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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
探偵ハチミツ
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鬼灯山事件

 事件発生から一夜明け、綴は探偵事務所で目を醒ました。カフェのバイトはしばらく休みを取らせて貰った。そう時間はかからない──かけていられないのだが、いつまでかかっても大丈夫、とマスターは了承してくれた。

 カフェの客でもある椿を助けるために、真実を明らかにしてこいと、背中を押してくれたのだ。


「終わったら、毎日シフト入れよう……」


 綴は自分で豆を惹いたコーヒーを飲み、寝起きの目を覚醒させる。


「よし、やるぞ!」


 

 まず、鬼灯新聞社、天野春雨に連絡を取ることから始めた。天野は二つ返事で時間と場所を決めた。場所は鬼灯市にあるファミレスだ。


 地図で確認を取ると、鬼灯山は鬼灯市の最北に、市をいくつかまたいで、そびえている。



「綴くん! こっちだよ」


 ファミレスに到着したときには、すでに昼時で、しかも休日だったために満席状態だった。それでも天野は前から席に着いていたらしく、窓際の席で綴を手招いた。


「天野さん、お久しぶりです。お時間いただきありがとうございます」


「いやいや、綴くんは恩人みたいなものだからね。役に立てるなら幸いだよ」


 人が多く、耳に入るノイズもまた、溢れている。喧しいが、一方で秘密の会話も聞かれづらいという利点もあった。


「鬼灯山異能力者強盗事件! まさか、あの事件の話が出てくるとはね」


「知ってるんですね」


「まあね。俺は担当してないし、そもそも新人だったから関わりはほとんどないと言ってもいいんだけど。それでもセンセーショナルな事件だったから。現場も近くて、綴くんの読みどおり、資料はうちにたくさんあった」


 天野はそう言って鞄からたくさんの紙束を並べた。わずかな時間で、これだけ用意してくれたことに、綴はつい頭を下げた。


「鬼灯……長いね。鬼灯山事件でいいか。これは君も知ってるみたいだけど、この事件は最終的に犯人が亡くなった。そのせいで警察が責任を問われたんだ。しかも相手が異能力者だったってことで、まー……世間からとやかく言われたみたいだね。どうしようもないってのに」


 それから天野は地図を広げる。鬼灯市の一部と、鬼灯山の空中写真だ。


「鬼灯山、と言ってるけど、実際の現場は、鬼灯山のふもとにあるコンビニだったんだ。そこで強盗事件が起きて……」


 強盗事件といえば解が少年時代に巻き込まれた事件も、同じコンビニ強盗だった。時期が違うが、妙な偶然だ。


「あ、僕もちょっと見ました」


 東博士の金庫にあった紙を書き写したため、何度も見返した。



「事件関係者の名前は知らないんですけど……事件の流れは知ってます。

 コンビニ強盗を起こした犯人は警察が来たタイミングで車に乗って逃走。そのまま鬼灯山の山道を登っていったんですよね」


「そう。誰かが通報したんだろうね。慌てた犯人は車を走らせた」


「パトカーが追いかけて……いわゆるカーチェイスになったんですよね。でも……」


「山道の途中で、犯人の逃走車は急カーブを曲がりきれずガードレールをぶち破り、崖下へ落っこちた。

 さらに追いかけたパトカーも、勢いを殺しきれずに一緒に落ちたんだ。そして2台の車は爆発炎上した。亡くなったのは犯人だけだった、というのは幸いというべきか」


「それで、鬼灯山異能力者強盗事件、か」


「犯人と、刑事の1人が()()()()だったんだってさ。当時は特能がなかったから、異能力者も他の刑事と一緒になって仕事をしていたんだな」



 天野はいらなくなった資料をまとめ、テーブルの端に寄せる。そのとき、猫型の配膳ロボットが綴の料理を持ってきた。


「ここは俺の奢りだから」


「え、そんな、悪いですよ」


「いいのいいの、お礼だって言ってるでしょ?」


 料理をテーブルに置くと、配膳ロボットは厨房に帰っていった。

 それを見ていると、なにかを思い出しそうになった。しかし、天野の話に引き戻される。


「山道から落ちたとき、異能力者の刑事は能力のおかげで無傷、もう1人は軽傷で済んだらしいよ。当時、情報が規制されてて、刑事の名前は分からないんだけどさ」


 刑事の名前は同じ刑事に訊ねた方が分かるかもしれない。


「でも、犯人の名前は残ってたよ」


 そう言い、犯人の顔写真と名前の載った資料が差し出される。


「犯人は男性、年齢は40代……あれ……この名前……」


 綴は名前を注視する。なにかの間違いかと二度見してしまったが、その男の苗字は、聞いたことのあるものだった。



 墨塗。



墨塗(すみぬり)(うつし)。公開されていないが、異能力者だ。そいつが、どうかしたかい?」


「……墨塗って……」


 そうそういる苗字ではない。

 

