捜査
いよいよ、研究室を捜査する。
遺体はすでに地上へ搬送されている。
風で飛ばされるためチョークで描かれた白線で、遺体の場所は分かる。研究室のだいたい真ん中だ。うつ伏せで倒れていた、と綴たちは消防隊から聞いた。
「なにか、散らばっていますね。機械の一部? みたいな……」
よく見渡せば、あちこちに謎の金属が散乱し、飛ばされずに残っている。歪に曲がったフレームのような部品、断線しているコード、割れたガラス。爆発によって、なにかの機械が破壊されたのだと推測できた。
「それから、これは?」
次に気になったのは、遺体を示す白線とは別に、円で囲われた床の一部だ。ひときわ焼け焦げていることが分かる。
「爆弾の位置の推測だな。まあ、ここを中心に広がるように焼け焦げてるんだから、分かるか。それなりの大きさ、手のひらには収まらねぇサイズの爆弾だと推測されるらしい。そこと、あっちにある円、それぞれが爆弾の推定位置だ」
1つは壁際に、もう1つは部屋の中心部に。
「なるほど。1つめの爆破は壁を崩壊させました。壁際の爆弾が1つめ。2つめが中心部の爆弾ですね」
「2つめは遺体とも近い。2つめの爆破で、東博士は亡くなったって考えられそうじゃねえか?」
「爆破する前に亡くなっていた可能性もありますよ。もっとも、検視をしないと分かりませんが、たとえば刺殺。犯人は東博士を刺し殺した後、刺し傷から手がかりが発見されることを嫌って、身体を爆破した」
「……わざわざ? んな究極的に面倒なことするかな?」
実のところ、自信のある推理ではなかった。とすると、2つめの爆弾によって博士は殺害された、と考える方が自然だったかもしれない。しかし今度は何故爆弾なのか、と根本の疑問に戻ってくる。
「そういえば、爆破予告がありましたよね。疑問なんですけど、爆破の5分前に予告されたんですか? その、あまりに猶予が短すぎる気が……」
「ああ、短い。短すぎて、避難誘導が間に合わなかった。突然すぎて警備員たちへの伝達で手間取ったんだ。まあ、俺はそのときお前と公園にいたし、どうすることもできなかったんだけど」
「解さんの方が詳しいですよね」
と、傷心の解に訊ねる。
「私は貴方たちと別れてからずっと管理室にいた。あの部屋の電話に予告電話がかかってきたんだ。声は加工、いや、もしかするとAI音声だったかもしれない。電話から犯人を辿るのは期待できないな」
「予告があってからはどうしましたか?」
「まず、警備員たちに通達した。18階の警備室にも連絡を取ろうとしたが、知ってのとおり、そのとき警備主任は昏倒していた。そのせいで電話に出なかったのだ。おかげで3人の博士たちは予告のことを知る前に、爆破が起きた。……私が急ぎ、エレベーターで上っていれば、東博士は死を免れたかもしれない……」
「エレベーターを使うにもカードキーがないといけませんし、しかも猶予はたったの5分でした。解さんのせいじゃありませんよ」
「……」
「まるでテロだけど……解さん、予告は具体的に、どんな内容でしたか?」
「貴方ではないのだ。相手の発言を一言一句覚えているわけがない。一方的で、メモを取る暇もなかったのだから。ただ、簡潔で、ありきたりではあった。
『センターに爆弾を仕掛けた』『5分後に爆破する』……といったことだけだ」
綴は思案する。やはりここにも、見過ごせない違和感がある。
「5分後に爆破させるのに、予告って必要なんですかね。普通、予告というのはなにかしらの要求を通すため、相手方に脅しをかけるためのものだったりしませんか? 5分じゃなんの意味もないし、そもそも要求もしていません。いったい、なんのための予告なのかさっぱりです」
「……それには、私も思索を巡らせていたところだ。こちらを警戒させるだけだ……」
考えても分からないことだらけ。できることなら頭を休めたい。しかし、急いで犯人を見つけないと、椿の身柄はどうなってしまうのやら。
《なにも椿さんが犯人で確定と言っているんじゃないんだ。覆る可能性は十二分にある。……まあ、このままだと、どうなるか分からないけどね》
とは、峯岸の言葉だ。
「意外と生活感があるなぁ、この部屋。やっぱ、何日も缶詰状態になってたりするもんなんかね」
研究室には小さなベッドや冷蔵庫など、生活必需品がある程度揃っていた。キッチンはないから、料理はしないようだが。水のペットボトル、ゴミ袋、掃除用具。1週間くらいなら、外に出なくても良さそうだ。
「ほとんど焼けていますけどね」
「窓はあったみたいだが、壁ごとぶっ壊れたな」
「窓から侵入したって可能性もないですよね。20階とはいえ、万が一地上から見上げたら見つかりますから。リスクが大きすぎます」
「そもそも20階だから開けられるようにはなってないだろうな。はめ殺しかな。後で確認は取っておくが……あ! 窓をぶっ壊して侵入して、その破壊跡を誤魔化すために爆破したんじゃ……」
「センターの窓は強化ガラスだ。重要な機密を扱う研究室のガラスが、簡単に壊れるわけがないだろう……」
解の冷淡で呆れた言い方は、究助の肩を大きく落とさせた。
「だぁー! こんな荒れてたら手がかりなんて見つからねぇよ! なあ解! お前の《サイコメトリー》でなんか探せねぇか!?」
「忘れたのか。私の能力は万能ではない。こんな部屋で迂闊に能力を行使すれば、融通の利かない思い込みによって、私の身体は床や壁のように焼け焦げてしまうだろうな。王樹家の燃えカスの時とは比べものにならない。下手すれば即死だ」
