VS真犯人
「あぁー!?」
究助は文字通り飛び上がって驚いた。甲高い絶叫を上げて、見ていてもはや面白くなるほどのリアクションだ。
「なぁに言ってんだ!? 梢って、あの赤ちゃんだろ!? 異能力者なんて……」
「異能力者は生まれながらにして能力を持っています。彼女は生後10ヶ月らしいですが、異能力を使えてもおかしくないんです」
解は頭痛に耐えるように頭を押さえる。
「八見綴……貴方……そんなの……どうなんだ!?」
「語彙がどっか行ってんぞ!」
「チェックだ! 今まで、そんな話は誰からも出ていない! そんな馬鹿げたことがあるか!」
「出ていないのも当然で、王樹家の人々は……知らなかったのかもしれません」
「そんな、あり得ない……」
「あり得ない? ……バツです、解さん。梢ちゃんの場合、あり得た」
「……! あ、ああ!」
解の顔から色がなくなる。憔悴した視線は、虚ろに中空を彷徨い、やがて焦点を綴に合わせた。
「異能力の……検査か! あれは……確か……」
綴はメモを取り出す。
そのメモは今回の事件について書き記したメモではなかった。過去のものだ。
異能力研究センターで行われる検査について、まとめた記録だ。
《非異能力者の人も、センターに1度は必ず行っているはずっす。異能力者かどうか調べるために、1歳になったら、検査しに行くっすから》
これを言ったのは、事務所に遊びに来たときの凛子だった。
「1歳未満の王樹梢は、検査を受けていない! もし彼女が異能力者であっても、身内が知らない可能性はある!」
自分の子供が異能力者かどうか、産まれてすぐ判別できるのなら、検査というシステムは必要ない。センターの人々の手によって初めて異能力者だと判明する子供たちは、決して少なくないのだ。
「もちろん根拠はあります。まず『停電が異能力によるものか』ですが。芝生山さんの話の中に、明らかにおかしな箇所がありました」
「アイツの話はほとんどおかしな箇所だった気がするけどな……」
《停電が起こって、電気が点かないって分かったとき、とりあえず明るくしようと思って、ライターを点けたんですよ。だけど上手く点かないから変だなと思って手をかざしたら、なんか、ちょっと火傷しちゃって》
「今、推理していて思ったんです。これは、光そのものだけが消えているのではないか、と。ブレーカーに触れた形跡もないのに電気が消えたのも踏まえて、僕はこう考えました」
「光だけがなくなっているというのか? 確かに異能力らしくはあるが……」
「それだけではありません。究助さんも解さんも一緒にいなかったので聞いていないと思いますが、燈花さんはこんな話をしていました」
《それで電気に関しても、とりあえず使いすぎてしまうのか、よく停電を起こしてしまうんです……そのたびに風馬さんになんとかしてもらうんですけど……わたし1人じゃなにもできないんですよ……》
「いくら家事が下手でも、そんな停電って起こすものでしょうか」
「あの人、天然っぽかったし。案外、起こしそうじゃねぇ?」
「起こさない……と思いますよ……たぶん」自信がなくなることを言うのはやめてほしい。「異能力が発動していた、と考えられませんか」
「王樹梢は異能力を制御できていないということか。しかし疑問が残る。真犯人が王樹梢を利用したというのなら、彼女に不可能だった能力の制御を、謎の人物は実行したことになる」
綴は目を閉じ、思考を整理する。
「梢ちゃんは……普段、あまり泣きませんが……ある音楽を聴くと、相性が悪いのか、泣いてしまう。ベートーベンの運命です」
「ジャジャジャジャーンの奴だよな?」
「交響曲第5番だな?」
究助と解とで、クラシックの造詣に差がありそうだ。
「たとえば携帯の着信。遠隔で、燈花さんの部屋にあらかじめ設定しておいたメロディを流せます。梢ちゃんがそれを聞いた瞬間、彼女はストレスで泣きだし、能力を暴発させてしまう。すると、西館の一帯に停電を起こせます」
芝生山の証言では、停電時に梢は泣いていた。
「……そういえば王樹燈花は薬の副作用で寝ていた。……もしも副作用ではなく、睡眠薬を飲んでいたら、娘の声や音楽に気づけなかったかもしれないな……」
