博士たち
「確かなのか?」
究助はいつになく真面目な顔で、消防隊員に訊ねた。
「はい。我々が到着した頃にはすでに、亡くなっていることが確認されました。身元も間違いありません。東雁博士です」
「クソ! なんてこった……」
綴たちはセンターの中に入った。もちろん一般人は立ち入り禁止だが、究助が刑事だと証明したことで、特別な措置が執られた。
「消火は済みましたが、爆発のせいで床などが一部崩れています。安全が確保されるまで、現場に入れるのは最低限の人数に絞っています。ご了承ください」
「ハチミツ。現場には入れねぇ。下でできることをするぞ」
「は、はい……たとえば、なにを?」
「聞いたところによると、爆発で燃えたのは18階から上、特別研究フロアだ。そこにいたのは数人の職員だが、爆発からは離れていたから特に怪我もなく助かった。非常階段から降りてきて、今はセンターの外で待っている。聞き込みだ。爆発の瞬間、なにがあったか、教えてもらおう」
「了解です。外ですね」
なにをするにも、できることは限られている。究助に言われたとおり、聞き込みから始めよう。
「まず20階にいたのは東雁博士のみ。18階と19階には2人の博士と1人の助手。そんで、警備主任がいるはずなんだが……結局、どこに行ったんだろうな、今も見かけてねぇ。まあとにかく、博士と助手に話を聞きに行こう」
博士はなんと、2人とも異能力者だ。特別研究フロアにいた3人の博士のうち、東博士だけが非異能力者らしい。まず1人目、痩身の男に話を聞く。
「異能力と技術について研究をしている、如何野須史夫博士だ」
「ごめんなさい、失礼ですが……なに博士ですって?」
「如何野、須史夫、博士」
如何野博士は分厚いレンズのメガネをかけ、いかにも研究者と言った風貌だった。高らかに笑う。
「ホホーッ! 皆からはイカ博士と呼ばれていますですよ! なにせ、こんな手足ですので──」
唐突に、如何野は右腕を突き出す。すると右腕が鋭い勢いで伸びる。なんの比喩でもなく、まっすぐ、長く伸びた。
「ええ!? う、腕が伸びた……ゴムみたいに……」
「そう、ゴムですゴム! ゴムでゴム! とはいえ、ワタクシが伸ばせるのは両手足のみですがね」
さらに両足を伸ばす。如何野の身長が4メートル近くになる。「これくらいが限度ですますよ!」と頭上から言う。異能力名は《四肢伸縮》と呼ぶらしい。
「えっと究助さん、爆発が起きた時間は……」
「13時15分。間違いない」
「では如何野さん。13時15分に、あなたはなにをしていましたか?」
「ワタクシは18階の自室……あ、つまり研究室です。そこで素晴らしい発明をしていたのですます。とはいっても、まだまだ設計図の段階ですがね」
「助手はいらっしゃらないのですか?」
「研究室にはワタクシ1人しか入れません。ワタクシの研究室は精密な機械ばかり! 慎重に扱いたいのですよ。まあ、爆発でいったいどれだけの機械が駄目になったか分かりませんが……。助手は17階以下の普通の研究フロアでいろいろさせていますです」
「そうだ、被害者の東博士について、なにか教えてください」
「東博士! 彼は天才ですますよ。でも……実に悲しいですね。惜しい人を亡くしました。彼の研究を継げる人はいません。爆発は事故ではないのですよね? だとしたらなんということをしてくれたのでしょう。彼は絶対に失ってはならない人材ですますよ」
「誰かに恨まれたりは……」
「……ううむ。彼の才能に嫉妬する人がいないとは言えませんが、だとしても、殺そうとは思わないでしょう。彼を殺してもデメリットの方が大きい。彼の才能によって救われる命は多い。これは決して大げさではありませんですからね」
動機の面から探るのは難しそうだ。犯人の目的はセンターの爆破が主で、東博士は巻き込まれただけだったりするのかもしれない。
「ううむ……なにか協力してあげたい気持ちはあるのですが、残念ながら、特段言えることはありませんですね。きっと、魔女さんの方がいろいろ知ってますです」
「ま、魔女?」
「特別研究フロアのもう1人の博士ですます。異能力の歴史についての研究者。紅花芳酔博士。かなりの高齢で、確か80歳を超えていたはず。その風貌と振る舞いから魔女博士と呼ばれているんですます」
「歴史ですか。遺伝子や技術とはまた、毛色の違う分野ですね」
「異能力の歴史を読み解くことは、すべての研究に役立ちますです。遺伝子も技術も、歴史に通じるのですよ。彼女もまた、世界に必要な存在ということですね」
魔女と呼ばれる博士に会いに行く。一抹の、いやそれ以上の不安が残る。まさか取って食われるなんてことはないだろう。
「やあっと話を聞きに来たかい! どれだけ待たせるんだい?」
ひん曲がった鷲鼻、歴史が刻み込まれたかのような顔の皺、しかし老いを感じさせない眼光。まさに、魔女と呼ばれるにふさわしい容姿だ。手には年季の入ったパイプを持っている。通称、魔女博士。紅花芳酔博士だ。
なにより、凄まじいのは……匂いだ。
強い香水の匂いだ。強烈で、しかし張り詰めた空気が弛緩するような、身体がリラックスするフレグランスだ。
「紅花博士ですね。異能力の歴史について研究してる……」
「ああ、そうさ。世界初の異能力者、そいつの異能力は何故、どこから宿ったのか? 異能力が遺伝子に影響を及ぼすとして、遺伝子の源流はどこにあるのか? などなど。歴史について知ることはすべてに通じるのさ」
如何野博士も同じことを言っていた。
「紅花博士。あなたの研究室は何階に……」
「……ふん」
「……紅花博士?」
紅花はパイプを燻らし、煙を吐いた。
「……あんた」綴に詰め寄る。「まどろっこしいね」
「え」
「あたしゃ面倒なのは嫌いだよ! まどろっこしいのは歴史だけで充分さね!