「そ、そうだったな。これ以上の焼死体は勘弁だぜ……」
「悪いが……私の能力はアテにするな」
「……へっ。心配すんな。最初っから異能力なんかに頼ってねぇよ」
「貴方が探せと言ったんだが……」
究助の無軌道さに呆れている。
「……サイコメトリーだが、椿に対して、記憶を読み取ってみた」
「あ? お前の能力って生物には使えねぇんじゃねぇの?」
「椿の服だ。彼女の服の記憶を読み取った。服というのは動きが激しく、新鮮な記憶はすぐに上書きされてしまう。それでも、なにか手がかりがあるのではと睨んだ──」
「なんか、服の記憶を読み取るってキモくね……?」
「……ふざけるなよ愚者が! 貴方がなにを下世話なことを考えているか知らんが、私はただ……」
「わ、悪かったって! そ、それでなにが分かったんだ!?」
「……非常階段を降下していることが服に吹き付ける風の感覚で分かった。警備主任と思しき人間に肩を貸してな。そのくらいだが……」
つまり、彼女の証言に嘘はない。非常階段を使用した点については、間違いのないことだ。
「なるほどな……よっしゃ! こっからは異能力じゃなくて科学捜査の時間だ!」
そう言って、究助はどこかに連絡を取る。
「紫雲!」
「紫雲さんに連絡を取っているんですね? 下に来ているんですか?」
「簡単な検視は終わったらしい。スピーカーに変えるぜ」
紫雲の低い声が響いた。風の音がうるさいため、研究室から出て、究助のスマホを3人で囲む。
『死因ははっきりと言えないな。雑に言えば、爆死だ』
紫雲の話は簡潔で、凄惨なものだった。
「はっきり言えないってどういうことだよ?」
『爆弾が至近距離で爆発した。だから身体の一部が弾けている。それが原因の失血死なのか、まだ息があって、火に飲まれての焼死なのか、判断ができない。解剖すればもっと詳しく分かるかもしれないが、それはまだだしな』
「廃谷紫雲」
解がスマホの向こうにいる紫雲に声をかける。
『あんたは……特能の若きエース、白金解さんだな。なんかケチでも付ける気か?』
「そんなつもりはない」
紫雲は特能である解を邪険にする。監察医という立場は特能と接する機会が多いのだろう。
「爆破される以前に他者から致命傷を与えられたという可能性はないのか? 刺殺や撲殺など」
『……目に見えて分かる外傷はない。つっても、その目に見えることがほとんどないんだがな。酷い火傷……第4度熱傷。つまり炭化が起きていて、身体の状態が分からないんだ。あいにく、俺が差し出せる手がかりはほとんどなしってことだ』
「そうか」
紫雲は舌打ちする。解を嫌っているのか、と思ったが、どうやら違うらしい。
『くそ……悪いな。役に立てなくて』
「え、いや、紫雲さんの情報にも助けられてますよ。そんな、卑下することなんて……」
『卑下じゃねえ。事実だ。今俺が言った情報のほとんど、誰だって分かることで、解剖は師匠が行う。俺はただの報告係でしかないんだ』
「……」
紫雲は目に見えないが、かなり参っているようで、酷く重いため息を吐いた。
『……悪い。お前らみたいな現場に出ている奴らの方がしんどいだろうにな。自分の無力が嫌になる……』
「し、紫雲さん……」
いつもは淡泊で、検視の仕事も嫌々やっているように見えるが、その実、誇りを持って仕事をしているのだ。遺体を診て、真実を明らかにする……立場は違えど、刑事や探偵と同じ。
答えにたどり着かない。考え出した仮説に、バツばっかりが付く。その無力感には覚えがあった。
『なんだい、しょぼくれてさ! 見てるだけで憂鬱になる!』
「え」
スマホから聞こえてくる、この溌剌としたしゃがれ声は。
「魔女……あ、紅花博士」
『魔女って呼んでもいいよ。あんたたちに朗報を持ってきたんだ。しゃきっとおし!』
「は、はい! え、朗報?」
『この歳になると忘れっぽくてね。ついさっき思い出したんだ。東の研究室に、《秘密の隠し場所》があるってことをね。あいつ、あたしを信用して教えやがったんだよ。ふん、いい迷惑さね!』
「隠し場所!? それは研究室のどこに? 中にはなにが!」
紅花は悪魔のような笑い声を発する。
『冷蔵庫の中、底面が二重底になってるんだ。もしかしたら犯人だって見つけ出せてないかもしれない。探してみなよ。中身はあたしも知らないがね!』
「犯人も見つけていないかもしれない隠し場所……」
これだけ厳重なセキュリティが施された研究室の、さらに隠された場所にある、なにか。綴たちの考えは一致していた。その中にこそ、もっとも重大なものがあるのではないか?
「今回の事件とは無関係かもしれない。だがそうだとしても、博士の論文の大半が失われた今、最優先で保全すべきものだ。速やかに探すべきだろう」
「はい……!」
各々がやる気をたぎらせ、研究室に戻ろうとする。
そんな中、究助が紫雲に言う。
「紫雲、頼むぜ!」
『あ? なにを頼まれてんだ俺は』
「お前の本領はここからだろ? 究極的な天才なんだから、うなだれてる場合じゃねぇぜ!」
究助なりに励ましているのだ。背中を押している、を超えて、背中を蹴飛ばしている感じだが。
『……ちっ』
紫雲は舌打ちをして、続ける。
『お前に言われるまでもねぇよ。俺は……やれるだけやるさ。……究極的にな』




