異能力研究センター
天に向かって建つ高層ビル。無機質で灰色の建造物が、郊外の一角にそびえ立っていた。綴と究助は、地上でそのビルを見上げている。
異能力研究センター。
解の言葉どおり、センターの見学に来たのだった。センターは最上階付近に上るにつれて狭まり、ビル全体は鉛筆のような形をしていた。
「高ぇぇ……何階建てだっけ。20階あるんだっけか。俺もガキの頃、ここに来たことあるんだよな? ちっとも覚えてねぇけど」
究助は綴に訊ねる。
「能力者かどうか検査するため、国民は皆、1歳になるとセンターで検査を受けます。究助さんも僕も、ここに来たことがあるはずです。僕も覚えてないですが」
「お前は能力者なんだから、定期検査で来るんじゃねぇの?」
「定期の検査は近くの病院で承ってくれます。わざわざここまで来られる人ばかりじゃないですし」
究助はそろりと入口の自動ドアに近づく。巨大なビルに緊張しているのかもしれない。綴も後に続く。
「解はどこだ? 俺らを呼んだくせに出迎えはねぇのか?」
「どこかにいるのかも。ここ広いですから。連絡取ってみましょうか」
ビルの周辺一帯はすべてセンターの敷地だ。隣は公園になっていてセンター職員の憩いの場になっているようだ。近隣住民も自由に入場できるらしいが、今は昼時なので人はほとんどいない。
「ええーと、なになに」
中に入り、究助は入口横のパンフレットを手に取る。
「1階から5階は一般公開されてるエリアだ。研究成果を一般向けに、って奴。6階は検査フロア。俺らが検査されたフロアだな。7階から9階までは情報資料室。10階から17階まで、大雑把に言えば研究エリアって感じだ。細かく見れば色々と部門が分かれてるんだが、よく分からねぇや」
「18階から20階はなんです?」
「……《特別研究フロア》。そこ以外は特別じゃねぇのかよってツッコミてぇところだが、詳細は書かれてねぇな。……『有名な3人の博士が特別な研究をしているよ!』って書いてあるだけだ……。誰だよ、有名な3人の博士って?」
「さあ……」
「どこの界隈で有名なんだよ!」
連絡の返事が来た。解はどうやら3階にいるらしい。綴たちは軽く中を見て回りながら、エレベーターに乗って3階を目指す。
「あれ。そっちのエレベーターはなんだ?」
究助はエレベーターホールで、離れた場所にある2機を発見した。
「パンフレットに載ってますよ。僕たちが乗ろうとしているのは一般用。5階までしか動かないんです。そっちは職員用で、18階まで乗せてくれるそうですよ。ちなみに、職員用のカードキーがないと動かせないそうで」
「カードキー……嫌な思い出が蘇るな」
「ですね」
エレベーターに乗り込み、3階のボタンを押す。ボタンも5階までしかない。
「3階は……なんか、《異能力犯罪対策ロボ》? ……の展示をやってるらしい。ヤベぇ。パンフだけじゃまったく意味分からん」
そう言いながらも興味津々らしい。食い入るように写真を見つめている。
3階に到着し、案内に従って中を見学していく。ウィンドウの中にはよく分からない機械の部品が陳列されている。外にはよく分からない大型の機械が佇んでいる。要するに、全体的によく分からない。
大部屋に行くと、平日にしては多くの人影があった。部屋の中央に大きな機械、ロボットが動いている。スロープを登り、高所から広間を見下ろそうとすると、そこに2人組がいた。
「あ……解さん!」
2人組の片割れは非番で私服の解だった。とは言っても、仕事着との違いはほとんどない。常に見せびらかしていた特能の記章がないくらいだろうか。
「嗚呼、八見綴、最上究助。よく来た」
「そちらの方は?」
「ん?」究助は目を見開く。「なんだ、お前か。そういえばここで仕事してるんだもんな」
「究助さん、知り合いですか?」
「お前も知ってる奴だよ」
「え?」
四角四面で神経質そうな男というのが、ぱっと見た印象だ。きっちり切り揃えられたマッシュルームヘアーに長方形の銀縁眼鏡だ。
「どうも八見綴さん。最上さん。墨塗です。墨塗正。情報資料室で異能力者の情報を扱っております。ヨロシク」
「あ、あの!? いつも電話越しに異能力の情報を教えてくれる、あの!?」
