしたる問題ではない。肝要なのは祝いの気持ちだ」


「そりゃーそうだな」


 究助は1人だけ、ココアを飲んでいる。苦い飲み物とか飲んでらんない、とカフェでは禁句の一言を述べた。甘い香りがうっすらと漂う。


「紫雲もよく来てくれたな。お前は普通に仕事があるんじゃねぇの?」


 紫雲はいつもの、とても医師とは思えない、繁華街が似合う服装でコーヒーを啜っていた。キリマンジャロを注文した彼は、コーヒーに拘りがあるのかもしれない。


「……師匠が行けというんでな。仕方なく、だ」


「そんなこと言ってよ。本当は来たくて来たんじゃねぇのー?」


「ほざけ鳥の巣頭」


「鳥の巣!?」


 究助はモジャ髪に指を突っ込み、かき回す。いつの間にか鳥が巣くっているのではと、恐ろしくなったわけでもあるまいに。


「というか、こんなに刑事さんが休んでていいの?」


 マスターの疑問はもっともだった。例の事件は世間一般にも広く伝わったが、その後始末については多くの人々が知り得ていない。


「いいんですよ。ちょっと、ゴタゴタが収まんないから」


 コーヒーを一口、優雅に味わった椿が、マスターに答える。


「俺は普通に休み貰ったんだけど」究助は言う。「解と椿は、上司がアレだから」



 ──本物の峯岸嶄巌はすでにこの世から去っていた。今まで彼の地位にいた男は、墨塗写という犯罪者だった。その衝撃的なニュースは警察内部に激震を与え、混乱は社会にも伝播し、現在、簡単には収まらない大騒動となった。特能は長が消え、存続自体が危ぶまれている。



「特能はなくなるかも」


「……うーん……それは、どうなんでしょうか……」


 ──最初は敵対していた特能が、いざなくなるとなると……。


「今回の事件は、特能の力もなければ解決不可能だったと思います。完全になくなるのではなく、上手い落としどころを見つけて欲しいなって……」


「ま、事件を起こしたのも特能だったわけだが」紫雲は毒づく。


「そ、それもそうですけどね……」



 墨塗写の動機は推理の通りだった。東博士の研究の阻止が動機だ。彼が不正に得た地位と幸福が、東博士の研究によって崩れさる。墨塗はそれが許せなかった。


 そもそも墨塗が峯岸に成り代わった理由が、異能力者に生まれたが故に得られない権力を求めたためだったのだが。その端緒を開いたのは、東弾だったという。


 東弾もまた、権力を求めた1人だった。《コピー》という強力な異能力を持っていた墨塗に目を付けた東弾は、計画を立案する。墨塗を非異能力者に成り代わらせ、ある程度の地位につかせる。そして自分もおこぼれを貰おうという算段だった。


 東弾が事故で亡くなったのは偶然なのか、墨塗の作為によるものなのか。それは不明だが、確かなのは、彼の策略は、彼自身には不利益という形で結果をもたらしたということだ。


 綴はちらりと、彼の方を見る。それにつられて究助も視線を動かした。


「……」


「お前も、大変だよな……墨塗」


「ええ。まあ、はい」

 

 墨塗写の息子、墨塗正はアールグレイを飲んでいる。


「10年前に亡くなったと思っていた父親が実は生きていて、特能の警部に成り代わっていた。そして博士を殺害した。こんなの……すぐに消化できるわけないですよ……」


「心中察するぜ……いや、究極的にヤバすぎて察せないな……」


 墨塗正は一気に息を吐いて、全員の方に向き直った。


「我が墨塗家もあと5年くらいはゴタゴタするでしょうが……」


 それから折り目正しく頭を下げた。


「皆さん……解決してくださってありがとうございました。墨塗家の汚点を消し去ってくださった皆さんには、感謝しかありません」


 なにはともあれ、救われた人間もいるのだ。

 綴たちの顔には、自然と笑顔が浮かんだ。


  ***


「私からも礼を言おう。八見綴、最上究助」


「なんだよ、改まって」


 解はとても真面目な顔で言った。真面目すぎて、怒っているようにすら見える。


「感謝する。私の目を醒ましてくれて。私が今まで信じていたのは偽物の英雄だったのだからな。私は偽物を師事し続け……誤った道を進んでいた、道化だったのだ……」


 少し、哀しげに微笑する。


 そんな彼に、綴は指を2度振った。


「……それはバツです。解さん」


「……」


「今回の事件も、王樹家の事件も、あなたがいたから解決できました。あなたの、真実を追求しようとする意思が、僕たちを事件の解決へと導いたんです。あなたが子供の頃、炎と銃弾から助けてくれた峯岸さんは、本物だったのでしょう?」