「睡眠薬……」
燈花に睡眠薬を飲ませられる人物がいたとすれば、それは限られてくる。
「ハチミツ、お前の推理が正しいとすると、犯人は、梢の能力を理解してなきゃいけないよな。それに、停電が起こって全部終わった後、地上に降りていた奴だ。時間的に、2階の部屋なんかには間に合わないぜ」
「はい……おそらく、1階にいた人物です」
「そうなると……」
「あくまで、僕の推理が合っていればの話ですが……真犯人は……」
俯いた綴の視界に、部屋の入口が陰ったのが見えた。人影だ。見張りに立つ警官のものではない。
偶然か必然か、彼らがやって来た。
「探偵さん、刑事さん。こんな遅くまで……ご苦労様です」
「燈花さん、梢ちゃん……」
燈花は梢を抱きかかえ、不安か眠気かそれとも疲労か、重そうなまぶたで部屋を見渡す。梢は眠っていた。
「何故、ここに?」
「それは、えっと……」
「私が様子を見に行こうと言ったからです。真洞様が逮捕されたというのに、未だに捜査を続けているのが気にかかりましてね」
影に隠れて気づかなかったが、当然、彼もいる。
「少し、お話したいことがあります。あなたに、ですよ」
綴たちが考える真犯人、それは停電後に1階にいた人物。そして梢の異能力を把握している人物。哀根より先に3階に上り、ナイフを置いて天井裏に身を潜ませることのできた、つまりカードキーを管理室から簡単に入手できた人物でもある。
──蛇谷風馬。
***
解は倉庫から立ち去り、1階に下りていった。彼にしか頼めないことがあったためだ。
綴は自分たちがたどり着いた推理を語る。推理の結末、真犯人を指し示す。なんの抑揚も感慨もない、淡々とした犯人の指摘。綴も、相対する彼も、静かに火花を散らす。
「……面白いですね」蛇谷は微笑むが、目は笑っていない。「私が犯人ですか」
「冗談ではありませんよ。消去法的な考えになりますが、条件に当てはまるのは、あなただけです。燈花さん。梢ちゃんの能力について、王樹家の誰かに語りましたか?」
燈花は息を呑む。まだ、自分が事件の渦中にいることを受け入れられていない。
「そ……そんな、梢が、異能力者だなんて……わたしですら、知らないです……!」
「普段、この館とは別に住んでいる、燈花さんですら知らないことを、他の方が知っているわけないですよね。使用人の、蛇谷さんを除いてですが」
「……困りましたね。そんな理由で私が犯人ですか。梢様が異能力者というのも、結局は推測ですよね」
彼は燈花を横目に見る。彼女は哀れだ。夫を亡くし、自分の使用人は犯人で、娘が異能力者だと言われたのだ。遍く想像を超える出来事に処理が追いつかなくても仕方ない。
「根拠は庭師の不思議体験とブレーカーの記憶? はっ。あまりに馬鹿げていますよ。それだけの理由で……」
「いえ、もう1つ、停電が異能力によるものだという根拠があるんです」
「……なんですって?」
「それも、究助さんが持ってきてくれました」
「あ? 俺?」究助は勢いよく振り向く。
「枝亜さんのゲームですよ。もし西館の電気が消えていたら、おかしいんです。彼女のゲーム画面だって消えるはずなんですから」
「あ……! た、確かに!」
「究助さんが言うには、セーブもできないゲームをずっとやり続けていた。それも事件発生時刻に。娯楽室は西館の1階。西館すべての電気が消えていたなら、ゲームも消えていないとおかしい。矛盾が発生します」
蛇谷はわざとらしく肩をすくめる。
「……光が消える異能力なら、ゲームの画面だって消えるはずでは?」
「そこで、ある仮説を立てました。とはいえ、多くの異能力に共通する特徴です。
能力には効果範囲がある。梢ちゃんの能力にもあるんじゃないですか。西館の2階、燈花さんの部屋を中心に、正確には分かりませんが、一定の範囲だけ、光が消える。真上の倉庫はしっかり範囲内ですが、1階下で、反対側の娯楽室は、範囲から外れている」
「……そういえば、枝亜は停電について微妙な反応だったな」
「……くだらない。結論ありきの推理だ」
「……その通りです。なので、確かめてみましょうか」