有名人に会ったような反応をしてしまう。都市伝説が実在したかのような反応が近いかもしれない。
「はい。あの墨塗です。ヨロシク」
「い、いつもお世話になっています!」
綴は腰の高さまで頭を下げた。彼がいなければ解決しない事件もあった。
「私の非番は稀でな。久しく邂逅を果たしておらず、この機に話そうとしたのだ」
「解さんも墨塗さんに情報を貰ってたんですね」
「彼の世話になる刑事は多い。かくいう私もその1人だ」
墨塗はアンドロイドのように、微動だにせず立っている。少し不気味だ。
「研究もしています。ヨロシク」
人間味と抑揚のない喋り方に、綴は「はあ」などと曖昧な返答をする。
「あの、中央で動いているあのロボットって、このパンフレットにある奴ですか?」2人が眺めていたロボットについて訊ねた。
「あれが異能力犯罪対策ロボだ。1つ、ここに展示している」
大きさは1メートルくらいで、横幅も70cmくらいだ。ずんぐりむっくり、と綴は感じる。まだまだ外装は開発途中なのか、それともデザインなのか、回路や歯車がむき出しだ。人間でいうところの頭部にあたる箇所から、なにか尖ったものが突き出ている。まるで蜂などの虫の口のようだ。
「あの突起から人間用の麻酔弾を射出する。後遺症もなく対象を昏倒させられる」
「自動で動く麻酔銃ってことですか。異能力犯罪の対策という割にはシンプルですね……」
「まだ取り付けられていないが、特別な外装が付く予定だ。数多の異能力者の情報を基に、あらゆる攻撃に耐えられる。異能力者が能力を用いて抵抗したとしてもロボットは無傷だ」
「なるほど……」
「たとえば……《火を吹く》能力者とかな。奴の高温にも耐えられる」
火を吹く能力者。解の運命を決定づけたとも言える、強盗の能力者だ。
「つーか、外装取り付けてねぇのに展示すんのかよ」
「……まあ、自動歩行機能だけでも充分凄いですよ」
ロボットの体内と呼ぶべきか、複雑な機構が組み合わされた内部には赤子くらいの大きさの空洞があり、なにかが埋まる予定なのだと推察できた。
墨塗は腕時計を確認する。
「……僕たちは特に、このロボットを見に来たわけではないんです。偶然、ここで会って話をしていただけで。ヨロシク。それでは僕は、そろそろ休憩時間が終わるので、ここで。ヨロシク」
「あ、ヨロシクでした。墨塗さん」
「ハチミツ、うつってるぞ」
墨塗は会釈して去って行った。
「解さん、あのロボットが、特能とセンターが協力して作ってるっていう、研究の成果ですか?」
「あれもそうだが、本命は別にある。こっちに来てくれ」
大人しく解に付いていく。すると通路に肖像画を発見した。解はその額の前で止まる。描かれているのは初老の男だ。胸ポケットから彼岸花が覗いているのが印象的で、謎だ。
「どなたですか? センター関連の、過去の偉人とか?」
「いや、存命だ」
「自己顕示欲が強ぇんだな」究助が欠伸混じりに笑う。「で、誰?」
「彼は東雁博士」
「は? 博士……? なに?」
「東博士、異能力と遺伝子研究についての第一人者だ」
「そんな凄い人が……」
「センターの18階から20階。そこは特別研究フロアとなっており、3人の博士の研究室が1フロアずつに存在する。その1人が、この博士だ。彼らはこのセンターの中でも特別な研究を行っている。東博士こそが、特能と協力している人物だ」
「特別な研究……いまいちピンと来ないですけど、凄いのは伝わりました。博士には会えるんですか?」
「まず会えない。だが通信は出来る。……今日は貴方たちに博士の研究について教示する予定だったのだからな。アポイントメントは取ってある。管理室に行って通信してみよう」
解は再び無言で背を向ける。彼は黙ってついて来い、というスタンスが基本らしい。
「……そういえば、椿も来ているぞ」
「えっ、椿さん? 彼女も非番ですか?」
「そうだが……なんだ、貴方。まさか、高揚しているんじゃないだろうな」
「そ、そんなことないですよ!」
かすかな怒りのような感情が漂ってきた……気がする。そのため、必死にかぶりを振った。逆に怪しまれそうな気もするが。
「……」
「本当ですって!」
最終章です。終わりまでよろしくお願いします。