「ああ……」


「そのときの峯岸さんに憧れて刑事になろうとしたんです。そして、今の解さんがいる。そんな解さんの進んできた道が誤りだなんて、絶対にそんなことはありません。僕が保証します」


「……そう、か。そうだな……」


 解はふいっと顔を横に背けた。綴からは表情が窺えず、考えは推し量れない。ただ、カップのマグを指で忙しなくいじっているのが目に留まった。


   ***


「さて、喜ばしいニュースだぜ、ハチミツ」


 究助はにやりと笑った。


「お前を脅した詐欺師たちの、行方が分かった」


「えっ……え!?」


 探偵事務所を続ける理由になった、彼らの行方が? ある意味では、綴がこれまで複雑な事件に巻き込まれてきた元凶とも言える。


「なんと、空港で逮捕されてました!」


「……はい? 空港で、逮捕? へ?」


 綴は危うく持ち上げたカップを取り落としそうになった。注がれたブラックが見事な表面張力を見せる。


「そりゃお前のところに来ないわけだよな。とっくに捕まってんだから。ああ、なんか知らんけど、他でも色々と悪事を働いてたみたいで、マークされてたんだよ。へへ、俺たち刑事のお手柄だぜ! ……一課じゃなくて二課だけど」


「えっえっ、えっ?」


「じゃあ、ハチミツくんはもう探偵業をしなくても良くなったってこと?」


「そういうことになるな」


 白金兄妹は顔を見合わせる。


「じゃあどうするんだ。やめんのか?」


 紫雲の言葉に、ようやく混乱から覚めて、思考が次の段階に進む。探偵を続けなくても良くなった? 生活費の問題に必死にならなくても良くなった?


「ハチミツ、どうすんだ?」


「……ちょ、ちょっと考えます……!」


 比喩ではなく、そのままの意味で、綴は頭を抱えた。悩みのもやもやが頭から出ていかないように、死にものぐるいで手に力を込めた。



「ハチミツくん」


 椿が対面の席につく。彼女の手元にはブレンドコーヒーが注がれたカップがある。

 彼女のコーヒーだけは、マスターが淹れたものではない。彼女の希望で、綴が淹れたものだ。


「君が淹れてくれたコーヒーは美味しいし、探偵じゃなくて、カフェの店員として働いてくれても嬉しいんだけど。わたしとしてはね」


「椿さん……えっと」


 椿はくすりと微笑む。あの悪戯っぽい微笑だ。


「でもね。君は凄い人だよ。いくつもの事件を解決して、いろんな人を救った。

 その中には、わたしだって含まれてる。君が探偵を続けてくれると、嬉しいな……」


 思わず口が開いて、閉まらない。何故だか顔が熱くなる。いや、何故だか、なんていうのは嘘だ。原因は分かっている。恥ずかしいことに。



「このタイミングで言うのも変な感じだけど……ありがとう。わたしを、助けてくれて」



 感謝の言葉。これまで、多くの人から感謝の言葉を貰った。それは、探偵として活動していたからこそ、受け取れたものだ。別に、感謝を貰いたいから、というわけではないが、それに自分自身も救われてきた。


 異能力者として社会から弾かれてきた自分でも、生きていていいのだと、肯定されている気分になれた。


「僕は……」


「ハチミツくん?」


 綴は力強く前を見た。椿を見て、答えた。



「僕は、もうしばらく探偵を続けたいと思います。まだ、いろんな人を、異能力で困っている人を、助けられるかもしれないので……!」



 葉島や、墨塗写といった犯罪に手を染めた異能力者がいる。もし行動に走る前になんとかできていたら。そう考えるのは傲慢かもしれないけれど、せめて、手が届く距離で苦しむ人を、止められるかもしれない。



「ふふ。ハチミツくんなら、きっとできる。きっとね」



 綴は気がついた。

 メモを見るまでもなく覚えている。かつて、椿は同じことを言ってくれた。くじけそうになったときに、発破をかけた言葉だ。





 テーブルに並んだコーヒーの匂い。それらに混じって、甘い香りが漂ってきた。マスターがそれを運んでくる。


 マスターは皿をテーブルに置く。

「せっかくだし食べたら?」と椿が頬杖をついて笑った。



「ハニートースト。当店のオススメだよ」


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