綴が取り出したのは自分のスマホだ。例の音楽を動画サイトで見つけてきた。
「……! それは……」
蛇谷の表情は些細なものだが、変化した。
「再生してみましょう。梢ちゃんには申し訳ありませんが……」
燈花は自分の腕の中で眠る娘をぎゅっと抱きしめ、憐憫の籠もった声で呟いた。
「梢……ごめんね……」
それを許可と捉え、綴は再生ボタンを押す。
聞き馴染みのある音。それが大音量で響き渡れば、彼女もまた、大きく泣き喚く。
「ぅわあああん!」
それは、突然のことだ。
まるで激しい眠気に耐えられなかったときのように、目の前が一瞬で暗くなる。もちろん、停電ではない。ベートーベンと泣き声だけが暗闇にこだまする。
「……どうですか?」
完全な暗闇だ。倉庫の西側の窓は木箱のせいで塞がれている。月明かりも入ってこない。
相手の顔すら分からない。綴は動画を停止し、電話をかけた。
「解さん。今、どこにいますか?」
『貴方の頼みどおり、西館の1階、娯楽室だ』
地上にいるはずの椿に頼んでも良かったのだが、流石に頼みすぎて、申し訳なさが勝った。
『停電は起きていない。……そっちは暗闇か? ……そうか。これで、はっきりしたな。停電が電気系統のものではない。そして、異能力には効果範囲がある』
「はい。ありがとうございました。後は、任せてください」
電話を切ると同時に、暗闇が徐々に、グラデーションのように薄くなる。比例して梢の声も小さくなる。燈花があやしていた。
部屋が完全に明るくなり、蛇谷の顔をはっきり見据える。
彼は落ち着き払い、腕を組む。口をぎゅっと結んでいる。口汚く罵ったり焦って反論したりしない。険のある目で、自らの敵と目を合わせた。
「燈花さんの家の家事をしているのはあなたです。停電の対処をしようとして気づいたんじゃないですか。光が消える原因が、梢ちゃんによるものである、と」
「……」
「答えてください。蛇谷さん」
蛇谷は、前髪を邪魔そうに払った後、言った。
「そうだな。梢様には異能力が備わっている」
「風馬さん……!」燈花が嘆く。「知っていたのですか……まさか、本当に、あなたが……」
「燈花様。どうか落ち着いて。これはヤツらの妄言です」
「ですが、停電の仕組みを知っていた人しか……」
「虚しいな」
「え」
「あなたの推理のことだよ。梢様に能力があった。停電が能力で引き起こされた。だからなんだ? 忘れてないか。真洞……様はちゃんと自覚し、証言している。自分が刺した、と」
「ですが、検視の結果、真洞さん以外の誰かが刺した可能性も……」
「あり得ない。彼から聞いていないのか? 彼は、確かに自分で刺したと言っている」
《俺はパニックになっちゃって……それで、じっとしてたら殺されると思って……ナイフで……刺したんだ。刺した、というか……ナイフに偶然、刺さってしまった感覚だったけど。俺が刺したことに変わりはない。
大きな悲鳴が上がって、次に、頭に衝撃を受けた。殴られた、と思った。それで気を失って……目が覚めたら、風馬と塔十郎さんが俺を見ていた。遺体も、そこにあった》
「刺した感触は間違えたりしないだろう。さらに悲鳴だ。それらは嘘や勘違いじゃない」
蛇谷は薄く笑みを作り、言葉を続けた。
「いくら私を疑おうと、真洞様本人が刺したと自白しているんだ。あなたの推理など、虚無に等しい!」
対照的に、綴は笑わない。ペンを口元に当て、冷えた表情で考え込む。
「……バツです」
「……なんだと?」
「──蛇谷さん。あなたは恐ろしい人だ。非異能力者でありながら、哀根さん、枝亜さん、梢ちゃんという3人の異能力者を利用し、殺人を実行させた。徹底的に異能力を利用することで、非異能力者の自分に疑いが向かないようにした。
逆に、それが弱点でもある。多くの謎の答えは、王樹家の異能力にあるんです」
「……ハッタリはやめろ。無駄なことは……」
「──王樹幹高さんの《精霊》だ。真洞さんが刺したのは、いや、あなたが刺させたのは、彼の精霊の一匹です」
《そう呼んでも構わねぇ。俺は《精霊》って呼んでるがな。異能力研究センターに言わせれば、《精霊生成》なんて堅苦しい能力名になる》