あたしの研究室は19階、爆発の瞬間、あたしは助手と一緒に資料を捜していた、非常階段で1階まで必死こいて降りてきた。後は? なにが訊きたい!?」
「ええっと……」早口に圧されるが、彼女の口は閉じそうにない。「はぃい……」
「なんだい。この刑事は。頼りないったらないねぇ。腕もボロボロみたいだし」
刑事ではないし、腕は怪我をしているのではなくて怪我をしないための包帯なのだ。
「僕は探偵で……」
「刑事だろうが探偵だろうが同じだよ。さっさと訊ねな!」
「ええ……東博士について、なにか……」
「ふん。アイツがセンターに研究室を構えたときからあたしはここにいる。知ってるよ。あいつは誰かに恨まれたりしないし、思い当たるような怪しい奴もいない」
如何野と意見は一致する。東博士殺害の動機がある人物は存在しない……少なくとも、思いつく限りでは。
「ああ……そういえば東には兄がいたっけね。仲の悪い兄が」
「仲の悪い兄?」
「刑事だったかね。数年前に事故で亡くなったらしいけどねぇ。ま、関係ないかね」
「うーん……」
紅花は魔女らしく意地の悪い笑みをにたにたと浮かべた。
「犯人の動機なんかより、あたしが思うにね。《犯人はどうやってあいつの研究室に爆弾を持ち込んだのか》の方が問題だね。東は偏執的な男でね、ヤツの研究室は厳重なセキュリティによって何人たりとも入れないようになっているんだよ」
「厳重なセキュリティ?」
「なんだい。その様子だと、如何野は教えなかったんだね。ああ……如何野の奴、自分が疑われると思って黙っていたんだろうねえ。狡い奴だよ! まったく……」
「如何野博士がセキュリティと関係してるってことですか?」
「如何野が作ったセキュリティさ。まず、特別研究フロアに行くには《非常階段かエレベーター》を使うしかない。けれどアンタも見ただろうが、6階以上には職員用エレベーターを使う必要がある。そして《職員用のカードキー》がないとエレベーターは動かない」
それは、センターに来た際に確認済みだ。
「さらに特別研究フロア、18階へエレベーターを動かそうとすると、《また別のカードキー》が必要なのさ。おまけにエレベーターと非常階段には《監視カメラ》が設置されている。監視カメラに怪しい奴がいれば、18階にある警備員室で監視してる主任に発見される。この時点で厳重だねぇ」
「ただ、警備主任さんは連絡が取れなかったんですよね。警備室にいなかったかもしれません」
「あのマヌケ主任……頼りないからねぇ」
「マヌケ主任……?」
「なんでもないよ。さて、肝心の20階だけど、《廊下に監視カメラ》があり、映らないように廊下を通るのは無理。そして研究室前にも特殊な廊下があって、《特別なカメラ》があるのさ」
特別なカメラとは? 実際に見てみないとなんとも言えず、想像を働かせづらい。
「異能力者が中に入れないようにするため、《異能力者を判別するカメラ》さ。それが如何野の発明でねぇ。情報部のデータベースにある異能力者の記録と、カメラに映る人間の顔を照合し、異能力者か否かを判断する。そんな仕組みさ。もし異能力者だったなら、《警報》が鳴り響く」
「警報は鳴らなかったんですね?」
「ああ。一度もね。東も非異能力者だしね。で、最後に、部屋に入るための《パスワード》だ。どうだい? 気味が悪いくらいの徹底ぷりだろ?」
「確かに……これでは……究助さん、爆発って研究室内で起こったんですか?」
「らしいぜ。
つまり、爆弾野郎は数々のセキュリティを何らかの方法で突破。爆弾を設置して……そこからまたセキュリティを無視して脱出。で、起爆……いやいやいや! どうやってやるんだよ! 究極的に無理だろ……」
一般人には不可能。異能力者なら。と思い至ったところで、異能力者を拒絶する特別な監視カメラの存在が、その線を否定する。
「紅花博士。あなたも異能力者ですよね。能力を教えてくれませんか?」
紅花はまた煙を吐く。退屈そうな目で綴を見下ろした。
「なに言ってんだい。さっきから見せてる、いや嗅がせてるだろ?」
「え?」
「この匂い、気にならないのかい? さっきから漂ってるこの匂い、香水なんかじゃないよ。あたしの能力さ。ずいぶんリラックスした顔をしているようだけど?」
鼻腔をつくこの香りは、紅花の近くに来たときからずっと漂っているものだ。彼女の言うとおり、体中の力が抜け、気持ちが落ち着く。
「あたしの能力は《調香》。あたしの吐いたパイプの煙は無毒で、好きに香りを変えられる。精神病院にあたしの作った香水を届けたりしてやってる……残念だったね。あんたが期待したような、人を殺せる能力じゃなくてね」
「いえ、そんな……」
「取り繕うのはやめな。さっさと爆破テロ野郎をとっ捕まえとくれよ。別に東の奴を好きだったわけじゃないが、才能と功績は確かだったからね。それを殺した奴は、絶対に許しちゃならないよ」
「はい……」
「あっちにあたしの助手がいる。あたしと一緒にいたからほとんど同じ証言だろうが、一応なにか知ってるかもしれない。訊いてみな」
3章の病院で、彼女の調香は使われていました。