 綴と究助が何度か世話になった人物、センターの情報部に属している墨塗正。彼と同じ苗字だ。そう思って観察してみると、顔に面影がある。年齢的に、彼の肉親……。


「……天野さん、大事な情報、感謝します」


「どこの点で役に立ったか分からないけど、なによりだよ」


「すぐに……究助さんたちに報告を……」


 と、立ち上がりかけ、注文したピザが視界に入る。実は、好意に甘えてデザートまで注文してしまい、これから来るはずだ。


「……食べ終えたら、報告しなくちゃ!」


「良いと思うよ、君のそういうところ」


 そして天野は、ファイルから新しい資料を取り出した──。


   ***


 究助に連絡したところ、「今から鬼灯山に行くから、ちょっと待ってろよ!」と威勢良く言われ、鬼灯市に留まることにした。解にも報告をする。出会ったのはちょっと前だというのに、まるで友人のような頻度で連絡を交わしている。もっとも、平和な会話はまったくしたことがないのだが。


 そして今回の連絡もまた、平和とはほど遠いものだった。


「八見綴……今、貴方の近くには誰かいるか?」


「え? 1人です。天野さんとも別れましたし」


「誰にも盗み聞かれるなよ。例の強盗事件について、私の方でも警察の記録から調べてみた」


「僕の方では事件の概要と、犯人の名前についてしか分かりませんでした。天野さんから詳細な地図を貰ったので、これから究助さんと現場に行く予定です」


「……犯人……ある種、被害者と呼べなくもないが、そいつの名は墨塗写……そうだな?」


「はい。センターの情報部の墨塗正さんと関係があると思うんですが……」



「……墨塗正の過去を深く訊ねたことはない。しかし、父親がいない……と聞いたことはある。父親が事件の犯人で、亡くなっているとしたら辻褄は合う」


「訊いてみましょうか……。でも、この強盗事件が結局、なんの関わりを持つのか分かりませんよね。なんの関係もないのだったら、そっとしておいた方が……」


「──墨塗写は異能力者だというが……異能力の情報は得られなかった。……ふん、10年前の刑事どもめ、異能力関連の情報整理が杜撰なのは如何なものか」


「センターで調べましょうか」


 解は息を吐くと、一層声を潜めて言う。


「──今回の事件と強盗事件は、想像以上に関係があるのでは、というような気がしてきた」


「えっ」


「私の方では、そのとき犯人を追っていた2人の刑事について知ることができた」


「本当ですか!」


「──再度訊く。貴方の近くに人はいないな?」


 綴は神経質に辺りを見渡し、念のため、路地裏に入った。誰もいないと確信を得て、これからなにを聞かされるのか、不安とわずかな期待を胸にして、「大丈夫です」と答えた。



「1人は異能力者、(ひがし)(だん)


「え、東……」


「嗚呼……偶然の一致? 否、例の紙にも書いてあった名だな。東弾とは、東雁博士の兄だ」


 なんて書いてあった、とメモを見る必要もない。覚えている。『東弾』そして、『私が研究を始めた理由』だ。まさか。


「階級は警部補、能力は《弾力付与》。触れたものにスーパーボールのような弾性を与えるというものだ。おそらく、この能力によって山道から滑落した際に、もう1人含めて生還したのだろう」


「《弾力付与》と……」綴は一言一句漏らさず書き留めた。「そして、もう1人は?」


「……もう1人は……」


「解さん?」


 解の様子は、通話口からの声からしか分からないが、妙な雰囲気だ。わずかな沈黙に、綴が息を呑んだ瞬間、彼は言った。



「──当時、巡査長。非異能力者。……峯岸嶄巌」


「えっ! み、み、みみみ、峯岸!?」


 ひとけのない場所に移動して良かった。綴の驚きは路地裏に響いた。


「あの、峯岸部長ですよね!?」


「……この名前を見つけたとき、怖気が走った。10年前故に、年齢は42歳。身長183cm、A型。すべてのプロフィールが間違いなく、彼を示している」


 この偶然は意味深長だ。


「──センターで起こった爆破事件、被害者が隠していた金庫から見つかったメモ、そこに記された10年前の事件。被害者の兄は事件の担当刑事。もう1人の担当者と、爆破事件の担当者は同じ……さらに10年前の事件の犯人は、センターの職員の父親……これ、偶然ですか?」


「それぞれを結びつける線は細く、脆いが、確かに存在する。排斥するには、一蹴するには……偶然が重なっているようでもある……」


「なにより、東博士が何故この事件をメモに残し、厳重に保管していたのか。まだ分かっていません。自分の兄が関わった事件だからでしょうか。それだけ?」


「保管と言えば、もう1つ。USBメモリの中身だが、正直に言えば私にはなにも分からなかった。専門的な数字ばかりでな。ただ、ファイルの保存日付は10月31日、事件当日の日付で、ファイル名は『患者』となっていた」


「凄い意味深じゃないですか!」


 分からないことだらけだ。ならばやることは1つだ。今までと変わらない。


「……解さん。僕はこのまま、調査を続行します。いいですか?」


「……無論だ。頼む……私は少し、頭を冷やしたい……まるで迷宮にいるような気分だ……」


 それも、鏡張りの迷路。曲がり角を曲がるたびに、行き止まりにたどり着くたびに、鏡に映る自分が問いかけてくる。「お前はなにを探しているのだ」と。


 分からない。けれど、突き進むしか、今は道がない。


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