《ギィイイイイ!》
蛇谷の余裕に、そこでようやく綻びが表れた。
「……っ!」
「精霊の声はまるで人の悲鳴のようでした。そして、幹高さんはこうも言っていました」
《全部で3匹だ。だが、もう1匹、どこかに行ってるみたいだな。まあ、いくらでも再生成できるんだが。言っておくが、こいつらに特殊な能力はあったりしない。生き物みてぇにあちこち動き回るだけだ。別に食事もしねぇし排泄も必要ねぇ。特に意識があるわけでもなねぇから、俺が消したり生み出したりしても気にしてねぇ》
「1匹、どこかに行っている。普段はあちこち動き回っている。──あなたは、どこかにいた1匹を隠し持ち、現場に持ちこんだんですよ!」
「うっ……くっ……!」
蛇谷は大きく動揺した。狼狽えているのは彼の主である燈花も同じだ。
「風馬、さん……! あなたが……哀根さんを……」
「違う……これは……」
「蛇谷さん、あなただ。あなたが哀根さんを殺害したんだ!」
綴の渾身の一声は──どこにも刺さることはなかった。
「……言っただろう?」
「え……」
蛇谷は泰然としていた。焦りで開いていた口を、改めて引き締めている。瞳は欠片も動かず、ギラギラと光を宿していた。
「虚しい、と。やはり、あなたの推理は欠陥だ。なぜなら、大事な証拠がない」
「証拠……」
思わず唇を噛む。
可能ならばここに至るまでに決着を着けたかった。しかしそうもいかないらしい。究極速記でたどり着くことができなかった、最後の謎。
綴は目を瞑り、考える。だが、そんな簡単に証拠など──。
「ある、と言ったら?」
「は?」
彼女が、駆けつけた。何度も地上と3階を往復し、すっかり髪を乱した彼女だ。
「椿さん!」
「特能の力を舐めないで。異能力で証拠を集めるのが、わたしたちだから」
「すると……なにかを見つけたんですか?」
「兄さんが、ね」
「解さんが? 彼は……一緒じゃないんですか?」
「……下で、介抱されている」
「え……介抱って」
「酷い火傷で、ね」
──それって、つまり。思い込みで酷い怪我を負う。彼がやったことは……。
「《サイコメトリー》を使ったんですね……!」
「ハチミツくんに伝言。『貴方や妹が尽力しているのに、私はなにもしていない。これほど滑稽なことはない』……だって。あの人らしいよ……」
そして彼女が取り出したのは、黒い布だ。あの、焼却炉から発見された燃えカスだ。
「この燃えカスから読み取れた記憶は──誰かに巻き付いた感触、血に濡れて、それから風を切って、粘着質で細いなにかに絡まる感覚」
「……なるほど。返り血、そして空から飛び出し、枝亜さんの糸に着地した……」
「これは……毛布のようなものだったみたい」
最後のピースだ。速記だけでは足りなかった、犯人を追い詰めるための証拠。それを、白金兄妹が探し出してくれたのだ。
「身体に巻き付けていた、ということは、鑑識に渡せばDNAが採取できるかもね。現代の科学捜査なら、このくらい残っていれば必要なものは見つけられる。
完全に焼却したつもりだったかもしれないけど、不運ね。あなたが屋敷から出て行ってから入れ替わるように雇われた庭師。彼のせいで、証拠が残った。それから……」
椿は手に手袋をはめて、チャック付きのビニール袋に入ったあるものを取り出す。
「糸を探し終わってから、さらに調べていたら、ナイフを見つけた。真洞さんが持っていたものとは別のものね。精霊ではなく、哀根さんの胸を突いた、ナイフ。犯人が持っていた物……」
「そうか……犯人は地上に降りて、凶器を庭に捨てたんですね。処分するタイミングがなかったから、庭に捨てるしかなかったんだ……!」
《2本セットで購入したとも述べていたな》
確か、王樹大地は、2本セットのナイフを購入したと言っていた。まったく同じ刺傷を付けた、もう1つのナイフ──。
「ハチミツくんの推理が間違っていないことの裏付けになる」
「……ありがとうございます。解さん。椿さん。それから、究助さんも。
皆さんのおかげで、たどり着けた……」
そして綴は、ペン先を彼に向けた。
「これでもまだ、反論しますか? ……蛇谷風馬さん!」




