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異能力探偵ハチミツ  作者: 春山ルイ
探偵ハチミツ
49/62

壊れる平和

「遺伝子判別?」


 解から、東博士の研究について説明を受けている。


 異能力と遺伝子については、異能力一族である王樹家の人々の例からして、なにかしらの関連があるのは確かだ。しかし未だ謎が多く、公にはあまり新しい情報は入ってこない。


「遺伝子判別……機械を通して、その人物に異能力が備わっているか否かが一目で判別できるようになるのだ。上手くいけばセンターで行われている検査は不必要になる」


「それを実現させるため、東博士は研究を進めているんですね? 確かに便利ですね。今現在、検査のために多くの人手が必要ですし」


「肝心なのは、検査を受けられない人間の判別が出来ることだ」


「え? ……検査を受けられない……?」


「たとえば孤児。または違法な手段を用いて検査を逃れた子供。そのような者は実在する。一般社会の中に異能力者であることを隠して生活する者がいるのだ。それが防げるのだよ」


「うぅ……そんなことが。でも、どうやって判別を?」


「そこで遺伝子が重要なのだ。仮にだが、異能力者にだけ存在する遺伝子情報があるとする。機械はその遺伝子を読み取り、異能力者と判断する。博士曰く、研究の成果は少しずつだが出ているらしい」


「へぇ……凄いですね。それにしても、解さんはよくご存じなんですね」


「特能の進退に関わる話だ。常に新しい報せを仕入れている。彼の研究が実を結んだ暁には、特能の検挙率は飛躍的に上昇するだろう」


 解は少し誇らしげだ。


 東博士について前知識を仕入れて、綴たちは管理室に移動し、連絡を取ろうとする。



「にしても解、お前、私服も堅苦しいな。仕事の服とほとんど変わらないじゃねぇか」


「非番といってもいつ緊急の連絡が入るか分からない。貴方と違って、私は常に気を引き締めている」


「あの嫌味な特能のバッジも付けてたりすんのか?」


「……そんなわけがないだろう」解は呆れている。「仕事以外で、正義をひけらかしたりしない。公私混同はしないのが私の主義だ。それに、バッジをなくすと再発行が面倒なのだ。1週間はかかる」


「そっちが主な理由だったりして……」


「阿呆め」



 管理室の警備員には話を通してあるようで、彼らは解たちを一瞥すると、中に素通りさせた。



「もし博士が研究に没頭し、私たちのことを忘れているとしたら、連絡しても応対しない。18階には警備室がある。主任の警備員が1人、常在しているはずだ。彼に連絡を取って、取り次いで貰おう」


 ワンコール、ツーコール。解は電話を取って何秒か待った。しかし、1分経過し、反応がないと悟ると、苛立ちを滲ませて受話器を置いた。


「普通、ツーコール以内には出るものだがな」


「社会人のマナーは……この際、いいとして。無反応なのは変ですね」


「ふん……仕方ない。私はここでしばらく待って、また連絡をしてみよう。八見綴。貴方はセンターの中を見学でもしていろ」


「あ、はい。分かりました。では」お言葉に甘えて、と部屋から出て解と別れた。入口近くで、一般人が入らないように見張る警備員に会釈する。



 

 センターで研究している分野は多岐にわたっているが、特に遺伝子について、広く言えば生物学に力を入れてる。他には工学や、異能力の原点についての歴史の研究も行われている……とのことだ。

 大雑把に公開フロアを見学してみたが、一般向けと言われているものの、展示物に補足として付いているキャプションは、専門的な単語が連なっており、一朝一夕には理解できなかった。


 綴たちはセンターの外に出て、隣の公園で休憩することにした。


「解さん、連絡取れましたかね?」


「んー。知らねー」どこで買ってきたのか、ソフトクリームを舐めている。


「それにしても、異能力の研究、内容はいまいち理解できなかったんですが、発展していけば凄いことになりそうですね。異能力者の冤罪も減らせるかも……」


「そのためにはまず特能の連中の態度を改めさせろってんだよ」


「ま、まあ、それはそうなんですけど……」


「それに、特能以外の、俺たちの努力がさらに蔑ろにされそうで嫌になるぜ。俺らの地道な捜査があってこその犯人逮捕だっつーのに、あいつらは分かってねぇんじゃねぇかって思うよ。犯罪事件を解決するのはインスピレーションじゃなくてパースピレーションだって言葉を知らねぇのかね……」


「は、はい。そうですね」


 このまま放っておくと無限にぶつぶつ愚痴を言い出す気がして、慌てて切り上げさせる。

 それからしばらく、究助と異能力犯罪について語り合った。気を抜くとすぐ愚痴に流れてしまうのだが、普段は時間の余裕がなく、こうして意見を交わすのも新鮮で、有意義に思えた。


「そういえばハチミツは、まだ探偵事務所の借金は返せてねぇのか?」


「あ……そうなんです。相変わらずあの怖い人たちは姿を見せませんが、いつでも対応できるよう、お金は必死に貯めています……」


「俺たちへの協力もたいして金になんねぇしなー」


「食事とか奢って貰ってるので、そこはいいんですけど……」


 なんだか空気が悪くなってきた。貧すれば鈍すると言うが、貧しさを吐露すれば、心の冷たさが増していくような気がする。



「──にしても、解、遅ぇな。警備主任とやらがまだ捕まらねぇのかな?」


「そうですね……」


「……あ。とか言ってたら、あいつ。出てきたぜ」


「あれ。連絡してくれたら良かったのに……なんか……慌ただしげというか、焦ってません?」


 解は走って自動ドアから出てきた。忙しなく周囲を見渡している。

 すると彼の他にも、何人かの警備員がわらわらと追従してきた。一様に慌ただしい。


「俺、ちょっと様子見てくるかな……ハチミツはここで待っていてくれ」


「分かりました」


 究助は急いで解と合流した。綴は遠目でそれを観察する。2人はいくつかの言葉を交わし、瞬く間に、解の焦りは究助に伝播した。なんらかのトラブルが起こったことは明白だ。究助はちらりと綴の方を見たが、トラブルを優先したらしく、センターの中に入ってしまった。



「……行った方がいいのかな……いや、待ってろって言われたしな……」


 しばらくぼーっと眺めていたが、居心地が悪くなり、歩き回る。公園から出てふと、空を見上げる。


「晴れてるなぁ……」


 青空に飛行機雲。それ以外にはなにもない。風がそよぎ、静かな昼下がり。


 

 ──次の瞬間。

 


 まるで、世界がひっくり返るような感覚。今まで五感が感じていた常識が破壊される。



 そんな轟音が上空から聞こえてきた。



 見上げた先、ビルの最上階で、現実味のない大爆発が起こった。



「──は?」



 赤黒い光が弾けて、壁が破壊される。稲光と錯覚するような光景に、綴はすっかり麻痺していた。

 しかしそれは紛れもない現実だった。



 続けざまに、2()()()()()()が起きる。

 地中へと放逐された瓦礫が、公園の地面に突き刺さった瞬間、ようやく我に返った。


「いや……なっ、なんでっ!? なんで爆発が!?」


 言っている場合ではなかった。無我夢中で公園から離れる。次々と瓦礫が落ちてくるのだ。視線を上に移すと、火が煌々と燃えさかっている。黒煙と風に舞うゴミ。悪夢だ。


 絶望的な悲鳴が周囲で上がっている。幸い、落下した瓦礫による被害者はいないようだが、センターの中が心配だ。最上階でなにが起こったというのだろう?



 警備員が人々を誘導する。安全地帯となった場所で、綴は息を整える。ビル内に入っていった解と究助はどうしているだろう。入った直後に爆発が起こったために、巻き込まれてはいないだろうが、不安だ。


 大混乱となっているビルの前で、綴は事態の終息を待った。日が暮れても訪れないであろうそれを、茫然と待っていた。



 やがて、パトカーの音が近づく。



「皆さん。もっと離れて!」警察たちがセンターを取り囲む。「危険です! 離れて!」


「ハチミツ!」


 センターの中から究助が飛び出してきた。


「究助さん! ば、爆発が……!」


「ああ……! 言っておくが、これは事故なんかじゃねぇぞ。人為的な爆発だ!」


「じっ……な、なんで? 誰があんな大規模な爆発なんかを……!」


「話は後だ。最上階、20階で爆発が起こって火事が発生した。爆発のせいでスプリンクラーが作動していない。消防待ちだが……」


 やがて消防車が到着する。消防隊員が突入し、外から連結送水管を使って消火活動を始める。



「よしっ……なんとかなりそうだ。最上階は人が少ない。下の階にはあまり被害が行っていないから、たぶん、人的被害はほぼない……と信じたいな……」



 すると、慌ただしく動く綴の視界の中に、目を惹く人物が映った。

 刑事たちの中にひときわ、オーラがあるというのだろうか、そうとしか形容できない人物がいたのだ。


「あの人物……警官の皆さんを指揮してますね」


「あ? ……あっ!?」究助は絶叫する。「クソッ! なんでこのタイミングで……いや、このタイミングだからか? 究極的にとんでもない奴が出てきたぜ……!」


「え……ど、どなたですか……?」


「……峯岸嶄巌(みねぎしざんがん)。特能班長で刑事部長だよ。解が尊敬してる男だ!」


「え、ええぇえ!? そんな大物が!?」


 幸いなのか、距離があって目を付けられることはなさそうだ。遠くで彼の姿を拝ませて貰う。


 威厳を身に纏っているかのような、折り目正しい、軍服を模した服。胸には勲章のようなものを付けているが、おそらく本物ではないか。そう思わせる迫力がある。身長が解と同じくらい、180cmほどあるのもまた、迫力を醸す要因だろう。

 グレーの髭と、横に流したソフトリーゼントからは紳士的な印象を受ける。泰然とした顔つきもまた同様だ。



 峯岸は周囲に指示し終えると、肩で風を切りながらセンターに入っていった。


「……部長が出張ってくる案件か。まあそりゃそうだ」


「それにしても、早かったですね。ここ、署とはそんなに近くないですよね」


「何故かって? ……周りに聞かれないようにしろよ。大事な話だ」


 究助は今までにないくらい真剣な顔だ。綴も釣られて眉根を寄せる。


「解から聞いた話だ。爆発の5分前、センターに《爆破予告》が入った」


「え! 爆破予告!?」


「おい! お約束の大声やめろ! 聞かれたらヤベぇんだって!」


 センターの爆破が予告されていた? 誰が、どんな目的で。疑問は溢れて尽きないが、分かったことがある。


「人為的っていうのはこういうことだったんですね。警察の皆さんがこの早さで来られたのも納得です」


「センターは今、封鎖されてる。少なくとも、爆破予告があった3分後には警備員が配置につき、怪しい奴がいないか見張っていた。それ以降、犯人が逃げ出すことは不可能だと思う。まあ、ずっと前に逃げ出してるとは思うが」


「早く解決できたらいいですけど……どうでしょう?」


「……ま、任せろ! 刑事としての誇りを賭けて、俺たちが……なんとか……うん……」


「勢い落ちてますよ……」




 綴の願望も、究助の強がりも、上空で舞う火の粉のように、やがて訪れる報告によって、霧散する。

 

 エレベーターで現場に向かった消防隊員たちによって、それは発見され、地上に通達された。



 ──最上階の20階にて、東雁博士の死亡が確認された。


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